女の子になって数日が経ったが時折する不思議な気持ちのことが分からず毎日を過ごしていた。
授業が終わると僕は席に着いたまま机に突っ伏していた。
「はぁ……」
最近はこの体や生活にも慣れてきたけどなんだか疲れる。女の子になり体力が落ちているからだろうか?
授業にはなんとか付いていけているけどそれとはまた別のなにか……。
「葵、どうした? 体調悪いのか?」
顔を上げると和樹は心配そうに声をかけてきてくれていた。
「ううん、別に何でもないよ。ちょっと疲れただけ」
「そうか? それならいいけど。気分悪いなら言えよな」
「ありがと」
教室の前のドアが開き同じクラスでちょいチャラい系の稲葉君が入ってきた。そのまま教室を見渡し和樹を見つけるとこちらにやって来た。
「葉梨、ちょっと次の授業の教材運ぶの手伝ってくれ」
「わかった」
「それじゃ水原さん、葉梨ちょっと借りていくよ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
和樹は稲葉君と一緒に教室を出て行った。僕は自分の席で座ったまま次の授業の教科書を用意していると後ろから誰かが肩を叩いて来た。
「水原さん。ちょっといい?」
話しかけてきたのは同じクラスの朝比奈さんだった。
長い髪をポニーテールにしている姿が特徴的だ。
「なに?」
「あのねこれなんだけど」
そう言って朝比奈さんは1枚の紙を見せてきた。そこには同じクラスの男子生徒の名前が書かれていてその横には正の字でなにやら投票がされていた。
「これは?」
「今、女子の間でクラスの男子の人気ランキング作っているの。もちろん男子たちには内緒でね。水原さんも是非」
「うん良いよ。えっと―――」
票を見るとすでに和樹には票が入っていた。正直元男子だった僕にとっては誰でも良かったがなんとなく和樹に1票入れ紙を渡した。
「やっぱり葉梨君かー」
「やっぱりって?」
「だって水原さんと葉梨君っていつも一緒にいるし」
「和樹とは幼稚園の頃からの幼馴染だからね」
「水原さんって葉梨君のことどう思うの?」
「えっ? 僕は――……」
まただ。このモヤモヤは何だろう。胸が締め付けれられるようなこの気持ち……。
女の子のことなら同じ女の子の朝比奈さんに聞いてみよう。
「朝比奈さん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに?」
「えっとね、和樹のこと思うとなんだかこう胸がモヤモヤするんだけどなんでかな?」
「えっ……それってやっぱりあれじゃないの?」
「あれって?」
「そりゃぁ恋でしょ! ……もしかして気づいてないの!?」
「僕が和樹のことを!? そんなわけないよ」
僕はそれを否定した。和樹は幼馴染で一番の親友だからそんな気持ちは無いと思った。
でもこれがもし恋だとしたら――。
「俺が何だって?」
『わっ! 和樹/葉梨君!? いつからそこに!?』
ビックリした僕と朝比奈さんの声がハモった。
「今さっき戻って来たところだけど?」
顔を見る限りどうやら恋についての事は聞かれていなかったようだ。
僕はホッとしたがそれを朝比奈さんが見逃さなかった。
少しニヒッと微笑んだ。なんだか嫌な予感がする。
「ねぇ、葉梨君って水原さんのことどう思ってるの?」
「ちょっと朝比奈さん!?」
朝比奈さんは僕の方を向かって私に任せなさいと言っているかのようなアイコンタクト取って来た。
和樹は少し考え答えを出した。
「うーん……。俺は葵のこと一番の親友だと思ってるけど」
「ですよねー」
やっぱり予想通りお反応で安心したけどその反面なんだか少し悲しかった。
「葉梨君面白いこと言うね」
「ん? そうか?」
和樹はよく分かっていないみたいだった。
「それじゃ私はもう行くね。水原さんアンケートありがとう」
「うん」
「それとね」
「なに?」
朝比奈さんは僕の耳元で「私は応援しているから」と言ってニヤニヤしながら立ち去った。
「お前朝比奈と仲良かったか?」
「ちょっと頼まれごとされていただけだよ。僕ちょっとトイレ行ってくるね」
僕は逃げるかのようにその場を離れた。前よりさらに和樹のことをより意識してしまう。この気持ちを忘れようと思っても心のどこかでは忘れてはいけない気がした。
家に帰っても和樹と一緒にテレビを見ることは無く僕は自分のベッドの上で寝転びながら朝比奈さんが言っていた事を思い出していた。
「(今の気持ち和樹に伝えた方が良いのかな? でも今までの関係が崩れそうで怖い……)」
すると静かな部屋にドアをノックする音が響いた。
「ちょっといいか?」
「うん。いいよ」
部屋のドアが開き和樹が入ってきた。
「あのさ明日提出の課題――――ってお前まだそんな格好なのか?」
僕はいまだに男性用の大きめのTシャツで過ごしていた。
学校以外基本外に出ることが無かったため買っていなかった。
急用などで外に出る場合はいつも制服を着てやり過ごしていた。
「まだ買ってないしどんなの買っていいか良く分からないから」
「それじゃ今度買いに行こうぜ」
「いや、別にいいよ。一人で行くから……」
僕は和樹と一緒に居ると胸がモヤモヤする。正直今は二人きりにはなりたくなかった。
「買ったものを持って帰るのは大変だろ? 距離もあるし」
「それもそうだけど……」
確かに買った服を持っていくには距離はある。こんな体になったらなおさら無理かもしれない。
「荷物運びでもなんでもするからさ」
「……それじゃ日曜日にお願いするよ」
最近和樹が優しくするとやっぱり胸の奥のがモヤモヤする。やっぱり恋なのだろう。
そして日曜日に僕は和樹と一緒に服を買いに街へ行った。
店内にはいろいろな服があり男の子の時とはなんか違うように見えた。僕はモヤモヤする気持ちなどをすっかり忘れ服選びをした。
「この服可愛いから買おうかな? でもこっちも良いし」
女の子になってから急に服選びが楽しくなってきた。
色々選んでいると隣で見ていた和樹がクスッと笑った。
「なに?」
「いや、急に元気になったなって」
「そう?」
「最近なんか考え事してる時が多いだろ」
「それはその……」
「俺で良ければ相談に乗るからよ」
「ありがとう」
僕はいろいろな服を選びいくつか買いその中で一番気に入った服をそのまま着て買い物を続けた。
気が付くと和樹の両手は買った商品の袋で一杯になっていた。
「確かに俺は荷物運びをすると言ったが容赦ないな……」
「えへへ、つい楽しくて。そこの自動販売機で飲み物買って行こうよ。荷物運びのお礼に奢るからさ」
「それじゃそうしてもらうか」
僕と和樹は近く休憩スペースの自動販売機で飲み物を買って椅子に座り休んだ。
「今日は暖かいというか少し暑いね」
「確かに今日は一段と気温高いな」
「なぁ、ここって祠の近くじゃね?」
「そういえばそうだね」
このデパートから見える山の上に祠があるのだ。
「ねぇちょっと寄って行く? 荷物はロッカーにでも預けてさ」
「あぁ、久しぶりに行ってみるか」
僕たちはあの祠の場所へ向かった。
長い山道を歩き頂上に着くとあの頃と変わらず祠があった。
「あれからあっという間に1ヶ月経ったね」
「そうだな。まさかこんなことになるなんてな。まだ願い事すれば男になれるぜ」
「もうこのままでいいよ。僕がそう決めた事だし。それに今戻ったら高校どうするの?」
「それもそうだな。それに今の方が漢らしいしな」
「もうっ」
「冗談だって」
和樹は嘲笑った。
こうして他愛の無い話しをして笑っていられる今が凄く幸せだ。
でもこのままこの関係を続けて行くには無理がある。
「……ねぇ、和樹は僕の事どう思う?」
「何を言うかと思ったら。いつも言っているだろ。俺たちはずっと親友だ」
その笑顔と言葉を聞くと今では胸が痛い……
やっぱりだ。僕は和樹に恋をしている。
薄々気付いていたがどこかでそれは違うとこの気持ちに蓋をしていたのかもしれない。
苦しい、怖い。
「嫌……」
「え?」
「ずっと親友止まりは嫌なの! だって僕は――――」
僕が今の気持ちをぶつけようとした時、突然和樹は僕の身体を包むようにギュッと抱きしめてきた。
突然の事でビックリしたが和樹の身体が少し震えているように感じた。
「ごめん……分かっていたんだ」
「和樹……?」
「俺はお前のことが好きだ。親友としてじゃなくて一人の女性として」
「えっ……」
「お前との関係が崩れると思うと怖くて言えなかった。男として最低だよな……」
和樹が泣いているのが声で分かる。
自分だけが悩んでいたんじゃなく、お互い悩んでいたのかと思うと自然と僕も涙が出てきた。
「そんなことない。僕も同じ気持ちだったんだよ?」
「それじゃ……」
「僕も和樹のことが……好きっ」
そう言って僕は和樹に思いをぶつけるかのようにキスをした。
短い様で長いキスを。
胸のモヤモヤが嘘のように消えていた。
そしてその日から和樹は僕の事を親友とは言わなくなった。
ある日の放課後。僕は教室で女の子たちと話していると用事で教室に居なかった和樹が戻って来た。
「葵、お待たせ。帰るか」
「うんっ」
「ねぇ、葉梨君と水原さんっていつも一緒に居るよね」
「私もそれ思った」
「もしかして二人って?」
「あぁ、葵は俺の大事な彼女だ」
コンプレックスを抱えてた時とは違い今は毎日が楽しい。
今では和樹は僕の事を親友と言わず彼女と言っているらしい。ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。
その後聞いた話だが土地開拓のためあの祠はどこかに移動されたらしい。
今でもどこかもひっそり誰かを待って居るのかもしれない。