入学式前日の昼過ぎ、僕は和樹と一緒に1階のリビングでソファに座りながらテレビを観ていた。
今日は何もなく久々にゆっくり出来そうだ。何と言ったって昨日も一昨日も検査やら高校での事などで休む暇が無かったからだ。
ソファで少しウトウトしているとインターホンが鳴った。
「んぁ?」
「俺が出るよ」
「ふぁ~……ありがとう」
和樹が玄関に行きしばらくしてから再び戻ってきたかと思ったら大小2つの段ボール箱を持っていた。
「お前宛てに荷物だぞ」
「僕宛て? ネット注文はしていないと思うんだけど……」
「えーっと。高校からっぽいな」
「高校から? 何か送られてくる予定とかあったっけ?」
「いや、無いと思うけど。開けてみるか」
「うん」
僕たちは隣の和室へ移動した。
高校から届いた大きい箱を開けるとそこにはビニールに入った高校の女子制服であるブレザーが入っていた。
僕は箱からブレザーを取り出すと箱の下の方にはワイシャツ、スカート、リボンなどが入っていた。
そして小さい箱にはローファーが入っていた。
「どう見ても女子制服だな」
「あっ、そう言えば制服郵送するって言っていたっけ。ってことはこれを着て明日行くんだよね」
「まぁその身体で男子制服は変に思われるからな。一部の人しかこの事を知らないんだから仕方ないだろ」
「だよね……」
僕は制服を手に取って自分に当ててみた。
寸法はすでに図ってあったため着れるはず。
ブレザーなので男女ほとんど違いは無いがなんだか緊張する。特にスカートなんてどうすれば……
「気になるなら一度試着してみたらどうだ?」
「そ、そうだね」
制服を袋から出し、着ている服を脱ごうとした瞬間和樹が止めに入った。
「ちょっと待て!」
「ん? なに?」
「お前な今の状況を考えろよ」
「あ、ごめん……」
「隣のリビングにいるから」
「うん、わかった」
和樹は和室を出て行った。
僕はすぐに制服に着替えてみた。
下着類は女性物を着けているが服は和樹のお下がりを着て居る為、女性物の服を着るのがこれが初めてになる。
「(スカートってこんなに短いんだ……)」
こんなので外を歩くとか凄いなぁ……
姿見で自分の制服姿を見ていると隣のリビングから「どうだ?」と和樹が聞いてきた。
「あ、うん。着替え終わったから入っていいよ」
和樹は和室に入ってきた。
そして女子制服を着た僕をじっと見た。
「どうかな?」
「うん、俺は似合うと思うぞ」
「あ、ありがとう」
「お、おう……」
和樹の頬は少し赤くなっていた。
お互い言葉が思い浮かばず無言が続いた。
僕は何かを話さないと思い話を切り出した。
「明日の予定ってなんだっけ?」
「えーっと8時半からクラス分けが貼りだされて9時から各クラスでオリエンテーションして10時から始業式だったはず」
「同じクラスになれるといいねっ」
「そうだな」
翌日、今日はいよいよ入学式だ。
僕は早めに起きて朝食の準備をした。
朝食の準備が終わった頃に和樹が起きてきた。
「おはようー」
「和樹おはよう」
和樹はすでに制服に着替えていた。中学生の時の学ランとは違いカッコイイ。
本来なら僕も同じのを着ていたはずなんだけどね。
僕と和樹は朝食を食べた。時間には余裕があったが学校までは電車に乗りその後駅から歩くため道や時間を確認したかったのだ。
僕は食べ終わった食器を流し台に持っていくと和樹がワイシャツの袖を捲りながら僕の横にやって来た。
「片付けは俺がしておくから着替えてこいよ」
「良いの?」
「通学路とか電車の時間確認するんだろ? 何の為の早起きだよ」
「それじゃお願いね」
僕は部屋に戻り制服に着替えた。
実際にこの服で外出るのは凄く緊張する。
カバンを持ち1階に降りると玄関で和樹が待って居た。
「お待たせ」
「そんじゃ行くか」
「うんっ」
僕と和樹は一緒に家を出て駅に向かった。
地元の桜は満開で道は花びらで埋め尽くされていた。まるで花びらの絨毯のようだ。
「そういえば和樹は定期券どうしたの? 僕は明日買うけど」
「俺はもうスマホに入れてあるぞ」
「スマホに?」
「ネットで簡単に買えるんだが」
「そうなの!?」
「ホントそう言うのに疎いよな。帰ったらやってやるよ」
駅に着き僕は切符を買い改札口を通った。
ホームに続く階段を下りていくと電車を待って居る人の列が出来ていた。
「結構混んでいるな……」
「乗れそう?」
「この駅乗降率高いからな。でも車両数多いみたいだし大丈夫っしょ」
列に並んで待って居るとホームにアナウンスが流れ電車が到着した。
和樹の言う通り大勢の人が降り、入れ替わりに僕と和樹も電車に乗った。
電車内を見渡すが座る場所は無い。僕と和樹はドア付近の手すりに掴まった。
「そう言えばここから降りる駅までどれくらいかかるんだ?」
「30分ちょっとだったかな?」
「結構掛かるな」
電車が各駅に停車する度に数人降りるがその倍くらいの人が乗り込んできた。
ニュースとかで見る東京の満員電車ってほどではないが動ける範囲が小さくなってきていた。
「混んできたな」
「そうだね」
僕は少し体勢を変えようと掴まっていた手すりから手を放した瞬間突然電車が少し揺れバランスを崩した。
「わっ!」
転びそうになると咄嗟に和樹が僕の腕を掴んでくれた。
「大丈夫か? 気を付けろよ」
「ありがとう」
「次降りる駅だな」
ようやく高校の最寄り駅に着いた。ここから高校まで歩いて行かないとだ。
僕はスマホで地図を確認しながら和樹と共に高校へ向かった。
道中には同じ制服を着た生徒が何人か居る。同じ1年生だろう。
歩くこと15分程で高校へ到着した。
「やっと着いたぁ~」
「意外と距離あったな」
「えーっとクラス分けが中庭にあるはずなんだけど」
正門をくぐり抜け歩いていると和樹が遠くを指さした。
「クラス分けってあれじゃね?」
見てみると人だかりが出来ていた。その先にはクラス分けの紙が貼られていた。
僕たちはクラスを確認しに向かった。
しかし人が多すぎる。
「(見えない……)」
女の子になってさらに背が縮んだせいで上の方しか見えない。何度もジャンプしたが真ん中辺りしか見えず水原という名前は見えなかった。
「俺は1組かぁ。葵はどうだ?」
「下の方が全然見えない……」
「俺が代わりに見てやろうか?」
「自分で見たい」
僕は分けの分からない意地を見せた。でも入れ替わりに生徒たちが次々確認していきなかなか見れない。
「しかたねぇな」
そう言うと和樹は僕の脇を両手で挟み軽々と高く持ち上げた。
「うわっ、ちょっと和樹!」
僕はとっさにスカートを抑えた。
「ほら早く見ちゃえよ」
「う、うん」
見ると僕の名前が目に入った。名前が漢字一文字なのですぐ見つけることが出来た。
「あった。僕も1組だって」
和樹はそっと僕を下した。
「俺と同じか。よかったな」
「それじゃ教室に行こ」
僕は和樹と一緒に教室へ向かった。
教室にはすでに半数近くの生徒が居る。同じ中学出身同士だろう仲の良さそうな男子生徒や一人で静かに席に座っている女子生徒など居た。
机にはテープで名前が貼られていた。
どうやら席は五十音順みたいだ。
「僕は後ろの席みたい。和樹はどこ?」
「えーっと俺はその左隣っぽいな」
僕と和樹はお互いに席に座り話しているとチャイムが鳴った。
生徒は各自自分の席に座りしばらくするとスーツ姿の男性教師が入ってきた。
「みんな入学おめでとうございます。僕はこのクラスの担任となった山本です。1年間よろしく。それじゃさっそく出席を兼ねた自己紹介するので出席番号1番から順に立って名前となにか一言を言っていって」
出席番号1番から順に自己紹介をしていった。スポーツが得意な人や将来の夢を語る人、中学でのことを言う人などいろいろ居る。
そして僕より先に和樹の番が来た。
和樹は立ち、自己紹介を始めた。
「
和樹の自己紹介はすぐに終わった。もう少し喋って時間を稼いで欲しかった。
そしてすぐに僕の番が来た。
席を立つとみんなは僕の方を向いていた。
「水原葵です。藤東中から来ました。えーっと、最近は料理を頑張っています。よろしくお願いします」
一礼すると拍手が起こった。すごく緊張した。
そして全員の自己紹介が終わった。
「はい、それじゃこの後、入学式を行います。男女別に出席番号順で廊下に並んで体育館へ行きその後中央を歩き男女左右に分かれ用意されている椅子に座ります」
山本先生は黒板に図を書いて説明をしてくれた。
そして少し雑談をしていると別の男性教師がやってきて山本先生に何かを伝えていた。
「それじゃ体育館へ移動するから廊下へ並んで」
僕たちは廊下に出て男女別に出席番号順で整列した。
そして先生を先頭に体育館へ行くと体育館の入口前で一度止まった。
中では何やら声が聞こえる。そして音楽が流れ始めると体育館の扉が開き中へ入った。
正面のステージには〝第27回入学式〟と書かれた大きな幕が吊るされ体育館両サイドに先生方が立っていた。
僕たちは奥から順に椅子に座った。和樹たち男子は中央通路の反対側だ。
全員椅子に座ると音楽が止みステージに校長先生が上がった。
「まずはみなさんご入学おめでとう。我校では―――」
校長先生が挨拶をした後。生徒会、部活動紹介などが行われた。
部活は強制ではないのでありがたい。
「これにて第27回入学式を終わります。新入生退場」
曲が流れ始めると各担任の先生がやって来た。僕たちは順に中央の道に出て体育館を出た。
後は教室に戻り新しい教科書を配布して今日の予定は終了だ。
座っているだけだけど疲れた……。
「それじゃ今日はこれまで。それじゃみんな気を付けて帰れよ」
山本先生が教室を出ると教室のあっちこっちでみんなは話し始めた。
「葵、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「わかった。待ってるね」
「和樹は小走りで教室を出て行った」
カバンに入れた教科書を適当に1冊取り出し適当に見ているとどこからか僕の名前が聞こえた。
「俺はやっぱり水原さんだな」
「だよなぁ」
「でも朝、男と居るところ見たぜ」
「まじ!?」
「彼氏持ちかよ」
見ると3人の男子生徒が窓際で話していた。やっぱり僕の過去を知らない人は普通の女の子に見えるんだ……。
「お待たせ――ってどうした?」
「ううん、何でもない。それじゃぁ帰ろっか」
僕は席を立ち和樹と早々に学校を出て家に向かった。
帰りの電車は行き同様混んでいた。僕と和樹は朝と同じドア付近で立っていた。
疲れてボーッとしていると何かがお尻に当たった。
「っ!?」
満員だから膝かカバンでも当たったかと思っていたが何度も触れている。明らかに誰かが僕のお尻を触っているみたいだ。
「(これってもしかして痴漢!?)」
僕は和樹に助けてもらおうと思ったが恐怖で声が出ない。まるで喉に何かが詰まっているみたいだ。
怖い……助けて……
すると和樹は僕の異変に気づいてくれた。
「!? おい、お前!!」
和樹は痴漢していた40代だろうスーツ姿の男性の腕を掴んだ。
次の駅で降り駅員室へ引っ張り痴漢の事を説明した。そのあとは警察が来たりいろいろあった。
僕と和樹はようやく解放され次の電車が来るまでホームのベンチに座って待って居た。
安心した為か恐怖の為か急に涙が出てきた。
「おい、どうした!?」
「あの時……怖くて声も出なくて。でも和樹が居てくれて本当に良かった。ありがとう……」
僕は涙を拭いながら和樹に感謝の気持ちを伝えた。
「俺はお前の親友だからな。親友が困っていたら助けるのは当たり前だろ?」
やっぱり和樹は優しい。
「(……あれ? なんだろうこの気持ち……)」
初めて感じる感情だった。
何気ない〝親友〟って言葉が胸に刺さりそれとは別になんだが胸の奥がモヤモヤする。
楽しいや嬉しいって気持ちじゃない。
僕はその日この気持ちが分からずにいた。