モテたい!
だたそれだけの理由だった。でもまさかそれがこんなことになるとは……
僕、水原葵は来月4月には高校生!
……だというのに背も伸びずあまり声変わりがしなかった。
小学生の頃はよく女の子に間違われるなどといったいくつかのコンプレックスを持っている。
そんなある日ネットで不思議な噂の記事を見た。タイトルには〝2時の祠〟と書いてある。読んでみるとそれは僕の住む町のとある山にある小さな祠ほこらでのことだ。記事によると満月の日の午前2時に月の光を浴びている祠にお願い事をすると叶うというものだ。
まぁそんなのは噂で信じる人も居ないだろう。だが今の僕はそんな噂でも信じてしまう状況だった。
高校生にもなってこんな背や声は恥ずかしいからだ。
満月の日、僕はその噂の祠に向かっていた。空には雲は無く奇麗な満月が見える。月明かりと懐中電灯の明かりを頼りに薄暗い森を歩き続けた。3月の夜はまだまだ冷え、吐く息は白い。
しばらく歩くと木で出来た小さい何かが見える。きっとあれが噂の祠だろう。僕はその前に行き時計を見た。
時刻は午前1時50分。噂の時間まで残り10分だ。
「寒い……」
僕は手に息をかけ少しでも暖を取った。月明かりが僕と祠を照らしている。
丁度この周りだけ月の明かりを遮るものが無いみたいだ。
時間になると僕は懐中電灯の明かりを消し、目を閉じると手を合わせて祠に御祈りをした。
「自分に(男として)ふさわしい(ガッチリした)体と(低い)声にしてください! もっと自分(男)らしくなりたいんです!」
祈り終わり目を開けると祠の奥で一瞬何かが光った気がした。月明かりで鏡か何かが光ったのだろうとその時は思った。
そして僕は再び来た道をたどり家に戻って眠りに着いた。
しかしあれから何日も経ったが声も背も変わらず。やっぱりあの噂は嘘だったのだろう。僕はなにも変わらないまま中学を卒業した。
祠の事を忘れかけていたある日。入学式までは4日ほど休みがある。いつもならまだ寝ている時間だが僕は苦しさに目が覚めた。時計を見るとまだ午前6時を回ったばかりだ。
「(ん……なんか胸が苦しい)」
水でも飲もうと思い起き上がりベッドを降りた瞬間何かの布を踏みバランスを崩した。
「うわぁっ!」
そのまま背中から勢いよくベッドに倒れこんだ。
寝ぼけていたとはいえなんだか身体の重心に違和感を感じた。
「(……ん? 今声が変な様な気がしたんだけど……)」
喉に痛みは無く風邪ではなさそうだ。
すぐに起き上がり声を出してみた。
「あー、あー。――っ!? 何なのこの声……」
やっぱり声がいつもより高くなっている。それにさっきから胸が苦しい気が――――……っ!?
胸元を見るとパジャマが張り裂けそうになっていて今にもボタンがはち切れそうだ。足元を見るとズボンの裾はかなり長くなっていた。
さっき踏んだのはきっとこの裾だ。
僕は裾を捲り上げすぐに1階の洗面台に向かった。
鏡を見るとそこには髪が肩まで伸びていて胸もある女の子が映っていた。
正直可愛い。
「き、きっと夢だね。よし、寝よう!」
すぐに部屋に戻り布団をかぶった。
「きっとこれは夢だ。また寝ればいつもの自分に戻るはず!」
僕はそのまま二度寝をした。
刻々と時間が過ぎふと気が付いた時には太陽は完全に顔を出し街を照らしていた。
その光に照らされた自分の身体を再確認した。
「やっぱり夢じゃないか……。と、とにかく誰かに相談をしないと。――って言ってもお父さんもお母さんもしばらく研究で海外にいるし……」
考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
実は両親がいない少しの間一人暮らしになるのが不安だった為無理言って幼馴染で親友の
「おーい、起きてるか? 開けるぞ」
ゆっくり部屋のドアが開く音がした。
僕は布団をかぶったまま静かに息を殺していた。
「まだ寝ているのか? いい加減起きろよ」
そういって和樹は布団を捲った。
僕も抵抗したが筋力が落ちているのか布団はあっさり奪い取られてしまった。
「あっ! ちょっと!」
僕の姿を見た和樹は一瞬何かを考え口を開いた。
「あ、えっと……どちら様?」
和樹は気づいてないのかな? 僕は葵本人であることを説明した。
「僕だよ。葵」
「いや、そう言われても……」
和樹は僕をじっと見ている。
怪しむのは当たり前だろう。
「和樹ことは僕が一番知っているよ。何年も一緒に居た仲だからね」
「ほう、それじゃお前が葵だってことを証明してみろ。場合によっては警察に―――」
「それはマズいって! えっと……」
僕はいろいろ考えた。
誕生日とかだと信用薄いし誰かに聞いたってこともあり得る。二人だけが知る秘密ならきっと信じてくれる。でも二人だけが知っている出来事って何か――……そうだ!
「和樹の実家の部屋。クローゼットの奥にある箱の中身について!」
「っ!?」
その言葉を言った瞬間和樹の顔が少し変わった。
「これは僕にしか言ってないよね?」
僕は和樹に詰め寄った。
和樹の表情がどんどん変わっていく。これは手ごたえありだ。
「分かったから少し離れろって。確かに……わかったお前は葵本人だ。信じよう」
「やった!」
「それでなんでお前は女になっちまったんだ? 漫画じゃあるまいし」
「僕にだって分からないからこうして相談しようとしているじゃん」
「でも何かしないとこうならないだろ。まぁ普通は何してもならないが。思い出してみろって」
「ん~……あっ」
僕の頭にある出来事が思い浮かんだ。
「なんだ? 心当たりあるのか?」
「えーっと2時の祠なんだけど……」
「2時の祠? あー、あの噂のやつか。まさか女になりたいって言ったのか!?」
「言ってないよ!」
「それじゃなんて?」
「えーっと確か……」
僕はその日のことを思い出していた。今から数日前のことなので何とか記憶はあった。
「思い出したか?」
「細かくは覚えてないけど確か自分らしくなりたいって言ったと思う」
「……ふむ、なるほどそういうことか」
和樹は何か納得したようだ。僕にはさっぱり分からなかった。
「どういうこと?」
「つまりお前の自分らしくっていうのを願いは女らしい自分って意味でとらえたってことだよ」
「あっ……そういえば……」
そう。あの時僕は〝男らしくなりたい〟とは言っていなく〝自分らしく〟と言ったのだ。
「ってことはこの姿が自分らしいってこと?」
「そういうことだな」
「どうしよう……高校」
「いやいや、まずはそこかよ」
「だってもう時間無いんだよ?」
「まぁ、確かにそうだけど」
僕たちは悩んだ。突然「女の子になりました」なんて言っても信じてもらえるわけないし……
「それじゃもう一度お願いしてみたらどうだ?」
「そうしたいけど……」
僕はパソコンを点けその記事が書いてあるサイトを開いた。そしてとある文章を指さした。
「えーっとなになに……一人の人間が叶えられるのは生涯に1度のみ」
「そういうこと」
「それじゃ永遠にこのままってわけか」
「ってことになっちゃうね……」
「でも何か戻る方法が…… あっ、いい方法があるぞ」
「えっなに!?」
「俺がお前を男にしてもらうように願えば良いんじゃね?」
「それだ! 確か今日は満月だったよね。早速行こう!」
「まてまて」
部屋を出ようとした僕の腕を和樹が掴んだ。
「なに? 早く行かないと」
「慌てるなよ。祠は午前2時なんだろ?」
「あっ、そうだっけ。それじゃ気分転換にどこか出掛けない?」
「まぁ俺は良いがお前は良いのか? そんな見た目だし」
「うん。今はこの事を忘れようと思います!」
「現実逃避かよ…… わかった。まずは着替えろよな。俺は部屋で待っているから」
「わかった。着替えたら言うよ」
和樹が部屋を出ると僕は急いで適当に着替えた。やっぱり胸が苦しい。それに胸の形がはっきり出ていて恥ずかしい。どうしよう……そうだ!
「和樹~」
僕は和樹の部屋のドアを開け、顔を覗かせた。
部屋では和樹がベッドの上で漫画を読んでいる。
「準備できたか?」
「そうじゃないんだけど、服貸してくれない?」
「俺の? なんで?」
「えーっとこういうことなんです」
僕は現状を見せた。Tシャツは胸の所為できついのにズボンはゆるゆるで裾を少し捲っている。
「ぶはっ! ゲホッゲホッ」
和樹は思いっきり咽た。
「だ、大丈夫!?」
「あぁ、タンスの中にある服適当に持って行っていいぞ」
和樹は目を逸らしながらタンスを指さした。
「ありがとう」
タンスの中にある大きめのパーカーを取り出し部屋を出た。
そして再び自分の部屋に戻り着替えた。和樹は体格が良く服は大きい為、胸は苦しくない。だけどその代わりに裾が長い。僕は袖を捲って手を出した。
ズボンは七分丈のズボンを履いたらほぼ長ズボンと同じになった。
「お待たせ~」
「お、おう。それじゃ行くか」
「うんっ」
僕と和樹は適当に街に出た。お店がある中心地へ向かっていると何かいつもと違う感じがした。辺りをよく見るといつもより人通りが多い。
「なんか人多いね。何かあるのかな?」
「確か近くの武道館で県大会があるんじゃなかったか?」
武道館の前を通るとそこには柔道着を着た高校生が大勢いた。
身体は大きく筋肉が凄い。男の時よりさらに大きく見える。
僕はその団体の横を通るとき思わず和樹の腕を掴んでしまった。
「どうした?」
「いや、なんか……」
自分でもびっくりした。いつもはそうでもないのになぜか大きい男性が怖かったのだ。
武道館の前を通り過ぎると自然と手が離れた。
中心地へ着くとそこは色々なお店がある。
「それでお前はどこか行きたい場所あるのか?」
「ん~っとね……」
僕は行きたい場所を考えた。と言ってもこれといって行きたい場所があるわけじゃない。でも今はどこか行きたい気分なのだ。
「和樹はどこか行きたい場所ある?」
「そうだな……あっ、本屋で漫画を買いたいかな」
「僕も漫画買おうかな。確かもう新巻出ていると思うし」
「そんじゃ本屋で決定だな」
僕と和樹は近くにあるショッピングセンターの中にある本屋へ向かった。
ショッピングセンターに入ると本屋のある2階に上がった。
「ここも結構頻繁にお店変わるよね」
「そういえばそうだな。前はここに雑貨屋あったし」
変わっていく店内を見ながら本屋のある場所に着き、そしてお互い気になる本を探した。僕は買う漫画を先に見つけ会計を済まして雑誌コーナーをうろうろしていた。
「(これは……)」
そこで普段は絶対に気にしないある雑誌を手に取った。
そしてその雑誌を見ていると会計を済ませた和樹がやってきた。
「お待たせ。……何読んでいるんだ?」
「あ、なんかこれが気になっちゃっ」
「女性ファッション雑誌じゃねぇかこれ」
「そうなんだけどね。なんでだろう……」
僕は見た目だけではなく内面も少しずつ変わっていることに薄々気が付いてきていた。なんだが自分じゃなくなっていくようで少し怖い。
「昼飯食っていくか? ハンバーガー奢るぜ?」
「いいの?」
「今日くらいは奢らせてくれ。お前もその身体になって辛いだろうし」
「ありがとう」
昼食後、僕たちはショッピングセンターの中にあるゲームセンターやインテリアショップ、100円均一ショップなど色々見て回った。
「ふぃ~……結構楽しめるね」
「そうだな。あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「うん、そこの椅子に座って待ってるね」
僕は和樹の本を預かり近くにあるクッション材の椅子に座って待った。
この椅子もいつもより少し大きく感じる。
「(いつもより目線が少し低いだけで違和感あるなぁ)」
辺りを見渡しながらそんなことを思いつつ辺りを見ていた。
「なぁ、あの子可愛くない?」
「ん? いいな。話しかけてみるか」
突然男性の声が聞こえてきた。僕がその声の聞こえる方へ向いてみるとこっちを見ている茶髪の男性と眼鏡をかけている男性の二人組がいた。
見た感じ高校生みたいだ。いつもなら平気だけど今日はなぜか男性が大きく見え、怖かった。
咄嗟に目を逸らしたが二人組の男性は僕の所へやってきた。
「ねぇ、君今一人?」
茶髪の男性が僕の隣に座った。
香水の匂いなのか甘い匂いがする。
「えっと……僕、友達を待ってて……」
「今こいつ〝僕〟だってさ。もしかして男の娘ってやつか?」
「いやいや、どう見ても女の子だろ。胸もあるみたいだしさ」
「だよな」
男性たちが嘲笑った。
せっかく楽しい気分になって来たのに一気に嫌な気分になって来た。
「あの……そろそろ友達も戻って来るので――」
「じゃぁさ、そのお友達も一緒にどうかな?」
眼鏡の男性が提案した。
このままだと和樹も危ないかもしれない。
何とかして助けを呼ばないと。
「あの……」
怖くて声が出ない。体も小さく震えてきた。
困っていると和樹が帰ってきた。
「おいっ、お前ら俺の彼女に何かようか」
和樹は茶髪の男性の肩を掴んだ。
顔を見るとなんだか少し怒っているように見える。
「ちっ、友達って男かよ」
茶髪の男性は和樹の手を振り解いた。
「行こうぜ」
「あぁ」
男性達はぶつぶつ言いながらその場を離れていった。
「葵、大丈夫か?」
「うん、怖かったけど大丈夫だよ。でも今彼女って?」
「あっ、わりぃ咄嗟に何か言わないとって思ったからよ」
「別に平気だよ。今の和樹かっこよかった。はいこれ本……ってどうしたの?」
和樹は少し頬を赤くしていた。
「別になんでもねぇよ」
そう言って顔をそらした。こんな和樹初めて見た。
家に帰りお互い部屋で時間を潰していった。夕飯を食べ終わり部屋に戻ると急に疲れが出て寝てしまった。
「おい、葵。起きろ」
「……ん?」
目を覚ますとそこには和樹がいた。
「あれ? 寝ちゃってた?」
「ぐっすりな。もう1時だぞ」
「あっ、祠!」
すぐに目が覚めた。急いで温かい格好に着替え和樹と一緒に祠のある山へ向かった。
空には雲がなく綺麗な満月があの時のように輝いていた。
「何だかんだであっという間だったね」
「あぁ、そうだな……」
なんだか和樹の反応がいつもと違った。眠いのかな?
そして歩くこと数十分で目的地に着いた。
体力も落ちているから前より疲れる……
「やっと着いた~」
「……だな」
「早く2時にならないかな~?」
「……だな」
「ねぇ、さっきから何テンション低くない? もしかして眠いとか?」
「別に……」
近くの岩に座り時間になるのを待った。
お互い喋ることなく刻々と時間は過ぎていった。やっぱり和樹の様子がおかしい。
そしてあと数分って時に突然和樹が「あのさ……」と静寂を切り裂くかのように話しを切り出してきた。
「なに?」
「えっと……その……」
和樹は下を向き何かを言いたそうだった。
こんな和樹を見るのは初めてだ。
「さっきからなんか変だよ? 親友の間に隠し事は禁止!」
「いや、その……これ言うのは失礼かもしれないが」
「なになに? 言ってごらんって」
和樹は静かに深呼吸をしてこう言った。
「もっと女になったお前と一緒に居たかったなって」
「え……なにそれ?」
「ほら、俺ってあまり女と話さないだろ? だから今日みたいな日が終わるのが惜しいなって……」
「でも僕は……」
なぜか僕の脳裏に今日の一日の出来事が過った。
「別に女のままで居て欲しいとは思うけど俺が決めることじゃないからさ。そろそろ時間だ。あの祠の前で祈れば良いんだな?」
「うん……」
そして時刻は午前2時になろうとしていた。
戻れて嬉しいはずなのに何かモヤモヤする。
この気持ちは一体……
「そろそろ時間だな」
和樹は祠の前にしゃがんだ。
これでいいんだ。僕は男に戻って……戻ったからどうなるっていうの? ずっとコンプレックスを抱えていくのだろうか?
スマホで時間見ると残り20秒を切った。
「和樹、待って!!」
僕は咄嗟に和樹の腕を掴んだ。
「な、なんだよ?」
「あのさ……やっぱり僕はこのままでいい」
「えっ?」
「男になってもまたいつものように女扱いされるならいっその事このまま……」
「良いのか?」
「うん」
「……そうか。お前がそうしたいなら俺は何も言わないけど」
「ごめんね……」
「だがよ。これだけは言っておく」
「なに?」
「男だろうが女だろうが俺はお前の一番の親友だからよ」
「……っ!」
僕は思わず和樹に抱き付き押し倒した。
「ちょっ、葵っ」
「うわぁーん! 和樹ありがとう……ありがとうね!」
次々と涙が零れていく。
こんなに思いっきり泣いたのは何年ぶりだろう?
静かな空の下に僕の泣き声が響いた。
「今の姿を考えろ!。胸が当たってるって! 葵聞いてるか? おーい。葵さん!?」
時刻は2時1分。そしてその瞬間、僕の男子……ではなく女子高生ライフのスタートを切った。
その後はいろいろ大変だった。親に説明したり。和樹の父親が学校の理事長と知り合いらしく手続きなどはしてくれたらしい。
公けにしたくなかったのでこの事を知っているのは僕と和樹と両親たち、そして国の一部のお偉いさん方だけだ。
でもこれからどうなるのだろう?