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田中くんと鈴木くん
社川荘太郎
文芸・その他ショートショート
2024年11月21日
公開日
3,472文字
完結
 昔から些細なことが気になる性格だった。
 皆が「そんなことどうでもいいじゃん」ということでも、解決しないとなにも手につかなくなってしまうのだ。
 だいたいのことは人に聞いたり調べたりすることで解決できた。ただ、一人だけ、いつも理解不能な言葉を発して僕を困らせる人がいた。
 そう、隣の席の田中くんは今日も、授業中にも関わらず僕の肩に触れてから言った。

「タッチブッチバーリア」

 タッチブッチバリア!? ブッチ!?
 田中くんがまた訳の分からないことを言って僕を困らせようとしてきた。

第1話

 昔から些細なことが気になる性格だった。

 皆が「そんなことどうでもいいじゃん」ということでも、解決しないとなにも手につかなくなってしまうのだ。

 だいたいのことは人に聞いたり調べたりすることで解決できた。ただ、一人だけ、いつも理解不能な言葉を発して僕を困らせる人がいた。

 そう、隣の席の田中くんは今日も、授業中にも関わらず僕の肩に触れてから言った。


「タッチブッチバーリア」


 タッチブッチバリア!? ブッチ!?

 田中くんがまた訳の分からないことを言って僕を困らせようとしてきた。

 考えろ。彼はなにを言っているんだ? この問題を解決しない限り僕に平穏な小学校生活は訪れないように思えた。

 今回のケースは比較的難易度は高くないはずだ。

 まず彼は僕にタッチした。これは鬼ごっこの応用だ。そしてバリアしたということは、僕にタッチし返されないないようにバリアを張ったのだろう。それはそれで卑怯だと思うが、まあ理屈は通っている。

 問題は『ブッチ』だ。

 経験上、田中くんに聞いても彼はなにも知らない。ただいつもこうやって僕を困らせるだけだ。


「どうしたんだよ、早くタッチしてこいって」


 彼が言うので、僕は無駄だと知りながら田中くんの肩にタッチした。


「バリアだから効きませーん」


 田中くんの頬を思い切りビンタしたい衝動に駆られるが、僕はぐっと堪える。それよりもまずは『ブッチ』だ。

 若者言葉でブッチするという言葉がある。確か予定を断りなくキャンセルするという意味だった。ただ、ここではふさわしくないように思えた。

 僕の知らない福岡の方言か? 辞書で調べればなにか分かるかもしれないが、あいにく今は算数の時間だ。

 ひょっとしてなにかの略だろうか。

 ブッチ……ブッチャ……ブッチャー?

 そういえば昔ブッチャーという伝説のプロレスラーがいたという話を聞いたことがある。

 例えば、そうだ、ブッチャーがブッチャーバリアという必殺技で相手の技を防御していたとしたら……。あり得る。なぜなら彼は伝説のプロレスラーなのだから。

 点と点が繋がりいつしか線になっていた。

 伝説のプロレスラーが使っていたバリア、ブッチャーバリア。彼はそれで僕のタッチを防ごうとしていたのだ。

 それなら、僕のやることはひとつだった。


「ブッチャーバリア貫通タッチー!」


 僕が田中くんの肩に触れると、田中くんは「うわぁーそれずりーよ」と言った。事実上の敗北宣言だ。

 そして僕と田中くんは、揃って先生に怒られた。


   ※


 翌日、田中くんは授業中にも関わらずまた話しかけてきた。

 さすがに無視しようと思ったが、田中くんは無視できないようなことを言ってきた。


「鈴木、今日は『じゃんけんしっし』」しようぜ」


 じゃんけん……しっし!? この場で放尿でもするのだろうか。

 気づけば僕は田中くんに尋ねていた。


「じゃんけんしっしってなに?」

「鈴木はなにも知らねーな」


 そう言って田中くんは説明を始めた。

 僕はしっしの意味を聞いたつもりだったが、彼は僕がそのゲームのルールを知りたがっていると勘違いしたようだった。


「まず『じゃんけんしっし』の合図で、両手でじゃんけんのグーチョキパーのどれかを出す」


 なぜじゃんけん『ぽん』でなく『しっし』なのかと思ったが、『じゃんけんし』という掛け声もあるからそこからの派生だろう。放尿は関係ない。


「それから『どっち出すの、こっち出すの』の合図で片方の手を引っ込める」


 なるほど、相手の手を見たうえで、自分の両手のどちらを出すか決めるのか。なかなか戦略的なゲームのようだ。


「そして残った手でじゃんけんに勝っていた方がこう言う。『あんたちょっと馬鹿ね』」


 ゲームの掛け声に相手を煽る文言が入っている!? 僕は驚くが、まあそういうゲームがあってもいいだろう。


「そして負けた方はこう答える。『そんなことないよ』」


 煽られた側の反論まで組み込まれているとは、なんて親切なゲームだ。


「最後に『ビームシュワッチ!』という合図とともに、じゃんけんをする。ただこのじゃんけん、ただのグーチョキパーじゃなくて、グーは両手をグーにして胸の前でクロスして、チョキは両手でチョキを作って指先をおでこに当てる。パーは両手をパーにしてから地面と水平にした左手の上に右手を垂直に乗せる。このじゃんけんで勝った方が勝者だ」


 じゃあ最初の戦略的じゃんけんの意味は!? 突っ込みたかったが、それよりもこの場合、『ビームシュワッチ』に着目すべきだろう。

 ビームというからには光線が出ていると考えるべきだろう。ではシュワッチはどうだろうか。

 ダメだ、まったくピンとこない。

 ただ、昨日のケースから言うと、これもなにかの略の可能性があった。

 シュワッチ……シュワッチャ……シュワッチュ……。そういえば、昔の俳優にアーノルド・シュワルツネッガーという俳優がいたはずだ。彼はシュワちゃんの愛称で親しまれていたというが、何か関連があるだろうか。

 映画俳優であれば、なにかの映画でビームを発していても不思議ではない。きっとそうだ。ビームシュワッチはビームを出すシュワちゃんの略。

 ただこれは、ゲームの勝敗にはなにも関係のないことだった。


「ビームシュワッチ!」


 僕は田中くんと三回勝負して三回とも負けた。

 それから二人で先生に怒られた。


   ※


 今日こそは真面目に授業を聞こう。

 僕が黒板に注目していると、


「デュクシ!」


 なにが起きたか分からなかった。ただ脇腹の下あたりに衝撃が走ったことと、田中くんがなにか訳の分からないことをつぶやいたのは分かった。


「デュクシ! デュクシ!」

「やめて、やめてよ」


 僕が言うと、田中くんが「ごめんごめん」とすんなりやめてくれた。

 あまりにしつこいとき何度か僕がキレたから警戒しているのかもしれない。

 それにしても、さっきのは一体なんだったんだろう。

 確か田中くんは手刀のように手を尖らせて、僕の横っ腹を突いてきたはずだ。そしてこう言っていた「デュクシ!」と。

 デュクシ!? なんだそれは……。聞いたことのない言葉だった。

 アメリカの南部の州を総称した言葉がディキシーといったはずだが、僕の腹を突きながらアメリカ南部の話をするのは意味不明すぎる。まあ、ブッチャーもシュワちゃんも十分意味不明だけど。

 ひょっとして横っ腹を意味する英単語だろうか。つまり田中くんは僕の横っ腹を突きながらそこをさす単語を教えてくれたのかもしれない。

 よし、確かめてみよう。


「ショルダー! ショルダー!」僕が言いながら田中くんの肩を突くと、田中くんも同じように僕の肩を突いてきた。「デュクシ! デュクシ!」と言いながら。


 そうして謎は全然解けないまま、二人で先生に怒られた。


   ※


 翌日、僕は一番前の席に移動させられてしまった。

 そして田中くんは一番後ろの席だった。よく一緒にふざけている二人を離したということなのだろうが、なぜ僕が前になるのか納得がいかなかった。

 どちらにせよ、ようやく安心して勉強に専念できそうだ

 田中くんと遊ぶのも楽しかったが、学生の本文は勉強だ。

 僕が黒板の文字をノートに写そうとしていると、僕の机にノートの切れ端を丸めたものが飛んできた。

 振り返ると、田中くんがにやにやしていた。

 ノートを開くと、そこにはこう書かれていた。


「そーだー村の そーだーさんが そーだーのんで しんだーそーだー」


 そーだーさんが死んだ!? 大事件じゃないか……。

 そーだーを飲んだ? これはソーダを飲んだということだろう。飲んだ直後に死んだということなら、ソーダに毒が入っていたのかもしれない。

 そーだー村というのはどこにあるんだろうか。そーだー村にいるそーだーさんということは、初代村長が村に自分の名前を付けたのかもしれない。

 そこまで自己主張が強いと、あまり村人からも良く思われていなかっただろう。でも、だからって毒殺しなくても……。


「鈴木、聞いてるのか!?」


 急に名前を呼ばれて、僕は慌てて立ち上がった。

 助けを求めようと田中くんの方を振り返ると、田中くんはまるでずっとそうしていたみたいに寝たふりをしていた。

 その日、僕は初めて一人で先生に怒られてしまった。


   ※


「さっき僕のこと、見捨てたでしょ」


 放課後、田中くんと並んで帰っているとき、僕は言った。


「そうだっけー?」

「そうだよ」

「そう?」


 僕の追及にも、田中くんは素知らぬ顔だった。


「デュクシ!」ムカついた僕は田中くんの脇腹を突いた。

「ぐえっ」田中くんは悶絶した。

「デュクシ! デュクシ!」


 田中くんが逃げるので、僕は追いかけながら田中くんの脇腹を突きまくった。


「また明日なー」


 分かれ道に差し掛かり、田中くんが逃げながら言うので、僕はその背中に言った。


「また明日ねー」

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