侍女が急いで割れたティーカップを片付け終わったのを確認した私は一回咳払いしてから殿下を見る。
「そ、それで……なにか御用でしたでしょうか?」
「婚約者同士なのに理由が必要かい?」
緊張をしているせいか、声が裏返ってしまったことに恥ずかしさを感じつつも平常心を保ちながら聞くと眩しい程の笑みをされ、即答されてしまった。
その笑みが作りものだなんて信じられない。
私はこんな自然な笑顔を作れない。笑おうとすると引き攣ってしまう。
「……婚約はお断りしたはずですが」
昨日、来訪してきた殿下と国王の前で断ったはずだ。
ーーそれは、思い出したくない失態をおかしてしまった昨日の早朝でのこと。
珍しく朝早く目を覚ました私は外の空気を吸おうとバルコニーで大きく背伸びをした。
誰かに見られると『はしたない』と怒られてしまうが、日が昇りかけている時間には誰も起きてないだろうと軽い気持ちで外の空気を吸っていると、庭を歩いている殿下と国王。そして護衛騎士の数名の姿を見つけてしまった。
そこで私はゲームのソフィアと殿下の正式な婚約は今日だったのではないかと焦った。
公爵夫妻に迎えられてから今日まで、国外追放も死亡フラグを回避するために
普通なら国王と王太子殿下が公爵家に出向くことに不思議に思わないといけないだろうが、今はそれどころじゃない。『婚約』という言葉が私の中では大きいのだから。
こうしちゃいられない! そう思った私は身だしなみを確認しないでサロンへと向かう。
それにしてもお義父さまもお義父さまだ。顔合わせならどうして昨日のうちに伝えてくれなかったんだろう……。
息を切らしながらサロンに着いた私の第一声は「婚約破棄をしたいです!」だった。
朝早くに起きたのもあって頭がよく回っていないまま来てしまった。
自分の中で一番重要なことを最初に言ってしまったんだ。
その事に気付いたのはその数秒後だった。(あぁ……やってしまった)と、内心後悔しつつもサロンに居た全員が一斉に私を見る中、お義父さまを見るとお義父さまが青ざめたと思ったら急に国王と殿下に向かって深く頭を下げて謝罪していた。
困惑していると私のところに来たお義父さまが小声で教えてくれた。私の格好のことを。
髪はボサボサ、ネグリジェ姿で私は穴があったら入りたいぐらいの恥ずかしさでいっぱいになった。
そういえば走ってる間、やけに風が肌に当たるなとは思っていたけども。
そもそも走るのは令嬢として『はしたない』行動になるのだが。
自分の行動に今更ながらなんということをしてしまったのかと恥じた。それにいきなりの婚約破棄。これじゃあ王家を侮辱してるのと同じじゃない。侮辱罪で死刑になってしまう。
私の考えなしの行動で……なんてことを。
みんなの視線が私に集中する中、私は頭が真っ白になり、青ざめながらお義父さまを恐る恐る見る。
お義父さまは私に席を外すようにと言う。その場のピリピリとした空気もあり、私はお義父さまの言葉に素直に従うことにした。
寝室に戻ってから、数時間後に来たお義父さまにこっぴどく怒られてしまった。
お義父さまが怒ったところを見たことがなかった私はとても親密感が湧いたが、その説教には婚約という言葉が出てこなかった。
それはどうしてだろうと、お義父さまに聞けるはずもなく……。
だけど、殿下がここに来る理由を考えると『婚約』
しか……。
それ以外の理由なんてあるのだろうか?
そして現在、この場に殿下がいる理由も考えてしまうともしかして死亡フラグを立ててしまった!?
はしたない姿を見られたんだ。気分を害されたという可能性も。
それか、侮辱罪かも。
なんで私はこんなにも馬鹿なのよ! 普通に考えればわかることじゃない。
もうヤダ。死にたい。
いやいや、何を言ってるの自分。死なないようにフラグを回避したいのに死んだらダメでしょう!
殿下の気分を害してしまったら死刑だって考えられる。
考えなしに行動してしまった自分が情けない。
あれ……そもそも、殿下の気分次第で死刑なんてありえるんだっけ??
確か、殿下のルートだとヒロインをいじめたとして死刑に。
でもそれは変。いじめただけじゃ、死刑にはならない。
よく思い出すのよ、私。
そして落ち着け、私。
悪役令嬢の
いじめるだけじゃあきたらず、悪魔との契約した
悪魔との契約はこの世界だと大罪らしい。
悪魔は心を壊し、その身を蝕む存在と恐れられている。次第に我を失い、国一つ滅ぼしかねない危険な存在。
そうなる前に、手を打たなければならない。
処刑ではなく、やむを得ず殺されるわけだ。
良かった……。いや良くはないけど、とりあえずは良かったということにしとこう。
殿下が私と婚約をするメリットといえば、私が大魔術士の娘だから。
魔術士の子供は魔力が高いので体が魔力に絶えられず、死んでしまうケースが多い。
そのため生きていることが奇跡に近いため、貴重な存在。ただそれだけ。
魔術士の子供だからといって最初から魔法を扱えるわけではない。
魔法を扱うなら『聖なる乙女』の御加護が必要になる。
『聖なる乙女』はとても気まぐれで、出会いたくてもなかなか出会えない存在。
私はそんな『聖なる乙女』を知っている。
それは、ゲームの中盤にヒロインが出会っているのだから。
それは霧の奥、大きな木の下に
彼女はとても不思議な人だったのを覚えてる。
ーーそれに、
私は目の前にいる殿下を見ながら、困った顔になる。
その笑みがものすごく怖いのよ。純粋な腹黒い人ほど怖いものはないわ。
お願い。そんなにこやかな笑顔で私を見ないで。
私を見てもなにも良いことなんてないんだから。
目が腐るだけ! ここが日本なら眼科をオススメするわ。
綺麗な瞳が腐ってしまうところなんて見たくない!
軽くホラーだわ。あっ、ちょっと想像しちゃった。
令嬢というキャラとは程遠いほどのガサツな性格している私が令嬢。しかも悪役。
今からこんな失態してしまって平穏な生活が出来るのか不安。
でも唯一救いなのが、
それをうまく回避出来るかが、私の今後の人生を大きく左右する。
わかってることなのに、失敗するなんて。