「風太、あんたも一星くんのこと手伝ってあげて。アタシは、今ある食材で、追加準備しとくから」
「へーい」
一星は風太と一緒に二階の空き部屋に向かった。普段、納戸で使っているといっても、最近は雅がマメに掃除してくれているおかげで、比較的きれいに保たれている。
ただし、片付いてはいても、やはり、ここは納戸だ。ちょっとほこりっぽいし、布団も敷いて出しておく必要がある。そして、布団を敷くまでのアプローチをきちんと確保しておかなければいけない。おそらくは、ここに猛を運ぶようになるからだ。一星は窓を全開にして開けてから、窓枠のフックに掛けてある掃除用ワイパーを風太に渡す。
「ざっとでいいから。入り口付近から、窓に向かって、ほこり払っといてくれる?」
「オッケー!」
風太に、はたき係をお願いして、一星は
「なぁ、おい! おーい、ちょっと!」
「……なに?」
「その掃除機ってさ……、ダイクンだよな?」
この家には、掃除機が一階と二階に、それぞれ一台ずつある。どちらもダイクン製だ。ダイクンは、サイクロン式掃除機を先駆けて開発、商品化した、有名な海外電器メーカーである。
昔は、高級家電のイメージが強かったが、現在は、昔よりも価格が安価になり、特段珍しいものではなくなっている。だが、風太はそれをはじめて見たようで、目をキラキラさせていた。
「あぁ、そうだけど……」
「かっけえ! な、おれにもやらして!」
風太がそう言うので、一星は彼の手にある掃除用ワイパーと、ダイクンの掃除機を交換し、部屋の掃除に取り掛かった。
「すっげー、なにこれ! ヘッド光ってんじゃん! 最新式かよー!」
「いや……。それ、数年前買ったやつだから、もう最新ではないと思うけど……」
「ダイクンの最新式すげー! かっけえー!」
掃除機の騒音で、一星の言葉はまったく風太に届いていない。だが、新しいおもちゃを買ってもらった子どものように、キラキラした顔で楽しそうに掃除機をかける風太を見て、一星は頬を
一星は、風太と部屋の掃除をさっさと終えたあと、クローゼットから布団を引っ張り出して、床の上に敷く。このまま、十分ほど窓を開けたままにして、空気を入れ替えたら、掃除は完了だ。
「猛さん、いい人だし、悪酔いすることもそんなにないんだけど、酒飲むと、ほんとにこんこんと眠っちゃうんだよな……」
「ふうん……。太郎さんと猛さんって、仲いいんだ?」
「仲いいっていうか……、父さんが甘いんだと思う」
太郎と猛の付き合いは長い。一星と出会うよりもっと前、それこそ学生時代から、ふたりはつるんでいたと聞いている。そのせいもあるのか、太郎は猛に本当に甘かった。何度、猛がこの家で酔ってお泊まりコースになったとしても、絶対に文句を言わず、怒ることもない。無理やり起こしたりもしない。ただ、いつも「また寝ちゃったなぁ」と笑って、彼をおぶって、二階に連れて行き、布団に寝かせてやるわけだ。いくらなんでも、甘すぎる。だが、風太は言った。
「べつに、飲んで暴れるわけじゃなきゃ、いいじゃん。家に誰か泊まりに来るって、おれは太一くらいなもんだったから、すげえ楽しいけどなー」
「なら、よかったけど……。猛さん、運ぶとき大変だから、お前がいてくれると、助かるわ。よろしくな」
「え……」
「猛さん、身長183センチあるし、あの体格だから。寝ると重いんだよ、ほんとに」
「なるほど……」
太郎ほどではないが、やはり仕事柄、猛も筋肉質だ。太郎は身長が一星よりも低いが、猛は一星と同じ183センチ。それで筋肉質なのだから、ぐっすり眠っている彼を運ぶのは、太郎と二人がかりでも容易ではなかった。彼の体重がいくつあるのかは知らないが、筋肉が重いということは、一星だって知っている。
「っしゃあ……! 猛さんを運ぶのはおれに任しとけ!」
「ひとりじゃ無理だって。重すぎて腰抜かすぞ」
「どんとこいだぜ!」
風太はやけに張りきっている。合宿から帰ってきたばかりで、疲れているだろうに、彼はまだ体力があり余っているようだ。それには明日、剣道部の稽古が久しぶりにオフなのもあるだろうが、一星はなんとなく察している。風太は家に来客があってにぎやかになるのが、よほど嬉しいのだ。その気持ちは、片親家庭で育ってきた一星にも、理解できる。
やがて窓の外から、太郎の車が戻ってくるのが見えた。一星は風太と部屋の窓を閉めて、一階へ下りる。そうして、帰宅した太郎と飛び入り参加の猛を迎えた。
***
「カンパーイ!」
ビール缶と、ジュースの缶がぶつかりあって、
「さぁ、どんどん焼かなくっちゃな!」
太郎は大張りきりで、庭先に設置した、バーベキューコンロで肉を焼きはじめ、雅はそれを取り皿に盛って、テーブルへ持ってきてくれた。一星も手伝おうとしたが、今日は一星と風太を
「いやー、それにしてもいいですねぇ。家族が増えるって」
猛がにこやかにそう言って、太郎と雅が照れくさそうに顔を見合わせる。ひとつ屋根の下に住んで、もうひと月にもなるのに、彼らの雰囲気はいまだ
「最初はどうなることかと思いましたけどねー。先輩、急にひと目惚れしたなんて言い出すから」
「しょうがないだろ。運命感じちゃったんだから」
肉を丁寧に焼きながら、太郎が言って、頬を
感情的に突っ走るタイプじゃないと思ってたけどな……。
元ヤンで、怒るととてつもなく怖い太郎だが、普段、彼はなかなか感情に任せて動くことはないし、基本的には冷静だった。怒るときには、仕方なく自らリミッターを外して
一星は、そんな彼の背を見て、追いかけるように育ってきた感覚がある。それなのに、雅に恋をした途端、感情のままに突っ走って、わずかふた月ほどで、こうなってしまうのだから、まったく驚かされる。
「それにしても、ですよ。先輩が雅さんに告白したの、いつだと思う?」
猛はそう言って、一星と風太を交互に見た。一星は風太と顔を見合わせ、答える。
「さあ」
「いつだったんすか?」
「もうね、初日だから、初日! 雅さんの初出勤日! 雅さんも鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔で即答しちゃって、僕は何度、一星くんに相談しようと思ったことか!」
猛はそう言って、ビールに口をつけてから、焼きたての肉を白飯と一緒に
「えッ、母ちゃん……! その場で即答したってことはさ、母ちゃんも太郎さんにひと目惚れしてたってこと?」
風太が
「ううん。正直な話、びっくりして、そのときは思わず『はい』って言っちゃったの。でも、そこから太郎さんにどんどん
一星は肩をすくめる。帰る頃――ということは、告白されて、わずか数時間で、雅もまた、太郎に恋をしていたということだ。
「へー。でも、太郎さーん、大丈夫っすかぁ?」
「え? 大丈夫って?」
「ほんとは今さら言えないけど、母ちゃん選んだこと、実は後悔してたりするんじゃ――……ってぇッ!」
「いやあねえ、もう。風太ったら、冗談きついんだから!」
速い……!
風太の冗談に、雅が素早く
うまい……。これ、相当いい肉買って来たな……。