この春から、一星は風太のそばにいて、彼をより深く知ってしまった。母思いなところ。不器用ながらにも、優しいところ。なんでもおいしそうに食べてくれるところ。寝起きの鼻声がすごくかわいいところ。普段は素直じゃないクセに、一星の作ったものは素直に好きだとか、おいしいと言って喜ぶところ。
家でも学校でも、風太のそばにいて、いろんな風太を知ったせいで、一星は自分の想いが、こんなにも強くなっていることに気付いてしまった。独占欲が出てきたのも、感情を抑えられなくなったのも、たぶん、そのせいだろう。こうなってしまったら、もう、そうカンタンには抜け出せない気がする。いや、むしろ、とことんまで彼を知って、狂うほどに想いを
「まずいな、これ……。かなり重症かも……」
「重症? なに、お前……、どっかケガしてんの……?」
当然だが、一星の言葉の意味が、風太に理解されるはずもない。彼は、
「一星……。よくわかんねーけど、いろいろと大丈夫か……?」
「いや、全然……」
「え……」
「全然、大丈夫じゃない」
「えっと……」
「風太、俺は――……」
感情が
まずい……。こんなとこで告ってどうすんだ……。
浅はかなことだ。こんな想いを
同性から向けられる恋心なんて、ノーマルな彼が喜ぶはずがない。もっとも、一星も特段「男が好き」というわけではないのだが、だからこそ余計に、理解してもらうのは、難しいかもしれない。一星だって、この気持ちを説明しろと言われても、うまくできる自信がないのだ。
「悪い、なんでもない……」
「一星……? お前、今日ほんとにどうした?」
なんだか、心配されているようだが、一星は慌てて頭を巡らせた。この場をどうにか切り抜ける、理由を探さなければならない。白河に近づいてほしくない理由。気を付けてほしい理由。ふたりきりになってほしくない理由。だが、そんなもの、「風太を好きだから」という理由以外には、見つからない。
「おい、一星……?」
「風太……」
「おう……?」
一星は、今にも爆発してしまいそうな心臓の音を
「俺は……、お前が、白河先輩と一緒にいると、すごく不安だ……」
一星は迷いに迷ったあげく、そう言った。ずっと握りしめていた本心が、指の間からこぼれてしまったような感覚だった。
「不安って……、なんで?」
「それは……」
「それは……?」
「お前をあの人に――……」
「あっ、こんなところにいた!」
一星の言葉は、不意に飛び込んできた白河の声によってかき消された。ハッとして振り向くと、そこには白河だけではなく、太一もいる。太一は一星と風太を見るなり、途端に口を尖らせた。
「ほんとだ、いたいたぁ。ふたりとも、なにやってんだよー。就寝時間、とっくに過ぎてるんですけど!」
「あぁ、悪い……」
一星はそう言って、ちら、と風太に目をやる。すると、風太と視線がぶつかった。彼は少し、ぼーっとしているようだ。
一星は風太としばらく見つめ合っていたが、すぐに我に返ったように、目を
――俺は……、お前が白河先輩と一緒にいると、すごく不安だ……。
その途端、ぶわっと頬が
やばいって……。なに言ってんだ、俺……。
まるで、ブレーキが壊れた車に乗ってしまったような気分だ。今まで、なにがあっても、たいていの場合は冷静でいられたのに、風太のことになると、こんなにも感情を抑えられなくなる。しかし、その感覚はとても新鮮で、
「さぁ、就寝、就寝。夜更かしも、ほどほどにしないと明日に響くぞ。ふたりとも」
「はい……、すんません」
風太はそう言って謝り、合宿所へ戻って行く。その後ろ姿を見つめながら、一星もそのあとを追おうとした。ところが、不意に。肩をぽん、と叩かれ、同時に耳元では、白河の声が響く。
「さっき、邪魔したお返し」
そう言われて、一星は立ち止まる。ひらりと手を振って、白河は風太に駆け寄り、後ろから彼の肩を抱いて、一緒に合宿所へ入っていった。ほどなくして、ふたりのじゃれ合う声が聞こえると、一星は再び、猛烈な嫉妬心に襲われる。そうして、手の平に爪が食い込むほど、強く拳を握り、ふたりを全力で追いかけた。
風太が、いつか俺を理解してくれるって、そんなこと期待してるわけじゃない。好きになってほしいなんて、ばかげた願望だってわかってる。でも、それでも、俺はアイツの隣にいたい。誰よりも、近くにいたい……。