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8-4

「風太ぁぁーーーッ!」

「あれ、一星じゃん」


 きょとん、とした顔で、風太が振り返る。しかし、一星がそばへやって来ても、白河は離れようとはしなかった。一星は白河をするどにらみつけ、彼の腕を強引につかみ、そのまま風太から引き離した。


「おっと……。ずいぶん乱暴だね。どうかしたの?」

「どうもこうも……、こんなところで、ふたりで……。なにやってるんですか……!」

「なにって……、飲み物を選んでるんだけど?」


 白河にしれっとそう返され、一星は言葉を失う。カッとなっていてしまったが、たしかに、自販機の前で、ほかにやることなんかない。だが、白河の場合はそこに下心があると、一星はわかってもいる。


「お前も、ジュース買いに来たのか?」

「いや、俺は――……」


 風太にかれて、そう返しかけたとき、彼はまゆをしかめ、首をかしげた。こんな夜更けに、中庭の自販機へ来る理由なんかほかにないはずなのに、と妙に思ったのかもしれない。見れば、隣にいる白河は笑みを浮かべているのに、その目は一星をつらぬくようにするどかった。


 ――邪魔すんなよ。


 彼の目に、そう言われたような気がした。だが、ちょっとにらまれたくらいで、一星だって引く気はない。


「俺は、風太を探してたんです。家のことで、ちょっと話したいことがあったので」

「えっ、家のことってなに? なんかあったの?」

「……ちょっと、こっち来い」


 一星はそう言って、風太の手をつかみ、部室の方へ引っ張っていく。突飛な家族関係ではあるが、一星と風太が現在、家族であることに間違いはない。もちろん、家のことで話すことなんか、今はなにもないわけだが、今、この場で白河から風太を引き離すには、こうするしかなかった。


「お、おい……! ちょっと待てって、おれ、まだジュース買ってねえんだけど!」

「そんなの、あとでいい」

「あとって……、なんでだよ! おれは今、ジュースが飲みてえんだぞ!」

「なんでも! いいから黙ってついてこい!」

「おれのジュース!」


 一星はぶーぶー文句を言う風太を連れて、部室の方へ戻る。そうして、裏手に回り、その周囲に人がいないことを確認すると、手を離した。


「なんなんだよー、家の話って……。こんな所まで連れてきて、なんか、緊急なのか?」

「いや。家のことってのは、嘘だ」

「噓だぁ……? てンめえ……、なめてんのか、このやろ……」


 風太はまゆをひん曲げて、一星をジトっとにらんだ。だが、そういう顔をされるのは想定内だ。一星は彼を真っすぐに見つめて言う。


「風太、白河先輩には気をつけたほうがいい」


 そう言った瞬間。風太は余計にまゆをひん曲げた。


「白河先輩? ……気を付けろって、なんだよ。それ、どういうこと?」

「そのまんまの意味。あの人は、お前が思ってるような人じゃない。とにかく、気を付けろ。あんまり、ふたりきりになるな」

「あぁ……? なに言ってんだ、お前……。白河先輩がなんだっつーわけ」

「……とにかく、気を付けろ。俺が言いたいことは、それだけ――」


 一星はそう言って、その場を去ろうとした。だが、納得がいかないのだろう。風太は、一星の肩をつかんでく。


「ちょっと待てよ。いきなり気をつけろとか言われたって、わけわかんねえだろーが。ちゃんと、わかるように説明しろ」


 そう言われても、今、一星の口から言えることは限られている。一星は黙り、風太から目をそむけた。白河が風太を狙っていることは確かでも、彼が実際になにかを企んでいるという証拠はないし、ふたりきりになってほしくないのは、単純に一星のヤキモチもある。なによりも、一星は風太を、白河に取られたくないのだ。しかし、そんなことを、ここで今、正直に話せるはずもない。


「……今、説明しただろ。白河先輩には気をつけろって」

「だから、なんで! もっと、ちゃんとわかるように話せっつの!」


 肩をつかまれ、一星は無言のまま、奥歯を噛み締める。白河にヤキモチを焼き、つい感情的になって、風太に忠告をしてしまったが、これは早まったかもしれない、と後悔していた。ここで、本当に彼にわかるように話してしまったら、風太は白河を意識するようになるかもしれない。それに、いくらライバルだとしても、白河の想いを勝手に風太に話してしまうのは、卑怯ひきょうな手を使っているような気もする。しかし、だからといって、このまま白河のいいようにさせれば、風太はあっという間に誘われ、流され、彼のものになってしまいそうだった。


 それだけは、嫌だ……。


 なぜだろう。風太への想いを自覚してから、一星が欲張ったことなんか、一度もなかった。彼と恋人になろうとか、パートナーになりたいとか、そんな未来を想像したこともなければ、彼を独り占めしたいと思ったこともない。白河とのやり取りに嫉妬しっとしても、本当にただ、風太とじゃれ合える白河がうらやましいだけだった。


 けれど、今は違う。一星はいつの間にか、強く望むようになっているのだ。風太にとって、特別な存在でありたい、彼を独り占めしたいと。風太を幸せにしたいと、あきれるほどに明るいハッピーエンドを妄想していたりもする。白河にいても、今まではもっと冷静でいられた。さっきみたいに、感情的になったのは、はじめてだった。


 ちょっと待てよ……。もしかして、俺――……。


「一星、おい! なに黙ってんだよ、聞いてんのか?」

「あぁ……」


 一星は返事をして、ぐしゃぐしゃと頭をく。そうして、重いため息をいた。


「そうか。俺は、ものすっごいドハマりしてるんだな……」

「は……?」


 これって、風太コイツのこと、前よりも好きになってるってことだ。俺、完全にれ込んでるんだな……。

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