朝、通常通りの時間に始まった稽古が、終盤に差し掛かった頃、ぞろぞろと懐かしい顔なじみの青年たちが剣道場に入ってきた。みんな、西御門高校のOBだ。そのほとんどが、去年の卒業生だった。一星は、にこやかな彼らの姿を目に入れながら、最後の号令をかける。
「かかり稽古ぉーーーーっ!」
「うらぁあああーッ!」
「やぁさああああッ!」
全員が気合いの声を張り上げたあと、ほどなくして、顧問の烏丸が、ドウン! と太鼓を打ち鳴らし、かかり稽古が始まる。これが、今日の午前稽古では、最後のメニューだ。
部員たちは元立ちという、技を受ける側と、技を打つ側に分かれて二列に並び、「やめ」を意味する太鼓の音が鳴らされるまで、一定時間内に連続して技を打ち続ける。そうして、次の太鼓の音で、今度は元立ちだった側が技を打ち込む。これが、かかり稽古。剣道の稽古では、このかかり稽古が最も激しく、苦しい練習法だ。
「面ッ、小手ぇ!」
「メーンッ!」
今、一星に、
あのとき、俺は絶望したし、後悔もした。風太があのまま、目を覚まさなかったら……。死んでしまったら、どうしようって、すごく怖くなった……。でも、あれがあったから、同じだけ自覚もしたんだ。俺にとって、風太がどれほど大事な存在なのか。どれだけ、好きなのかってことを……。
一時間以上、意地の張り合いで延々と続けたあいがかりの最中、一星が苦しまぎれに面を打ち込んだ瞬間、風太は後方に倒れ、おそらく頭部を打ったのだろう。意識を失ってしまった。彼が目を覚ますまでの時間は、ほんの数秒か、長くても十秒くらいだったはずだが、その十秒は、これまで一星が感じてきたどの十秒よりも、長い十秒だった。
あのとき、幸いなことにすぐに風太は目を覚まし、命にも体にも、別状はなかったわけだが、一星は今もそれを後悔している。同時に、自分が風太をどれほど大事に想っているかも、自覚させられた。
そうだ……。だから、俺は……!
不意に、ドウン、ドウン! と太鼓が二回鳴らされ、風太が打ち込みを止める。交代の合図だ。一星は風太に向かって構え、めいっぱい声を張り上げる。
「うらぁああああーーッ!」
だから、俺は
「メンりゃあああーーっ!」
心の中で風太への愛を叫びながら、一星は
***
午前中の稽古が終わったあと、昼食と休憩を挟んで、午後の稽古が始まる。稽古といっても、午後の稽古は試合が
笑っていられるのも、今のうちだぞ……。俺は今日、あんたに絶対に、勝つ。
今日の試合稽古は、西御門高校チーム対、OBチームで行われる、団体戦だ。団体戦とは、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人が順番に出て行って戦う、チーム戦のことをいう。今日の練習試合では、一星は大将を任されていた。対するOBチームの大将は、知らされていないが、おそらく去年の主将、白河だろう。
この試合、絶対に負けられない……。
白河と戦って、勝った記憶は一度きり。過去、どんなに策を立ててみても、一星はいつも彼に
今の一星は、気力も体力も、去年の何倍――いや、何十倍も満ちているのだ。風太のそばにいるようになってからは、特にそれを感じている。
きっと、これは愛のパワーなんだ……。この力を、俺は今日、あんたにぶつける。……全力で!
じっと白河を見つめるうち、不意に白河が、一星に目を向け、
「よーし、そんじゃあ、始めるぞー」
烏丸の声が響き、両チームの先鋒がそれぞれ試合場に入っていく。自チームの先鋒は、太一だ。この試合、団体での勝利はもちろんだが、一星はなによりも白河に勝たなければならない。一星は
「太一、一本集中!」
「ファイト!」
味方に声援を送られ、太一は落ち着いた様子で構えると、そのまま腰を沈め、
「……勝負あり!」
OBチームの実力は、西御門高校チームは、先鋒、次鋒と一本負けが続いてしまい、早くも崖っぷち状態に
ただし、この状況は一星にとっては待ちに待った機会でもある。一星は面をつけて竹刀を持ち、試合場の反対側に立つ、白河を見つめた。白河は在校していた頃と同じ、胴着と
風太の目の前で、白河先輩に勝ちたい……。白河先輩より、俺のほうが強いってことを、証明したい……!
風太を振り向かせるために、一星はなんとしても、この試合を勝ちたかった。ただし、勝ちたいという気持ちだけでは、白河は絶対に倒せない。悔しいが、彼は強者だ。技は常に正確で、安定している。
一星は深呼吸をして、白河と息を合わせて試合場に入り、
「……はじめ!」
「うらぁあああッ!」
「せりゃあああッ!」
互いに気合いの声を張り上げて、竹刀の先で相手の動向を探るように攻めていく。剣先同士が触れ合うところまで近づき、慎重に攻めながら、距離を詰め、
よし……、ここからだ。