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8 絶対に負けられない戦い~源一星~

 朝、通常通りの時間に始まった稽古が、終盤に差し掛かった頃、ぞろぞろと懐かしい顔なじみの青年たちが剣道場に入ってきた。みんな、西御門高校のOBだ。そのほとんどが、去年の卒業生だった。一星は、にこやかな彼らの姿を目に入れながら、最後の号令をかける。


「かかり稽古ぉーーーーっ!」

「うらぁあああーッ!」

「やぁさああああッ!」


 全員が気合いの声を張り上げたあと、ほどなくして、顧問の烏丸が、ドウン! と太鼓を打ち鳴らし、かかり稽古が始まる。これが、今日の午前稽古では、最後のメニューだ。


 部員たちは元立ちという、技を受ける側と、技を打つ側に分かれて二列に並び、「やめ」を意味する太鼓の音が鳴らされるまで、一定時間内に連続して技を打ち続ける。そうして、次の太鼓の音で、今度は元立ちだった側が技を打ち込む。これが、かかり稽古。剣道の稽古では、このかかり稽古が最も激しく、苦しい練習法だ。


「面ッ、小手ぇ!」

「メーンッ!」


 今、一星に、果敢かかんに技を打ち込んでいるのは、風太だった。風太は、全力で一星に向かい、休みなく技を打ち込んでくる。その打突を受けながら、一星は思い出していた。ひと月前、風太の誘いに乗って、あいがかりの決闘をしたときのことだ。


 あのとき、俺は絶望したし、後悔もした。風太があのまま、目を覚まさなかったら……。死んでしまったら、どうしようって、すごく怖くなった……。でも、あれがあったから、同じだけ自覚もしたんだ。俺にとって、風太がどれほど大事な存在なのか。どれだけ、好きなのかってことを……。


 一時間以上、意地の張り合いで延々と続けたあいがかりの最中、一星が苦しまぎれに面を打ち込んだ瞬間、風太は後方に倒れ、おそらく頭部を打ったのだろう。意識を失ってしまった。彼が目を覚ますまでの時間は、ほんの数秒か、長くても十秒くらいだったはずだが、その十秒は、これまで一星が感じてきたどの十秒よりも、長い十秒だった。


 あのとき、幸いなことにすぐに風太は目を覚まし、命にも体にも、別状はなかったわけだが、一星は今もそれを後悔している。同時に、自分が風太をどれほど大事に想っているかも、自覚させられた。


 そうだ……。だから、俺は……!


 不意に、ドウン、ドウン! と太鼓が二回鳴らされ、風太が打ち込みを止める。交代の合図だ。一星は風太に向かって構え、めいっぱい声を張り上げる。


「うらぁああああーーッ!」


 だから、俺は風太おまえを諦めない……! たとえ、あの白河先輩がライバルで、これが無謀むぼうな戦いだとしても……! 俺は、こんなに、風太おまえが好きだからぁあ……ッ!


「メンりゃあああーーっ!」


 心の中で風太への愛を叫びながら、一星は面金めんがねの間からのぞく風太の瞳を見つめ、脳天めがけて飛び込んでいく。この恋を、情けない後悔だけで、終わりにしたくない。そんな思いをかかえて、一星は太鼓の音が鳴るまで、全身全霊で風太に技を打ち込んだ。


***



 午前中の稽古が終わったあと、昼食と休憩を挟んで、午後の稽古が始まる。稽古といっても、午後の稽古は試合がおもだ。胴着とはかま姿に着替えたOB一同は、今、試合場を挟んだ向こう側――つまり、上座にの位置で正座し、余裕たっぷりの笑顔で烏丸と雑談をしている。一星は、その輪の中にいる白河を、じっと見つめた。


 笑っていられるのも、今のうちだぞ……。俺は今日、あんたに絶対に、勝つ。


 今日の試合稽古は、西御門高校チーム対、OBチームで行われる、団体戦だ。団体戦とは、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人が順番に出て行って戦う、チーム戦のことをいう。今日の練習試合では、一星は大将を任されていた。対するOBチームの大将は、知らされていないが、おそらく去年の主将、白河だろう。


 この試合、絶対に負けられない……。


 白河と戦って、勝った記憶は一度きり。過去、どんなに策を立ててみても、一星はいつも彼に見透みすかされているような心地になった。必死の挑発も、罠も、白河にはなかなか通じない。だが、あれから半年が経ち、一星は以前よりも強くなっている。

 今の一星は、気力も体力も、去年の何倍――いや、何十倍も満ちているのだ。風太のそばにいるようになってからは、特にそれを感じている。


 きっと、これは愛のパワーなんだ……。この力を、俺は今日、あんたにぶつける。……全力で!


 じっと白河を見つめるうち、不意に白河が、一星に目を向け、微笑ほほえんだ。おそらく、一星の視線に気付いたのだろうが、その余裕っぷりを見る限り、彼は相当な自信があるのだろう。


「よーし、そんじゃあ、始めるぞー」


 烏丸の声が響き、両チームの先鋒がそれぞれ試合場に入っていく。自チームの先鋒は、太一だ。この試合、団体での勝利はもちろんだが、一星はなによりも白河に勝たなければならない。一星はひざに置いた拳を堅く握り、声を上げた。


「太一、一本集中!」

「ファイト!」


 味方に声援を送られ、太一は落ち着いた様子で構えると、そのまま腰を沈め、蹲踞そんきょをする。そうして、拍手とともに、午後の試合稽古は始まった。ところが――。






「……勝負あり!」


 OBチームの実力は、西御門高校チームは、先鋒、次鋒と一本負けが続いてしまい、早くも崖っぷち状態におちいってしまった。その後、中堅の風太が一本を取り返して、副将までなんとか繋いでくれたが、副将を任された一年生は、惜しくも引き分け。大将の一星は、文字通り、絶対に負けられない戦いにのぞむことになった。


 ただし、この状況は一星にとっては待ちに待った機会でもある。一星は面をつけて竹刀を持ち、試合場の反対側に立つ、白河を見つめた。白河は在校していた頃と同じ、胴着とはかま、それに防具を身に着け、試合場の外に堂々とした姿勢で立っている。彼の貫禄かんろくも、迫力も、さすがは元主将、といったふうだが、一星には今日、負ける気はこれっぽっちもない。


 風太の目の前で、白河先輩に勝ちたい……。白河先輩より、俺のほうが強いってことを、証明したい……! 


 風太を振り向かせるために、一星はなんとしても、この試合を勝ちたかった。ただし、勝ちたいという気持ちだけでは、白河は絶対に倒せない。悔しいが、彼は強者だ。技は常に正確で、安定している。すきを探すのも容易ではない。冷静に、沈着に、しっかりした策を練らなければ、確実な一本は取れない。


 一星は深呼吸をして、白河と息を合わせて試合場に入り、蹲踞そんきょをした。そうして、審判の号令を待つ。


「……はじめ!」

「うらぁあああッ!」

「せりゃあああッ!」


 互いに気合いの声を張り上げて、竹刀の先で相手の動向を探るように攻めていく。剣先同士が触れ合うところまで近づき、慎重に攻めながら、距離を詰め、時折ときおり、竹刀で白河の剣先をパンッ、と払う。


 よし……、ここからだ。

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