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7-2

 一星がどんなに恋心をつのらせても、きっと、叶う見込みなんかない。風太は、男なんか好きにならないだろうし、間違っても一星を相手には選ばない。今まで、浮いた話なんかひとつもなく、「女子」と言葉にするだけで赤面するような彼でも、いつかはかわいい彼女ができるのだろう。そうして、一星はたぶん、彼に散々、彼女を見せびらかされ、自慢されるのだ。


 しかし、一星はそれでも構わなかった。たとえ、風太への想いが叶わなくても、彼との関係が、恋人やパートナーという形になれないとしても、家族として、そばにいられるだけで、十分幸せだった。


 一星は、風太には誰よりも幸せになってほしいと思っている。だからこそ、もしも彼に好きな人ができたなら、その恋に出しゃばったり、邪魔をするつもりはない。ただし――。その相手が一星と同じ男で、あの白河だとすれば、話は違ってくる。


 白河先輩に、風太は渡せない……。渡したくない……!


 なにも、白河が悪人だとは思わない。彼は頭がいいし、人当たりがいいので、友人も多くいるようだ。見た目もよく、在校していた頃には、下級生には特に人気があった。


 だが、ああ見えて、彼には二面性があるのだ。時に強引なところがあるし、言葉たくみに人を操ろうとするところもある。そもそも、風太に気がありながら、ほかの女子と付き合うようなところも、気に食わない。移り気なのか、気まぐれなのかは知らないが、風太が好きなら、風太だけを追い続ければいいのに、なぜ、ほかの人と付き合う必要があるのだろう。


 そんな曲がった根性で、風太を幸せになんかできるもんか。白河先輩は、風太には絶対、ふさわしくない……!


 だが、心配だ。風太は白河をとてもしたっているし、楽観的で単純な性格だから、気が付かないうちに、彼のペースにハマってしまうかもしれない。気持ちがあやふやなままでも、うまいこと言いくるめられて、気づけば押し倒されて、彼の言いなりになってしまうかもしれない――。


「……だあぁッ、クソがぁッ!」

「なんだよ! 急に……、びっくりすんなぁ……」

「あ……」


 思わず立ち上がって、声を上げてしまった。白河に甘い言葉でそそのかされて、あれよあれよという間にベッドに押し倒される風太を、想像してしまったのだ。一星は静かに座り直すと、水筒のお茶を飲み、ひとまず気持ちを落ち着かせた。


「悪い……。ちょっと虫がな、鬱陶うっとうしかったんだ」

「虫? 虫なんかいたかぁ……?」


 風太は首をかしげ、ジュースのストローをくわえ、ちゅう、と吸った。そのすぼまった唇に自然と目がいって、ふと、視線がぶつかる。ジュースの飲み方ひとつとっても、彼は本当に可愛らしかった。だが、数秒ほど見つめただけで、風太はジトっと一星をにらみつける。


「なんだよ?」

「あ……」

「飲みてえのか? ほれ」

「え……ッ」


 ほれ、と飲みかけのジュースを手渡され、途端に指先がふるえた。大変だ。これを飲んでしまって、いいのだろうか。これは、まごうことなき間接キス。しかも、風太とのファースト間接キスだ。


「い、いいのか……」

「全部じゃねーぞ! ちょっとだけだかんな」

「あぁ……」

「欲しくなきゃ、返せ」

「いやッ、じゃあ……、ちょっとだけ、もらっとく……」

「あいよ、どーぞ」


 一星は、紙パックのジュースに刺さったストローの飲み口をじっと見つめ、ごくりと生唾なまつばを飲み込んだ。そこは、歯形がついてつぶれている。それを見れば、心臓は急激にうるさくなっていった。


 ここをくわえれば、一星と風太は間接キスをすることになる。一星の唇と、風太の唇が、このストローの飲み口で、間接的に触れ合うのだ。一星は爆発しそうな心臓の鼓動を感じながら、そっとそこへ口をつける。そうして、つぶれたストローの飲み口を、おそるおそる、ちゅう……と、吸い上げた。


 甘いな……。


 ドキドキしながら飲んだジュースは、甘いメロンの香りと、牛乳の味がした。一星はストローの飲み口ををそっと放し、ジュースを風太に返す。


「サンキュ……」

「うめーだろー」

「あぁ、うん……。お前、ほんとにこういう……、甘いの好きだよな」

「好きぃー。だけど、なんでもいいわけじゃねーぞ。おれ、このシリーズは断然、メロン派なんだよ。いちごもあるけど、メロンのほうが甘いじゃん?」


 ストローをくわえたまま、風太はそう言って、にやっと笑う。その笑顔に、一星は胸を打たれたような衝撃に襲われた。どうして、彼はこんなに無邪気で可愛いのだろう。彼はやはり、幼い頃となにも変わっていない。体はたくましくなっても、心は純粋でけがれのない、少年の頃のままだ。一星は火照ほてっていく頬を隠すようにそっぽを向き、最後まで残しておいたソーセージを口に放る。


 甘党なとこも、かわいいよな……。次の弁当には、なんか甘いもん、入れてやろうかな……。


 一星は弁当を片付けながら、そんなことを思い、頬をゆるませる。弁当のおかずとしては、やや難題な気もするが、それを考えるのも風太のためだと思うと、こんなにもやる気が出てしまう。しかし――。


「おっ、パイセンから返信きた!」


 風太のはずんだ声とその言葉で、ふわふわした多幸感は一気に吹き飛び、強烈な嫉妬心で狂いそうになる。一星はじろっと風太のスマホをにらみつけた。


「……まだメッセやってんのかよ」

「あぁ、ここんとこずーっと続いてんだ」

「へえ……」


 鬱陶うっとうしいな……。


 真のライバルは強敵だ。彼は年上で、文武両道タイプのイケメンで、人気者で、剣道も強かった。今、部内試合で一位を保持する一星も、彼に勝ったことはたったの一度しかない。今、考えてみても、一星が白河より勝っているところなんて、ひとつも見つからなかった。だが、どんなに手強いライバルだとしても、一星は引き下がるわけにはいかない。なにがなんでも、風太を白河に奪われるのだけは、我慢できないのだ。


 あんな人に渡すくらいなら……、風太は俺が幸せにする……!


 一星は、隣で大あくびをする風太を見つめながら、心の中でそう決意をしていた。

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