白河虎太郎。彼こそ、一星にとって真のライバルだった。彼は、スマートで優しい世話焼きな先輩の皮をかぶった、肉食獣のようなものだ。風太はおそらく、かなり前から、彼に狙われている。
白河は、在校していた頃、いつも必要以上に風太に構っていた。風太もまた、まさか彼に下心があるとは知らずに白河を
あれには本当に
白河が、風太を好いていることは間違いなかったが、それでも、やはり同性愛という大きな壁を前にして、諦めるしかなかったのだろう――と、当時、一星は思っていた。しかし、最近になって、彼は再び風太に連絡をしてきて、しかも好物をエサに誘い出した。どうやら、白河は一星にとって、最大のライバルに違いはないようだった。
ふざけんな……。せっかく最近、風太とイイ感じだってのに……。
ここ最近、一星は風太とうまくいっている。なんとなく、イイ感じだ。――とはいっても、べつに風太が一星に、特別に気がある素振りを見せているわけでもなければ、「好き」だと言われたわけでもない。くだらない言い合いも、あいかわらずだ。ただ、以前のように、激しいケンカにはならない。
これって……、進歩って言っていいやつだよな……。
気のせいではない。風太は、以前よりも一星に対して、当たりが柔らかくなったようだった。クラスでは、以前よりも
『おーい、一星。早くしろよ』
いつも通りの
アイツの顔……。サルみたいに真っ赤になって怒ってんの……、かわいかったなぁー……。っていうか、俺ら最近、仲良すぎだよな。これはもう……、そろそろ脈アリってことでいいんじゃないか……?
風太の変化には、さすがの一星も、時々、冷静さを失いそうになるほどだ。しかし、日毎、風太との関係が深まっていくことに気分が高揚する一方で、そこに水を差す存在が、見え隠れしていることにも、しっかり注意しておかなくてはいけない。それが白河虎太郎だ。彼は、風太に勉強を教えるという名目で自宅に呼んでいたが、それだっていかがわしいことを企んでいるに違いない。
「くそ……っ、そうはさせるか……!」
「ん? なんだぁ、源。なんかわからないところでもあったか?」
授業中にもかかわらず、思わず、呟いてしまって、教壇に立つ国語科の教師が振り返って
「えー……、明日からゴールデンウイークに入るが、休み明けたら、すぐ中間だからな。しっかり復習しておくように。それじゃ、号令!」
一星はちらりと、窓ぎわの席に目をやる。窓ぎわの、前から三番目の席で、風太は大あくびをしながら、ぼんやりと黒板を眺めていた。あの様子を見る限り、必死に勉強しようという気があるのかどうかはかなり疑わしいが、どちらにしても、中間テストが近づけば、どの部活も原則、休みに入る。その時間の余裕を
風太は渡さないぞ。……絶対。
――とはいえ、ひとまず。明日からは二泊三日の合宿がある。合宿のあとにはオフ日も設けられているが、さすがに風太も、合宿のあとで勉強をする気になんてならないだろうから、しばらくは安心だ。それよりも、合宿中、さらに風太との親密化を図るために、なにか策を考えておきたいところだった。
「おーい、一星!」
「ん?」
「今日の昼、おれらサシっぽいわ。太一、なんか用事あんだって。どこで弁当食う?」
「あぁ、そうだな……。天気いいし、中庭でも行くか」
「おっ、いいな! じゃあさ、場所取っといて。おれ、購買でジュース買ってくから、四限終わったら、先行っててくれよ」
本日の四限目は、理数の選択授業だ。風太と太一は生物、一星は数学を取っていて、生物は生物室で、数学は教室で、それぞれ授業が行われる。生物室から購買部は近い場所にあるので、彼は四限目の授業の帰りに、購買部に寄りたいのだろう。
「オッケー、わかった」
一星が返事をすると、風太は満足げにまた席へ戻って行く。その背中を、一星はぽうっと見つめた。最近、風太はこんな具合で、昼休みに、必ず一星を誘ってくれる。ただ、一時限目のあとに声をかけられたのは初めてだし、風太とのサシでのランチも初めてだ。太一には悪いが、ふたりきりになれるのは最高にラッキーだった。一星の胸の内側は、たちまち期待感で溢れてくる。
昼休み、一緒に弁当食う約束するのに、わざわざ休み時間に、席まで来てくれるなんて……。風太って優しいとこあるよな……。だけど、こんなんじゃ、俺たち……、本当に付き合ってるみたいじゃないか?
――なんて、ちょっと突っ走った妄想をして、一星は感動のあまりに、ぐっと拳を握った。このまま、風太との距離を縮めていけば、あの白河にだって、余裕で差をつけられる。そもそも、この勝負は一星に圧倒的優勢だ。なぜなら、一星は家でも、学校でも、部活でも、風太のそばにいられるのだから。
一星は、風太の後ろの席の太一に向かって、丁寧に合掌をしてから、二時限目の準備を始める。そうしながら、また大好きな人をちらり、ちらりと気にしては、胸を高鳴らせた。
窓ぎわの席で、太一と笑い合う彼の笑顔は、今日も美しい。遠いあの日、公園でしょぼくれる一星に豪快に声をかけ、遊んでくれた少年とは、背丈も顔つきも、ずいぶんと変わっている。けれど、彼の笑顔だけは、当時のまま。なにひとつ変わっていなかった。