思えば、風太が最初にできた友だちだったのだ。一星は、一時限目の授業を受けながら、昔のことを思い返し、頬を
公園でよく会うようになってから、一星の世界は一変した。毎日、風太に会うのが楽しみで、学校は終わると、ほぼ毎日、風太がいる公園に遊びに行っていた。
それまで、後ろ向きだった性格は、風太と一緒にいるうちに前向きに変わり、太郎や猛のことも、家族として信頼するようになった。自然と笑うことも増えたし、いつも元気いっぱいに笑わせてくれる風太が、一星は大好きだった。だが、楽しい日々は、長くは続かなかった。
ある日を境に、どういうわけか、風太は公園に来なくなってしまったのだ。一星と風太は同じ小学校に
そうして、一星が西御門高校、剣道部の稽古に参加した初日。あの日は、一星にとって運命の日となった。風太のことなど忘れかけ、高校への入学を控えていた春。一星は、風太に再会したのだ。
遠い過去に仕舞い込んでしまった記憶だとしても、その顔を見れば、目が覚めたようにすべてを思い出してしまった。風太と過ごした特別な時間。夕暮れの公園。くせ毛の頭と、
『はじめまして、だよな。平野風太だ。これから、よろしく』
そう言って、風太は手を差し伸べてくれた。ところが、一星はあまりに動揺して、言葉を返せなかった。それどころか、突然の再会に驚き、混乱し、彼の手を取らず、無視をしてその場を去ってしまったのだ。それは、突然の再会と、彼の成長に動揺したのが理由だった。
離れていた時間は、その実、丸十年。見違えるほどの成長は当然だ。しかし、一星の脳内で、風太の記憶は子どもの頃のままだった。口は悪く、少々やんちゃではあるものの、優しさに満ちた少年は、再会によって、一星の脳内で、一瞬で美形な青年へと塗り替えられた。
切れ長で、
あのとき、俺は本当に時間が止まったみたいになったんだ……。
一星は風太を見つめたまま、「おい、どうした」と、
それ以来、風太には「いけ好かないヤロウだ」と、毛嫌いされながら、なにかにつけて突っかかられるようになったわけだが、一星としてはそれでよかったと思っている。そうでなければ、一星は今日まで、平常心ではいられなかっただろう。再会したときから、一星は風太に心を囚われてしまっているからだ。
――とはいえ、一星は自分がゲイだと認識したわけでもない。これまで、女性はちょっとだけ苦手で、恋愛の経験こそなかったが、特段、同性が好きだというわけでもない。どちらが好きかと問われても、正直な話、どっちも可能性としてはあり得るような気もする。ただし、風太だけは特別だった。
べつに、男が好きなんて、これっぽっちも思ったことなかった……。だけど、風太のことは、全力で抱きたい……!
これが、一星の本音である。もしかしたら、一星の狭すぎるストライクゾーンは、風太だけが当てはまるようにできているのかもしれない。そう思い込んでしまえるほど、一星は風太に
着替えのときには、いまだに心臓がドキドキするし、あの猫のような目に見つめられると、胸の奥がきゅうっと狭くなったように苦しくなる。できるだけ、風太のそばにいたいのに、緊張のあまりに用事がないと気軽に声もかけられない。それなのに、彼と親しそうにしている人を見ると、しっかり
だから、彼と一定の距離があることに、一星は寂しさを感じながら、
どんな形でも、風太のそばにいるだけで、言葉を交わすだけで、胸が
クラス替えで同じクラスになったかと思ったら、父に風太の母との交際、再婚を打ち明けられ、トントン拍子で始まった、平野親子との同居生活。予想もしていなかった、この展開には、さすがに一星も言葉を失ったが、そもそも、太郎の幸せを思えば、否定も反対もできなかったし、雅は本当に優しい女性だったから、反対する理由も見つからなかった。ただし、危ぶんだのは、理性を保てるか、どうかだ。
これまで、一定の距離があったからこそ、風太に対して冷静でいられたものを、もし、風太との仲が同居によって近づき、深まってしまったら、一星は常に本能と戦うことになる。風太をもっと近くで見たいとか、その手に触れてみたいとか、思いきり抱きしめたいとか――。
妄想を
だが、同時に一星は、この機をチャンスだとも思った。風太とひとつ屋根の下で暮らせば、必ず彼との距離は近づく。ひょっとしたら、風太の親友、太一よりも近しい存在に、一星はなれるかもしれない。そんな淡い期待も
どうせ、このままの関係じゃ、なにも変わらない。俺は卒業してもずっと、風太にとって、ムカつくライバルで、目の上のたんこぶにしかなれない。でも、本当は
嫌われてしまうよりは、たぶん、そのほうがずっと幸せだ。一星は密かにそんなことを思いながら、平野親子と同居をはじめていた。風太には、そのうち、昔のことも思い出してほしいし、彼とゆっくり、思い出話もしてみたい。そんなことも考えているが、近頃はのんびりしてもいられない状況になり、やきもきさせられている。一星の真のライバルが現れたからだ。――いや、正しくいえば、真のライバルが戻ってきた、ともいえる。
白河先輩……。風太のこと、本気で狙ってんのかな……。っていうか、あの人、そもそも彼女がいたんじゃなかったのかよ……。