毎朝、五時にアラームが鳴る。一星は、そのアラームでベッドから起き出し、階段を下りて、顔を洗い、寝ぐせのついた髪を整える。いったい誰に似たのか知らないが、柔らかい直毛の髪は、クセがつきやすい。
それから、リビングへ行って、エプロンを身に着け、ルーチンワークのように弁当の準備をする。ついでに朝食も用意して、風太を起こしに行く。たいていの場合、彼はけたたましいアラームが鳴り響く部屋の中で、よだれを
そんな彼を揺らして起こし、起きたことを確認すると、また一階へ戻って、彼が降りてくるのを待ち、一緒に朝食をとる。ふたりきりで朝食をとるのは、雅が休みの日。木曜と日曜だけ。だが、週に二度訪れる、この時間は、一星にとって至福の時間だった。
今日の寝ぐせ、すごいな……。毛先が自由すぎてアートみたいになってる……。
「おはよう」
「……はよ」
大あくびをしながら、アーティスティックな頭で、いかにもまだ眠そうな目をしたまま、風太はテーブルに座る。見る限り、彼の体はどうにか起きているようだが、脳みそはまだ眠っている。だが、目の前に朝食を並べてやると途端に、風太の目には生気が宿る。そうして、
「いただきます!」
彼はそう言って、朝食にありつく。これは、すでに慣れたルーチンだが、一星はこの時間がとても気に入っていた。まだ、太郎と雅が起きてこない早朝、ふたりきりの朝食の時間は、まるで、この家で同棲をする恋人同士のように錯覚できるからだ。
「ソーセージ、ちゃんと焼けてるか」
「うん、うめえ。……なぁ、今日の弁当なに?」
「から揚げと……、卵焼き」
「やったね」
「言っとくけど……、冷凍だぞ」
「でも、卵焼きは違うだろ。おれ、お前のあれ、好きなんだよねー」
「あ、そう……」
寝起きだから、まだ鼻声だな……。
今日の朝食は、トーストと、ソーセージつきの半熟目玉焼き。それに、ヨーグルトとオレンジジュース。ごく普通の朝食だが、風太はいつも本当においしそうにそれを食べてくれる。弁当だって、雅が作ってくれるときとは違い、一星にはそんなにバリエーションがあるわけではなく、冷凍のから揚げとか、朝食のソーセージの
本当に、うまそうに食うよな……。
「一星。ケチャップ取って」
「はいよ」
「サンキュー」
「お前、スクランブルと目玉焼き、どっちが好き?」
「ん……、どっちも好きだな! どっちもうめえし」
風太には、苦手な食べ物がほとんどない。――というか、なんでも「うめえ」と言って、あっという間にたいらげる。一星も、食卓に出されたものには、一切不満を言わずに食べるが、内心では苦手なものもあるのに、風太はそういうわけでもなさそうで、いつでも、なんでも嬉しそうに食べるのだ。
そういう彼を見ていると、一星はいつも幸せな気持ちになった。おかげで、二人分の朝食の支度をするのも、ふたりきりで朝食を食べるのも、いつの間にかこんなに楽しみになってしまった。
時間にすればわずかなもので、たった、十五分か二十分くらいだろうか。それでも、一星は、雅に申し訳なくなるほどに、毎朝こうならいいのに、と思ってしまうこともあるくらいだった。
「はー、食った食ったぁ! ごっそさん!」
「はや……」
「先に支度してくるわ。皿、おれがやっから、シンク入れといて」
「あぁ」
風太の言う「支度」というのは、その実、八割が髪のセットのことだ。今日はずいぶんと頭が荒れているから、なかなかに苦労しそうだが、それにしても、濡れた髪のまま寝ているわけではないのに、ただ、寝て起きただけで、どうして風太は毎日、あんな髪型になるのだろう。一星は不思議でたまらない。
一星は、食べ終わった皿をシンクに置き、エプロンを外してダイニングの椅子に掛ける。こうしておくと、支度を終えた風太が、家を出る前に必ずエプロンを着けて、シンクの皿を水洗いし、食洗器に入れてくれるのだ。
一星は、自室で制服に着替え、カバンを持ってまた一階へ下りると、廊下の突き当たりへ目をやった。そこは洗面所だ。扉がわずかに開いたその奥からは、ドライヤーの音と、バタバタと慌ただしい物音が聞こえていた。
一星は、ドキドキしながら、そこを
うなじから、首の後ろ。そこから、やや盛り上がるようにして発達している
ただし、そのラインはしっかりとくびれていて、
今日は朝っぱらから、刺激が強いな……。
その先のどこを見ても、彼は非の打ち所がないほど、
「……風太。もう終わるか」
「あー……、あとちょっと! 時間やばい?」
風太が鏡越しに
「……いや。まだ余裕。皿だけ、よろしくな」
「おう、大丈夫だ。もう終わるからよ」
そう言って、風太は満足げに鏡を
「今日の頭、すごかったな」
「そうか? いつもこんなもんだろ。……よし、もういいや、これで終わり!」
そう言って、風太は二階へ上がっていったかと思うと、あっという間に着替えを済ませ、カバンを持って、一階へ戻ってきた。そうして、変な鼻歌を唄いながら、ゴキゲンでリビングへ入って行く。
学校じゃ、あんまり歌なんか唄ってるの見たことなかったけど……。いつもなんか変な歌、唄ってるよな……。
「かわいいヤツ……」
思わず、声に出てしまって、口を
こうして、毎朝思うのだ。風太が、おいしそうに朝食を食べる顔が、アーティスティックな寝ぐせ頭が、彼の魅惑的な体が、好きだ、と。変な鼻歌も、彼の声も。なにもかもが好きだ――と。
俺ってほんとに、めちゃくちゃツイてるよな……。ずっと好きだった子と、こんなふうに、一緒に暮らせるなんて……。
「一星ー、皿、片付けたぜ」
「おー、サンキュ」
「歯、磨くから待ってて」
「早くしろよ……」
「わかってるって」
朝、六時。一星は今日もいつも通り、風太とともに、家を出た。ふたりで肩を並べて通学するのは、はじめは少し緊張したものだが、ひと月経った今ではすっかり慣れてしまって、自然におしゃべりをしながら、わざと肩を寄せてぶつける余裕もできた。
「そういえば、ゴールデンウィークの合宿、もうすぐだな」
「あぁ、毎年恒例のヤツな。昼練はいいんだけどさぁ。早朝練がめんどくせえ……」
「……まぁな。体調、しっかり整えとけよ」
「わーかってるって。……最近のお前、なんか、母ちゃんより母ちゃんみてえだよな」
そう言って、風太はけらけら笑う。釣られて、一星も頬を
一星と風太は、もうずっと犬猿の仲だった。ライバルであり、天敵だった。しかし、その陰で一星は、必死に