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5-4

 同居してから、一星との距離が急激に近づいたせいだろうか。案外といいところもあることを、知ったせいだろうか。風太は悶々もんもんと考え込んで、残っていたポテトフライを頬張ほおばる。それから、コーラに口をつけ、バーガーにありついた。


 超マックスうめえなー……。そうだ、今日、一星のヤツも呼んでやりゃあ、よかったんじゃねーか? もしかして、アイツも超マックスが食いたかったんじゃ……。


 もしゃもしゃとバーガーを頬張ほおばりながら、風太は、ふと、そんなことを思い、また首をかしげた。どうもその線は違っているような気がする。


「……なんだか、妬いちゃうなぁ」

「え?」

「風太を、一星に取られちゃうみたいで。……すげームカつく」


 風太と同じ、超マックスバーガーを食べながら、白河が笑顔を見せ、そう言った。白河らしくもない、荒々しい言葉遣いと、彼のするどい目つきに、風太は思わず、背すじを伸ばす。


「いやいやいや、なーに言ってんすか! おれはずっと白河先輩の舎弟ですよ! あの家ん中では一星の家族かもしんねーけど、おれはアイツの弟になるつもりはないっすから!」


 風太がそう言ったあと、白河は無言で、無表情のまま、バーガーをたいらげていく。なにか、カンにさわるようなことを言っただろうか、と風太は不安になりながら、白河を見つめる。だが、ほどなくすると、彼は柔らかく笑った。


「なら、いいんだけどさ。……ねぇ、風太。次はオレの話、ちょっとだけ聞いてくれるかな?」

「あぁっ、す、すいません……っ、おれ、自分の話ばっかべらべら話して――」

「いいんだよ。オレが、風太のこと聞きたかったんだから。でも、次はオレの番ね」

「はい!」


 風太はバーガーの残りをたいらげて、コーラに口をつける。風太は内心、ドキドキしていた。白河に、話を聞いてほしいと言われるのは嬉しい。勉強もできて、剣道も強かった彼に、そんなふうに言われると、まるで、風太は彼に頼られているような気になるからだ。ところが――。


「オレね、実は彼女とお別れしたんだ」

「え……」

「っていうか、彼女がいたことも、話してなかったよね」

「はい……。あの……」


 白河の話は、風太が想像もつかなかったほど、悲しいニュースだった。彼女がいた、ということにも驚かされたが、それは白河のことだから、いない方がおかしいと思っていたくらいだったので、納得できる。しかし、「別れた」というのは、恋愛経験のとぼしい風太にとっても、とてつもなく悲しいことだ。それに、なんでもスマートにうまくこなせてしまう彼にも、思い通りにならないほど、恋愛は難しいものなのだと、そんなふうに思えば、風太はそれにショックすら覚えた。


「去年の秋ごろかな。放課後、気の合う何人かで多目的室に集まって、受験勉強してたことがあってさ。オレ、その中のひとりの子と付き合ってたんだ」

「へえ……」

「実は、その子とはべつに、ずっと気になってる子がいたんだけどね。うまくいく望みがなくて、オレは好きでい続けるのもつらくてさ、ずっと諦めたいのに、諦められないでいた……。それを、その――……彼女に、ぽろっと話してたらさ、ちょうど彼女も同じような境遇にいたみたい。それで、話すうちに、お互いに忘れるきっかけにするのでもいいから、付き合ってみようかってことになったんだよ」


 風太は目を丸くする。世の中には、ただ、好いたの惚れたのという理由以外に、そんな付き合い方があるのか、と驚いたのだ。これまで、風太の脳内で妄想されていた、男女が付き合う瞬間というものは、もっと、ものすごくシンプルだった。


「だけど、やっぱりだめだったんだ。手をつなぐときも、キスするときも、好きな子のことが忘れられなくって。結局、大学行く前に、だめになっちゃった」


 風太は話を聞きながら、また目を丸くする。みるみるうちに、頬は熱くなっていった。


「キっ、キス……、したんすか……!」

「うん、したよ」


 白河は平然と答える。当たり前じゃないか、と言わんばかりに、さらりと答えた白河に、風太は確信した。白河はすでに童貞を捨て、とうに大人の男になってしまったのかもしれない、と。しかし、白河はそんな風太の心を見透かすように言った。


「ちなみに、それ以上はしてないよ。できなかったんだ……。どうしても」

「そッ、そう、なんすか……。じゃあ、やっぱセンパイは、その、好きな子に告るんすか……」

「うーん……。そうだね。あいかわらず望みは薄いんだけど……」


 力ない笑みを浮かべ、白河は頬をく。どこか悲しそうな表情に、風太は思わず身を乗り出した。


「そ、そんなことないっすよ! センパイに告られて、振るヤツなんか、絶対いないです!」

「それはどうかな。でも、うかうかしてると、ほかの男に取られちゃいそうだから、急いだほうがいいのかもね」

「そうっすよ! それで、どんな子なんですか、その子!」


 風太が気になるのはそれだ。こんな、どこを見てもスマートで、完璧な男がれたしまった恋の相手は、いったいどこの、どんな女性なのだろう。そう思った時、ふと、一星のことを思い出す。一星もまた、誰かに片想いをしているらしいが、どうして、白河といい、一星といい、告白するのをためらうのだろう。ふたりとも、絶対に失恋しない世界線に生まれたと言ってもいいほど、恵まれた境遇でいるのだから、さっさと告白してしまえば、片想いなんか、すぐに叶うに決まっているのに。


 男ってのは、実は、ちょっと自信がないぐらいのほうが、モテんのかな……。


 そんなことを考えながら、風太は白河が話し出すのを待った。


「どんな子、かぁ……。ええと、オレよりちょっと背が低くて、髪の毛は――……天パのショートカットで、三白眼さんぱくがんの美人さんでね……」

「ほうほう……」

「笑ったときの顔がすっごくかわいくて……、だけど、めちゃくちゃ……、色っぽい子なんだよ」

「かわいくて、めちゃくちゃ、色っぽい……」

「うん」


 風太は、白河が話した通りに、妄想する。白河より少し背は低くて、髪は天パのショートカット。三白眼さんぱくがんの美人。風太はハッとする。ショートカットというところを除けば、その女性は、ちょっと雅に似ているのかもしれない。雅は息子の風太から見ても、疑いようのない美人だ。


 ただし、彼女の場合、美人だということを忘却するほどに恐ろしい性格をしているので、普段はそんなことを考えもしないが、たしかに、きれいな顔立ちをしていることには違いない。あれで、たとえば、おしとやかで、優しい女性だったとしたら、白河にはピッタリだ。


「最高じゃないっすか……! なんか、先輩にすげえお似合いって感じっす!」

「そうかなぁ……。正直なところ、あんまり自信なくってさ。オレはたぶん、その子にとっては恋愛対象外だし……」


 やはり、白河はひどく自信なさげだが、風太はかぶりを振る。白河は、風太の憧れの人でもあるのだから、幸せになってもらいたいものだ。それに、白河が恋愛対象外だと思われているなんて、とんでもない。この男を恋愛対象として見ない女性なんて、この世にいるはずがない。


「ありえねー! おれ、全力で応援しますから! 絶対、がんばってください!」

「ありがと。じゃあさ、また今度、話聞いて。風太に聞いてもらうと、ちょっとスッキリするんだ」

「はい!」


 白河がこんなふうに頼ってくれるのははじめてだ。風太は嬉しかった。けれど、白河の想い人がどこの誰なのか、名前や住んでいる場所をたずねても、彼ははぐらかすだけで、答えてはくれず、それが少しだけ気になった。

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