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5-3

「すげえ、かっけえ車っすね!」


 白河の車に乗り、風太ははしゃいでいた。真っ白いセダンの外観は、まるでロケットミサイルのように洗練されたフォルム。セダンの助手席から見る運転席は、昔、よく見たアニメに出てくる、戦闘機のコックピットのようだった。


「これ、先輩の車なんすか!」

「まさか。これは今日、父に断って拝借したんだよ。大学を卒業するまでには、自分のを買おうと思ってるけどね」

「へえ……」


 やっぱ、白河先輩って、かっけえ……!


 白河に会ったのは、卒業式の日、以来だ。最後にまともな会話をしたのは、受験シーズンに入る前の、秋のことだった。もうあれから、半年が経っている。こんなふうにふたりで会うのは、本当に久しぶりで、風太は彼とのやり取りに懐かしさを覚えながら、たった半年で、ずいぶんと大人びた白河の変化を感じてもいた。


「自分の車を買ったら、そのうち風太と旅行でも行きたいなー」


 ひとり言のように、白河は言う。風太はすぐに頷いた。そんな楽しそうな企画は、すぐにでも実行したいくらいだった。


「いいっすね、旅行! 温泉とか行きたいっす、おれ!」

「温泉かぁ、楽しそうだね。――あ、そうだ。それで、早速聞きたいんだけどさぁ」

「はい!」

「風太が一星んちに住んでるって、本当なの?」

「は――……」


 白河の声色こわいろが、ほんの少しだけ変わった気がして、思わず彼の横顔を気にした。白河は微笑ほほえみを浮かべながら、前方を見据みすえている。だが、その目は笑っていない。笑っていないどころか、やけにするどい目つきだ。


 もしかしたら、彼は風太を心配してくれているのかもしれない。風太と一星が、この高校へ入学してきた頃から、ずっと犬猿の仲であることを、白河もよく知っているはずだ。


「ほんとです……。もう、それがね、新学期早々、大変だったんすよ……」

「すっかりくたびれてるね。よかったら話、聞かせてよ」


 笑みを含んだ白河の言葉に、風太は頷く。そうして、この春、本当に起こった信じられない雅の再婚と、源家での同居のことを話した。





 白河の車は海沿いの道を走り、やがて、馴染なじみある看板が立つ、ファストフード店に入る。風太と白河はそろって車から降り、店内へ入り、注文をして、トレーに乗ったハンバーガーのセットを受け取った。風太はその間も、夢中で話を続ける。ようやく、この二週間のことを話し終わるまでには、空席を見つけて、そこに座るまでかかってしまった。


「……ってなわけですよ。とんでもない話でしょ?」

「なるほどね。でも、にぎやかで楽しそうじゃないか。一星とも、なんだかんだ仲良くやってるんだろ」

「まぁ……、思ってたよりは。でも、あいつがわけわかんねーのはあいかわらずですよ。今日だって、おれが白河先輩とマックスバーガー行くって言ったら、なんか突然、不機嫌になるし。まさか、お前、先輩に勉強教えてもらおうと思ってんじゃねーだろうなって、こーんな顔して言ってくるんですから」


 風太はそう言って、指先で目尻を吊り上げて見せてから、ふん、と鼻を鳴らす。白河はけらけら笑ったが、あれもこれも、風太にとっては笑いごとでは済まない。


「笑いごとじゃないっすから!」

「まぁ、まぁ。ひとまず、食べなよ」

「……はい。いただきます!」


 白河に断るようにそう言った。すると、白河は柔らかな微笑ほほえみで返してくれる。


「どうぞ、召し上がれ。じゃあ、一星とは、またケンカしちゃったんだ?」

「いや、ケンカにまではなってないんすけど……。とにかく、アイツがわけわかんねーのは確かです」


 風太はポテトフライをかじりながら、そう言って口を尖らせる。優しかったり、気遣きづかったり、分かり合えたかと思うと、突然怒り出したり。一星がなにを考えているのか、風太には今のところ、まったく読めなかった。すると、白河はコーヒーに口をつけて、ふっと笑みをこぼす。


「ふうん……。それで、風太はそういう一星のこと、どう思ってるの?」

「え?」

「嫌い? それとも……、好き?」


 そうかれて、風太はもぐもぐとポテトを頬張ほおばったまま、頭を巡らせる。好きか嫌いかで言うのは、とても難しい。なにを考えているのかわからなくて、面倒くさくて、むしゃくしゃするが、嫌いではない。かといって、好きかと問われても困ってしまう。あんなにも情緒不安定な人間は、兄貴だろうが友人だろうが、とても好きにはなれない。


「嫌いってわけでは、ない……っすかね」


 そう答えると、白河は目を丸くする。


「へえ。……風太、変わったね。去年ならきっと『大嫌いです』って答えてたような気がするけど?」

「い、いや、あの……っ、アイツは、ほんとにわけわかんねーヤツではあるんです。ただ、アイツの場合は、そこにちゃんと理由があるっていうか、気まぐれで怒ったりしてるわけじゃないんすよ。なんか、おれの思いもしねえとこで、無駄にいろんなこと考えてるような感じで、いつも誰かのこと気遣きづかってばっかいるし、意外と優しいんです。だから、たぶん、今日のことも……」


 そう言いかけて、また。海辺で話したときの、一星の横顔を思い出す。あんな顔をして、言葉を選びながら、太郎のことを一生懸命に話していた彼だ。たいした理由もなく、突然、不機嫌になるのはおかしい。彼なりに、なにか正当な理由があるはずなのだ。


「なるほどねえ。つまり、風太はすっかり一星にほだされちゃってるってことか」


 白河はそう言って、くく、と笑みをこぼす。途端に、風太はかぶりを振った。


「いや……っ、ほだされてなんか――……っていうか、ほだされてるってなんすか……?」

「あぁ、ほだされるっていうのは、情にかれて、心がその人に縛られちゃうことだよ」

「はあ……」


 説明されたところで、風太にはイマイチその感覚がつかめなかった。もぐもぐとポテトフライを食べながら、首をかしげ、風太は考えてみる。情にかれる。心が縛られる。やっぱりよくわからない。すると、そんな風太を見て、白河はまた少し笑った。


「じゃあ、こう言えばわかりやすいかな。風太は、前よりも一星のことが好きそうだって」

「あ……」


 好き――。という言葉に、漠然ばくぜんとした照れくささを覚えて、思わず顔が熱くなった。だが、白河の言う通りだ。ちょっとくやしいような気もするが、風太は、一星と同居する前よりも、今のほうがたぶん、彼に好意を持っている。


「まぁ……、それは、そうかもっす。でも、アイツがおれのライバルなのは、変わんないし……、友だちごっこする気なんか――」

「それはきっと、一星も同じなんじゃないかな。オレは、去年までのアイツしか見てないけど、どう見ても、風太と友だちになりたいなんて、アイツは思ってなさそうだったからね」

「……そ、そうっすよね」


 へらへらと笑って返したが、なぜか、少し複雑な気分になる。あの一星が、風太に対して友だちになりたいなんて、思っているはずがない。仲良くしたいと思っているのも、そもそも違和感がある。はじめて会ったときに、彼に無視されたことが、その証だ。そんなことは、今まで当たり前に思っていたことだった。しかし今、一星に嫌われている、と思うと、風太はなんだか無性に寂しくなって、白河の発言を否定したくもなった。


 なんか、よくわかんねーけど……。モヤモヤする……。

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