こいつ……。もしや、本当におれが
きっと、そうに違いない。そう決め込んで、風太はにやりと口角を上げる。
「なんか、問題あんのかよ?」
「お前……。まさか、まだ白河先輩に勉強を教わろうとか思ってるわけじゃないだろうな?」
「さぁ、それはなんとも言えねーな。今日は白河先輩とマックスバーガー食いながら、近況報告する約束してんだけど……」
「な……っ」
「メシ食ったあとは、まだ決めてねぇから、もしかしたら、先輩んちで勉強会――とかになっちまうかもしんねえし。予定は、未定だ」
風太がそう言うと、一星の目はさらに
いや、ちょっと待てよ……。こいつ、この前、おれに勉強教える、とかなんとか言ってなかったっけ……?
あれは、風太が引っ越し作業中、電話で一星と話したときのこと。一星はあのとき、風太に勉強を教えてくれると、たしかにそう話していたはずだ。――ということは、一星は風太の学力向上を阻止しようとしている、わけではないのかもしれない。しかし、そうであればなおさら、一星が白河と会うことに突っかかってくるのは妙だ。
こいつ、なに考えてんのか、ほんとにわかんねえ……。なんなんだ……。
そうして、無言のまま
「……まぁ、せいぜい楽しんでくれば。雅さんには、ちゃんと連絡入れとけよ」
「お、おう……?」
「あと、あんまり遅くなるな」
「おう……」
一星は静かにその場を去り、教室へ入っていく。なんだか、変な気分だ。風太はもう一度、首を
「ほんと、なんなんだ、あいつ……」
「風太ー、今日、白河先輩とごはん行くの?」
教室の窓から顔を出し、太一が
「あぁ、なんか……、超マックスのセット
「すげー! いいなぁ。やっぱさ、風太は白河先輩に愛されちゃってるよねー」
「まぁ、うん……。太一も一緒に行く?」
「行きたいけど、パスー。今日はオレ、先約あるから。ごめんね」
「そっか……」
そもそも、だ。さっきまで、彼はクラスメイトの女子たちに囲まれていたというのに、あの
――お前、今、誰と話してた?
風太は一星との会話を、思い出してみる。だが、たいしたことは
あいつ、なんか怒ってんのか……? でも、なんで……?
――まさか、まだ白河先輩に勉強を教わろうとか思ってるわけじゃないだろうな?
風太が白河に勉強を教わるのが、そんなに気に入らないのだろうか。理由もわからないが、ああいう物言いをするということは、一星にはまだなにか、納得していないことがあるのかもしれない。
「ほんと、わかんねーやつ……」
風太には、一星がなにを考えているのか、さっぱりわけがわからない。この二週間、一星とひとつ屋根の下に住んで、彼に海辺で太郎との関係を打ち明けられて、少しずつではあるが、風太は一星を、以前よりも理解しはじめていた。そう思っていたのに、また振り出しに戻されたような気分だ。
「それにしても、一星の怒った顔、二週間ぶりに見たね」
太一が冗談めかして言って、にやにやと笑みを浮かべている。風太は一星を
「やっぱ怒ってんのか、あいつ……」
風太はもう一度、一星に目をやる。今度はじっと、予鈴とともに、だんだんと崩れていく女子たちの
風太は思うのだ。一星は、案外悪いヤツじゃない。いつもぶっきらぼうで、なにを考えているのか全然わからなくても、太郎と雅を思いやる優しさを、風太は毎日感じているし、同居したら、どんなにか兄貴ヅラをされて、いびられるかと思っていたのに、そういったこともない。むしろ、
朝は寝坊しそうになると起こしてくれるし、朝メシもちゃんと作ってくれる……。風呂は先に入らせてくれるし、引っ越してきてから、不自由がないかどうか、しょっちゅう聞いてくるし……。
それなのに、風太が白河に勉強を教わるのは、気に入らないのだろうか。まったく意味不明だ。
「ほんとに、なに考えてんだか……」
じいっと見つめるうちに、視線に気付いたのだろうか。一星と目が合った。風太は慌てて顔を
「くそ……。なんで怒ってんだよー……」
風太はそう呟きながら、ため息を
その日、一星と風太は、部活中、ほとんど口をきかなかった。必要最低限のことは話すが、本当にそれだけ。もっとも、同居するまではそれが普通だったのに、最近が異常だったといえば、そうなのかもしれない。ただし、風太はこの二週間、わりと楽しかったのだ。一星と剣道の試合について語り合うのも、なにげない雑談も、互いの親の話をするのも。
こんなのも悪くねえなって、最近はそう思ってたのに……。おれたちは、また敵同士みたいになるのか。
風太は、校門で白河を待ちながら、ほんの少しだけ寂しくなって、部室の方へ振り返る。今日、稽古が終わったあと、一星は竹刀を作ると言って、ひとりで部室に残っていた。おおかた、昼休みに、風太とケンカしたことが原因なのだろう。おそらく一星は今、風太を
ったくよー……。なんで、ちょっとショック受けてんだ、おれはぁ……。
一星は、一年生の頃から、朝、早く来て竹刀を作ることはあっても、稽古が終わったあとは、部室に長居することはほとんどない。以前は、気にも
よっぽど、おれと一緒にいたくねえんだな……。
そう思うと、やはり少し寂しくなる。だが、かぶりを振った。こんなケンカくらい、以前なら毎日のことだったのだから、気にする必要はないだろう。また明日か、あさって、あるいは数日も経てば、元通りだ。ケンカをしていたことを忘れて、また次のケンカをする。そうして、それより前にしていたケンカのことなんか忘れてしまう。そう思ってみても、なんだか落ち着かない。
今日、帰ったらアイツと話そう。アイツがどこにムカついてんのか、おれにどうしてほしいのか、ちゃんと聞いてやりてえ……。よくわかんねーやつだけど、アイツは一応、家族だからな……。
そう決意して、深いため息を