あの、太郎さんを置いて……?
思わず、
ただ、血の繋がりがない親子で暮らす、というその感覚が、どんなものなのか、風太には想像がつかない。風太は、実母である雅と、これまで当たり前に暮らしてきたし、自分と雅の外見や、髪質が似ていることも知っている。雅に「あんたは百パーセント、アタシに似ちゃったね」と言われるのも、日常だった。昔、父親が出て行ったとき、母方の親戚が多い神奈川に引っ越してきて、ひとまずはなんとかなったし、最近は雅の弟が結婚して、鎌倉に移り住んできたこともあって、心細さはなくなっていた。
裕福ではなくても、
肉親が誰もいないのって、すげえ寂しいんじゃねーのかな……。一星は今まで、どんな気持ちで生きてきたんだろ……。
そう思ってみても、
「話はそれだけだ。べつに、一緒に住むのにたいしたことじゃないけど、なにかあったときに、変に驚かせることになっても……面倒だからな」
たいしたことじゃない。そう言った一星に、風太はひどい違和感を覚えた。彼が、誰から見てもわかるような嘘を
「た、たいしたことだろ、それ……!」
「なんで」
「いや、だってよ……。なんか、肉親が誰もいねーのって、すげえ寂しそうな感じだし……。たいしたことない、ことはない、っていうか……、あれ……?」
一星の重い生い立ちを知ってしまったせいで、動揺し、言葉がこんがらがってしまう。だが、一星はそんな風太を見て、ぶっと噴き出し、けらけらと笑った。そうして、しばらく笑ったあと、ひと息を
「……意外だな。お前でも、同情することあるんだ」
「お前な……。おれをなんだと思ってんだよ」
「サル」
そのひと言で、脳天めがけて、一気に血が昇っていく。クラスメイトの女子に「おサル」と言われて笑われても我慢できる。だが、一星にだけは言われたくない。
「てっめ……、ちょっと優しい顔すりゃ、調子に乗りやがって……!」
威圧感たっぷりに一星を
「冗談だって。そんな怒んなよ」
「次、サル呼ばわりしたらぶっ飛ばすかんな……」
「悪かったって」
「俺は、今はもうべつに、寂しいとか、悲しいとか思ってないし、俺の父さんは源太郎だけだと思ってる。あと、母さんは最初っからいないことにした。それでいいんだ」
そう話す一星の言葉にも、声にも、嘘を感じない。風太はそれを確かめるように振り向き、一星を見た。海辺の月明かりに照らされた、彼の表情を
あれ……。こんなこと、前にもあったか?
しかし、頭を巡らせてみても、そんな記憶はない。気のせいだろうか。風太はかぶりを振る。
……んなわけねーか。
「話も済んだし、そろそろ戻るか。あんまり遅くなると、父さんたち、心配するかも」
「……だな」
「そっちから上がろう」
一星が、一番近い階段のほうへ
「なんかよくわかんねーけど、すげえな……」
「え?」
「血が繋がってないって……、太郎さんとお前、親子じゃないわりには、雰囲気、似てっからよ。すげーなと思って。一緒に住んでると似てくんのかもなぁ」
そう言った時、一星が不意に立ち止まる。風太が振り返ると、一星はやけに難しそうな顔をしていたが、そのうちに、深くため息を
「なんだぁ、そのため息は……」
「いや……。それが本当だったら、お前と俺も、そのうち似てくるってことになるな、と思ってさ」
「はっ、そうだ! うわ、それだけは無理! ぜーったい、無理っ!」
「こっちのセリフだっつーの」
「ふざけんなっ、こっちのほうがこっちのセリフだ!」
「なんだ、それ……。意味わかんねー」
「うっせえ!」
風太が
やがて、見えてくる家の屋根も、門も、風太にとってはまだ、他人のもののように感じられてならない。ただ、玄関を開けたときの「おかえり」の声は、とても温かく、風太を迎え入れてくれた。