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4-3

 あの、太郎さんを置いて……?


 思わず、き返しそうになったが、こらえる。今の状態を見れば、そんなことは説明されなくてもわかったし、太郎と一星がいながら、男を作って出て行くような人間が、まともじゃないことも、なんとなく察した。


 ただ、血の繋がりがない親子で暮らす、というその感覚が、どんなものなのか、風太には想像がつかない。風太は、実母である雅と、これまで当たり前に暮らしてきたし、自分と雅の外見や、髪質が似ていることも知っている。雅に「あんたは百パーセント、アタシに似ちゃったね」と言われるのも、日常だった。昔、父親が出て行ったとき、母方の親戚が多い神奈川に引っ越してきて、ひとまずはなんとかなったし、最近は雅の弟が結婚して、鎌倉に移り住んできたこともあって、心細さはなくなっていた。  


 裕福ではなくても、漠然ばくぜんとした安心感が風太にはあったのだ。風太は、きっと一星も、太郎とそんなふうにこれまでの人生を生きてきたのだろう、となんの疑問もなく思っていた。だが、そうではなかった。


 肉親が誰もいないのって、すげえ寂しいんじゃねーのかな……。一星は今まで、どんな気持ちで生きてきたんだろ……。


 そう思ってみても、安易あんいにはそれをけない。風太はなんと言っていいかわからず、しばらく黙る。だが、ほどなくすると、一星が気をつかうように口を開いた。


「話はそれだけだ。べつに、一緒に住むのにたいしたことじゃないけど、なにかあったときに、変に驚かせることになっても……面倒だからな」


 たいしたことじゃない。そう言った一星に、風太はひどい違和感を覚えた。彼が、誰から見てもわかるような嘘をいているように見えたのだ。もし、本当にそれがたいしたことじゃないなら、一星はそれを今日、こんなふうに、風太に話すこともなかったはずだった。


「た、たいしたことだろ、それ……!」

「なんで」

「いや、だってよ……。なんか、肉親が誰もいねーのって、すげえ寂しそうな感じだし……。たいしたことない、ことはない、っていうか……、あれ……?」


 一星の重い生い立ちを知ってしまったせいで、動揺し、言葉がこんがらがってしまう。だが、一星はそんな風太を見て、ぶっと噴き出し、けらけらと笑った。そうして、しばらく笑ったあと、ひと息をいて言う。


「……意外だな。お前でも、同情することあるんだ」

「お前な……。おれをなんだと思ってんだよ」

「サル」


 そのひと言で、脳天めがけて、一気に血が昇っていく。クラスメイトの女子に「おサル」と言われて笑われても我慢できる。だが、一星にだけは言われたくない。


「てっめ……、ちょっと優しい顔すりゃ、調子に乗りやがって……!」


 威圧感たっぷりに一星をにらみつけ、せまってみせる。だが、一星は気にもせず、また笑った。あっけらかんと、憎まれ口を叩かれるのはまったく頭にくるが、やけに楽しそうな一星の笑顔を前に、通常運転で燃え上がった風太の闘志は、途端にしぼんでしまう。


「冗談だって。そんな怒んなよ」

「次、サル呼ばわりしたらぶっ飛ばすかんな……」

「悪かったって」


 仏頂面ぶっちょうづらで、またにらみつけても、一星はやはり、楽しそうに笑うだけだ。風太は視線を外し、これ見よがしにため息をく。夜の海岸にいるせいか、いつもと調子が違うような一星には、どうも調子が狂ってしまった。だが、一星は続けて話し出した。


「俺は、今はもうべつに、寂しいとか、悲しいとか思ってないし、俺の父さんは源太郎だけだと思ってる。あと、母さんは最初っからいないことにした。それでいいんだ」


 そう話す一星の言葉にも、声にも、嘘を感じない。風太はそれを確かめるように振り向き、一星を見た。海辺の月明かりに照らされた、彼の表情をのぞき込んで、視線がぶつかる。――だが、その途端、不思議な感覚にとらわれた。なんだか、猛烈に懐かしい感じがしたのだ。


 あれ……。こんなこと、前にもあったか?


 しかし、頭を巡らせてみても、そんな記憶はない。気のせいだろうか。風太はかぶりを振る。


 ……んなわけねーか。


「話も済んだし、そろそろ戻るか。あんまり遅くなると、父さんたち、心配するかも」

「……だな」

「そっちから上がろう」


 一星が、一番近い階段のほうへあごをしゃくり、歩き出す。風太は伸びをすると、来たときと同じように、一星の少し後ろを追うようにして歩きながら、ふと思った。一星と太郎は血の繋がりはない。けれど、それにしてはふたりは似ていると思ったのだ。顔や、背恰好ではない。声でもない。そういう外見ではなく、いつも冷静なところや、誰といても、どこか、常に誰かに気をつかって生きている感じが、そつがない雰囲気が似ている。風太は、駆け出し、一星の隣に並ぶ。


「なんかよくわかんねーけど、すげえな……」

「え?」

「血が繋がってないって……、太郎さんとお前、親子じゃないわりには、雰囲気、似てっからよ。すげーなと思って。一緒に住んでると似てくんのかもなぁ」


 そう言った時、一星が不意に立ち止まる。風太が振り返ると、一星はやけに難しそうな顔をしていたが、そのうちに、深くため息をく。


「なんだぁ、そのため息は……」

「いや……。それが本当だったら、お前と俺も、そのうち似てくるってことになるな、と思ってさ」

「はっ、そうだ! うわ、それだけは無理! ぜーったい、無理っ!」

「こっちのセリフだっつーの」

「ふざけんなっ、こっちのほうがこっちのセリフだ!」

「なんだ、それ……。意味わかんねー」

「うっせえ!」


 風太がにらむと、一星がまた笑った。海辺には波音とともに、一星の笑い声が響く。海を背にして、コンクリートの階段を上がり、風太は一星の隣を歩きながら、まだ慣れない帰路についた。


  やがて、見えてくる家の屋根も、門も、風太にとってはまだ、他人のもののように感じられてならない。ただ、玄関を開けたときの「おかえり」の声は、とても温かく、風太を迎え入れてくれた。

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