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4-2

 一星と競うように夕飯を食べながら、風太は、ふと、そんなことを思った。やがて、大皿に盛られた料理が、次々にいていき、一星は自然とそれを片付けはじめる。


「一星くん、私がやるからいいのに……」

「いえ、引っ越し作業と、晩ごはんまで用意してもらったんですから。皿洗いくらいはやらせてください」

「……ありがとう。じゃあ、お任せしちゃおうかなー」


 こうなると、風太も手伝わないわけにはいかなくなる。なにしろ、今日は風太と雅の引っ越しだったのだから。


「おれもやる……」


 そう言って、風太はひとまず、一星の隣に立ってみる。だが、勝手のわからない台所では、なにをしたらいいかわからず、手持ち無沙汰だ。あちこちを探索するようにきょろきょろしていると、一星は風太に台ふきんを手渡した。


「風太、俺はここで、食洗器に入れてくから。残りの皿、ここまで運んで。あと、テーブルこれで拭いといてくれるか」

「へーい」


 言われるまま、風太はいた皿を台所のシンクの中へ運んで、テーブルをきれいに拭いていく。そんな風太と一星を見て、太郎は満足げに微笑ほほえむ。そうして、冷蔵庫から冷えたビール缶を、新たに二つ取り出すと、雅を庭へ誘った。庭には、ガーデン用の椅子がふたつ、小さな丸テーブルがひとつ、置かれている。ふたりはそれぞれ、そこへ座ると、楽しそうにおしゃべりを始めていた。その後ろ姿は、どこから見ても、お似合いの夫婦だった。


 母ちゃん、すげー幸せそうだ……。


 風太はテーブルも拭き終わってしまって、ぼんやりと仲睦なかむつまじいふたりを眺める。すると、ほどなくして、一星が風太を呼んだ。


「風太。後片付けが終わったら、腹ごなしに、少し歩かないか」

「え……、歩くって、どこに」

「ちょっと、海まで行こう」


***




 風太は、一星の少しあとを追うようにして、海岸までの道を歩いた。歩いた、といっても、海岸までは本当に徒歩十分くらいだった。すぐにどこからか波の音が聞こえてきて、視界が一気に開き、どこまでも続く真っ暗闇が現れる。しかし、どうもこうして、無言で歩くのもなんとなく気まずくなり、風太は話題を探した。


「お、お前んちって、海岸まで、ほんとに近いのな」


 海岸沿いを歩きながら、一星の背中にそう投げかける。すると、一星が立ち止まり、風太に振り返った。彼は無言でじっと見つめて言う。


「もう、自分ちだろ」

「あ、そっか」


 無理もないよな、と言わんばかりに、肩をすくめ、再び一星は歩き出す。そうして、海岸へ続く階段を下りていった。風太はまた、彼のすぐ後ろを歩く。


「足下、気を付けろよ」

「へーい」

「この辺はさ、散歩とか、ジョギングにはいいんだ。ただ、潮風のせいで、洗濯物は外に干すようにはなるけど。前に住んでたところは、そういうの平気だったか?」

「あぁ、うん……。風が強い日は、部屋干ししてた、かな……。でも、あんま気にならなかったかも」

「そうか」


 風太はまゆをしかめる。なぜ、一星が風太を誘って、近いとはいえ、こんなところまで連れだしたのか、わからなかったのだ。まさか洗濯物の話をしたいわけではないだろうし、風太と散歩したかったわけでもないだろう。きっと彼には、なにか話したいこと――いや、話さなければならないことがあるに違いなかった。もしかしたら、風太になにか、文句でもあるのかもしれない。


「おい、一星。お前、どういうつもりだよ」

「どういうって……なに」

「文句でもあんのか」

「文句……?」

「だって……、お前がおれを連れて海に来るのに、ほかに理由なんかねえだろ」


 そう言うと、一星はきょとん、とした表情をしたあと、ふっと笑みをこぼす。だが、その表情はやけに寂しげに見えた。


「そういうんじゃない。ただ、ちょっと話しておきたいことがあったんだ。父さんがそのうち話すかもしれないけど、いい機会だし、先に俺から話しておこうと思ってさ」

「……だから、なにをだよ」


 話があると言いながら、どこかもったいぶっているような感じがして、風太は苛立いらだちながらもたずねる。一星はそれから、ひと呼吸置いたあと、意を決したように話し出した。


「あのさ……、驚かせるかもしれないけど、俺、父さんとは本当の親子じゃないんだ」

「え……?」

「父さんと俺は、戸籍上は、親子ってことになってる。養子縁組してるから。でも、血の繋がりはない。俺は、蒸発した母親と、その母親が離婚した男の子どもなんだ」


 それを聞いて、風太は呆然ぼうぜんとし、またまゆをしかめた。少しだけ混乱したが、すぐに一星の言葉を頭の中で整理する。そうして、ハッとした。今、一星の言ったことが本当なら、太郎にとって、一星と風太は、同じだ。どちらも、血の繋がりのない息子。そして、一星には肉親が誰もいない、ということになる。


「父ちゃんと母ちゃん、どっちも出てったのか?」

「そうだよ。昔、実の父親とは何度か連絡がとれたんだけど、今はもう交流はなくなってる。向こうは向こうで、ちゃんと家庭があるみたいなんだ。父さんは、俺にはあまり話したがらないけどね」

「母ちゃんは?」

「実の父親と離婚して、最初は俺を引き取ってくれたけど、そのあと、父さんと同棲はじめて、籍入れて……、一年くらいした頃かな。また別に男作って逃げた」

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