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3-2

 いや、よくわかんねー……。おれは、恋愛ってしたことねーからなぁ。


 そもそも、一星がちゃっかり恋なんかしているのにも驚きだった。なにしろ、あの一星だ。勉強もスポーツもできて、剣道部では主将を任されていながら、隠れて恋までしているなんて。どこまでも器用だと感心すらしてしまう。


「好きな子、ねぇ……。贅沢ぜいたくなヤツ」


 下唇を突き出し、鼻からため息をらす。これまで恋にはかするほども縁がなかった風太にとっては、そんな一星が猛烈にうらやましくてたまらなかった。


「なになにー、風太たち、恋バナしてんのー?」

「混ぜて、混ぜて」


 どこからともなく、クラスメイトの女子たちがやって来て、風太と太一にいたずらに声をかける。普段なら大歓迎のノリだが、今は少しだけ面倒に思った。だが、ふたりを挟むようにして、ベランダに並んだ彼女たちに、至近距離でわくわくした瞳を向けられれば、まんざらでもない気もしてくる。すると、太一がそれを見透みすかしたのか、冗談めかして言った。


「風太にさー、どうしたら彼女ができるか、作戦練ってたの」

「作戦? なにそれ、なにそれ!」

「おもしろそう!」


 ふたりはけらけら笑いながら、話の続きを待っている。風太はまたため息をいた。風太と接するとき、女子は誰もがこんな感じだ。今朝、一星へのラブレターを風太に渡した子のように、真っ赤な顔で恥じらうことも、潤んだ瞳を向けることもない。けらけら笑って、ふざけて、茶化ちゃかして、スキンシップもあるものの、まるっきり雑な扱いをされ、ムードもない。つまり、そういうことだ。


「風太はね、一星みたいにモテたいんだってー」


 太一はおもしろがっているのか、やはり、冗談めかして言う。すると、女子たちが文句ありげな声を上げた。


「えー、それはムリくない?」

「いくら源平コンビって言ってもねー」

「なーにが違うってんだよ! おれだって、見た目はそんなに一星と変わんねーだろ! 背だっておんなじくらいだしよ」

「うーん……、一星くんってさぁ、物静かで、冷静で、普段、誰かと群れたりもしてないでしょ。孤独なオオカミっぽくって、かっこいいじゃん。ああいうタイプって、女の子からすると目を引くんだよ」

「そうなの……?」

「そうそう、一匹オオカミって感じでねー」

「一匹オオカミ……。おっ、おれは?」

「え?」

「あいつが一匹オオカミならさ、おれもなんかあるっしょ? ねぇ、なにっぽい?」


 風太は思わずく。本物のオオカミなんか見たことがないし、自分が一匹オオカミではないことにも自覚がある。けれど、それがなんとなく、かっこいいことだけはわかった。それにもし、一星が一匹オオカミなら、風太だってそれに対抗できるくらい、かっこいい動物にたとえてもらいたいものだ。すると、女子たちは小難こむずかしい顔をして、しばらく考え込んだあと、にこっと笑みを浮かべて言った。


「風太はさ――……おサルだね」

「おサル……?」

「そう。風太は一緒にいて楽しいけど、いっつもうるさいし、すぐギャーギャー言うから。おサル」


 その言葉に、太一がたまらず噴き出して笑った。風太の顔が、途端にかあっと熱くなる。一星が一匹オオカミなのに、どうして風太がおサルなのだろう。いくらなんでもひどすぎる。


「な、なんだよ、それ……! おれ、全っ然かっこよくねーじゃん! ほかにねえのかよ!」

「ほらほらぁ、そういうとこだって!」

「風太、おサルピッタリじゃん! 一星と犬猿だもんねー」

「ほんとだ、ピッタリじゃーん」

「お前らなぁ……、覚えてろよ……」


 三人が腹をかかえて笑い出したので、風太はもう反論する気もなくなって、仏頂面ぶっちょうづらにらみをきかせる。そうして、ちょうど教室内に入ってきた一星に気付き、また下唇を突き出した。


 くっそお……。おれは一生、こうなのか……。このままずっと、一星には敵わねーのかよ……。


 自分の未来を悲観しながら、教室へ戻る。だが、やはり、このまま負けっぱなしなんてえられない。今、すべてにおいて、風太が一星に勝っているところがひとつもないのがしゃくだが、一星の片想いの相手が誰なのかを突き止めれば、多少、風太の未来は変わってくるはずだ。少なくとも、一星にこれ以上、威張いばった態度をされないで済む。


 よし……。次の勝負でおれが勝ったら、好きな子が誰か、吐かせてやるぜ……。






 放課後。ホームルームが終わったあと、風太は一星をつかまえて、再び勝負をしようと、話を持ちけた。ところが――。


「悪いけど、もうそういうフィジカル勝負は、お前とやらないから」

「え! な、なんで――……」

「だって、お前にケガさせたら、父さんも雅さんも心配するだろ。だから、やらない」

「なんで、おれがまたケガする前提ぜんていなんだよ! それに、ケガしない程度にすりゃあいいじゃん!」

「お前……、ほんっとにガキだよな。それができないから、この前みたいになったんだろーが。言っとくけど、この前の件のせいで、俺は今後、お前と試合稽古するのだって、気が進まないんだからな」

「はぁ? なんだそれ」


 なんだか、一星に弱いと決めつけられているような気がして、おもしろくない。風太は先週、倒れた翌日にはちゃんと病院へ行ったし、あちこち検査を受けて、どこにも異常がないと診断をしてもらっている。足もだいぶよくなってきたので、そろそろ剣道部の稽古にも参加したいと思っていたところだ。それなのに、一星はまだ、風太のケガを気にしているようだった。


「言っとくけど、おれ、もう、ほぼ全快ぜんかいだぜ。一星、今度こそ勝負――」

「だから。やらないって言ってんだろ。――あ、それか、次の中間テストの合計点とかなら受けて立つけど。どうする?」

「中間、テスト……?」


 そう言われた途端、かあっと頭に血が昇る。テストの点数で勝負をするなんて、それはあまりに風太にとって不利な勝負だ。剣道やスポーツならともかく、勉強で一星には敵うはずがない。そもそも、学力のことだけ考えれば、彼がこの学校にいること自体、不思議なくらいなのだ。


「それなら、やってもいいよ」

「てめえ……、きったねーぞ! そんなもん、ぜってーお前が勝つに決まってんじゃんか!」

「ずいぶん、ネガティブだな。やってみなくちゃわかんないだろ」

「わかるっつーの!」


 風太がムキになって返すたび、一星はくくく、と笑った。彼は、もうおかしくてたまらない、といったふうだ。明らかにバカにされているようにしか思えないが、くやしくてもなにも返せない。風太の通知表は、それはもうひどいもので、いつだって順位は下から数えた方が早かった。


「くっそおー……」


 せめて、剣道と同じくらい、勉強でもこいつとやり合えたらな……。


「なーにやってんの、風太、一星も。またケンカぁ?」


 太一がやって来て、ふたりをジトっとにらむ。先週の決闘事件で、散々に迷惑をかぶった彼は、今後、二度目はないと言わんばかりだ。風太はひょい、と目をらす。


「ケンカじゃねえし」

「なら、いいけど。もう部活行こうよー。風太も、今日から復帰するんでしょ?」


 太一にそう言ってかされ、風太は仏頂面ぶっちょうづらで舌打ちをする。ガキくさいという自覚はあっても、いつまでたっても一星に勝てないくやしさを、いったいどこへ向ければいいのか。風太はわからなかった。かといって、今、風太の学力で一星とまともに戦えば、またしても惨敗ざんぱいの結果を残すことになるのは目に見えている。一星は、学年全体でもひとけた台に乗る優等生なのだ。そんな相手に勝てっこない。


 無理だよなぁ……。


 風太はため息をいて、肩を落とし、すごすごと自分の席に戻ろうとした。だが、ちょうどその時だ。


「お……?」


 不意に、ポケットの中で、スマホがふるえた。ポケットを探り、画面を見れば、そこには懐かしい名前が光っている。


 白河しらかわセンパイ――……!。


「おぉーっ! すげえ、超ナイスタイミング! 白河先輩からだ!」

「……白河先輩?」


 一星が、まゆをしかめて確認するようにく。白河しらかわ虎太郎こたろう――。彼は、去年、この高校を卒業した先輩で、風太の兄貴分ともいえる存在だった。中学の剣道部で知り合って以来、彼にはずっと世話になっている。見た目も性格もスマートでかっこよくて、いつも優しく、剣道も強い。おまけに頭もいい。たしか彼は、今年から、都内の有名な大学に入学しているはずだ。高校入試の頃は、忙しいせいか連絡が途絶えていたが、今は入学式も終わって、やっと落ち着いたのかもしれない。

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