翌週。決闘に
「うあー……、ねみー……」
朝日の差す学校の昇降口で、風太は靴を履き替えながら、大あくびをする。そうして、眠い目をこすり、壁の時計に目をやった。時刻は七時半だ。
太一と一星は、今頃、
ゆうべも遅くまで引っ越し作業に追われていたせいで、ひどく疲れている。稽古でしごかれたときの疲れとも、テスト前に
母ちゃんの、あんな嬉しそうな顔見たら、反対なんかできねーよな……。
相手も申し分ない。太郎は間違いなく善人だ。問題は、あの源一星の父親だというところにあるが、それだけをこらえれば、あとは風太が口を出すこともない。
ただ……、一星の弟になるってとこだけ、どうにかなんねーもんかなぁ……!
「だあーっ、くそー!」
風太は一星の勝ち
「あの、平野先輩、ですよね……? 三年B組で、剣道部の……」
「そうだけど……?」
「あの、これ……」
おずおずと手渡されるそれに、思わず目が点になる。可愛らしい小花柄の便せんに、恥じらう女子。ピンとこないはずがない。これは間違いなく、ラブレターなるものに違いない。
こ、これは、まさか――……!
「え……っ、あ、あの――」
「私、国際科2年の
「はい、なんでしょうか……」
ち、小さい! かわいい……!
心臓が一気に高鳴る。その先を聞く前から期待せずにいられなかった。これは間違いなく、告白だ。彼女はきっと、普段、部活で忙しくしている風太を
きっと、そうだ……。このおれにもついに……、ついに、かわいい彼女ができるんだな……!
風太はドキドキしながら「はい」と答える準備を万端にして、彼女の告白を待つ。ところが――。
「源先輩に、この手紙、渡しておいてもらえませんか……!」
「はいっ! ――……え?」
準備万端だったので、つい気持ちよく返事をしてしまったが、どうも思っていたのとは違うことをお願いされた気がして、風太は
「今、源っつった……?」
「はい、すみません……! 平野先輩、源先輩と同じクラスですよね。これ、渡しておいてください!」
「あ、ちょっと……!」
「よろしくお願いします!」
柔らかな手に、やや強引にラブレターを握らされ、風太は
「だぁああっ! くそったれがぁっ!」
怒りのままに、ラブレターを破り捨ててやろうとしたが、
「だははははっ! なにそれ、ショックでけー!」
「ほんと、やってらんねーっつの。なんで、おれがそんなことさせられんだかよー……」
昼休み、風太は太一とベランダで昼食をとりながら、今朝の悲しい出来事を話していた。太一は一部始終を聞いて腹を
「いやー……、久しぶりにこんな笑ったわー」
まったく、ネタにするのも嫌になるほどひどい話だ。太一ならまだしも、一星へのラブレターを渡されるなんて、
「そんで、一星は? ちゃんとそのラブレター、読んでた?」
「知らねえ。読んだんじゃねーの。ってか、そこまで面倒見きれるかよ」
「でもさぁ、きっとまた、すっぱり断るんだろうねぇ。あいつ、一年のときからずっとそうじゃん」
太一はそう言って、ベランダの窓から教室の中を
一星のモテっぷりは気に入らないが、事実ではある。そして、それはなにも、今にはじまったことではない。一年のときから、一星はとにかくモテた。悲しいかな、違うクラスにいてもそれを感じるほど、風太はよくそういう場面に出くわしてきたし、彼の
「あんだけ、いろんな女の子に告られてよー、誰とも付き合わないなんて、信じらんねぇよなぁ」
好みが特殊なのだろうか、と思うこともあったが、それにしたってもう、告白された人数は三
「なんで、誰とも付き合わねーんだろーな……」
だが、風太の
「そっかぁ、風太は知らないか。一星ね、好きな子がいるって言ってたよ?」
それを聞くなり、風太は
「え……っ、そうなの?」
「うん。――ってあれ、これ、言っちゃいけなかったような気がするけど……。まいっか」
太一はぺろっと舌を出し、笑みを見せる。風太は思わず、そんな彼の肩を
「だっ、誰だよ、好きな子って! ってか、なんでお前、そんなこと知ってんの?」
「前に本人に聞いたの。おれだって、詳しくは知らないよー」
「そっか――……あれ」
風太は太一を離し、ベランダに立って校庭を見つめる。見れば、校庭の
「うわー……」
「どしたの、風太」
「いや、あそこにいるの、今朝の子だからさ……」
「へえー。あの感じじゃあ、またフッたんだろうね、一星」
「だな……」
風太は悲しそうにうつむく彼女を眺めながら、ぼんやりと考えていた。一星が
でも……、変だ。そんなにずっと好きな相手なら、さっさと告白すりゃあいいじゃねえか。あいつなら、どんな女子とだって付き合えんじゃねえの? ……たぶん、だけど。
まさか、あの一星が告白をためらうような、そんな相手なのだろうか。