「面だあっ、
「面ッ、面りゃぁっ、胴っ!」
互いに近づき、技を打ち込んだ。無我夢中になって、連続で、一秒も休みなく技を打ち込んでいく。打てば打つほど、息は上がり、急激に体力は消耗していく。だが、それは一星もまた同じ。一星も、同じ条件で、同じ苦しみを感じている。この苦しさに、彼より一秒でも長く
まだまだ余裕ってか……。なら、これでどうだ……!
「面ッ、面ッ、胴――っ!」
「小手ッ、面……っ、小手ぇええッ!」
風太は、わざとペースを上げて、一星に技を打ち込んでいく。それでも、一星は冷静だ。まるで、風太に合わせるようにペースを上げ、技を打ち込んでくる。彼の様子に、風太は奥歯を噛み締めながら、なおも連続して技を打ち込んだ。
「面ッ、小手ぇっ、面――っ!」
おれは、お前と違って頭がよくねえからな……、効率のいいやり方なんか、知らねえ。だけど、その分、遠回りしてきて体力だけはついてんだ。根性なら、誰にも負けねえ……!
それから、どのくらい時間が経ったかわからないが、いつの間にか、日は
「面……っ、胴ぉ……っ」
「小手ぇえ……っ、面……っ」
剣道場には、くたびれた声と、竹刀がぶつかる音、ふたつの荒い息
「はぁ……、はぁ……っ、面りゃあああッ!」
竹刀が重い。防具が重い。足が重い。体が重い。地球の重力が、風太にのしかかっている。呼吸が苦しくてたまらず、もう今すぐにでも、この足を止めて、竹刀を落とし、床に寝転がってしまいたくなる。けれど、ここで足を止めたら、風太を待つのは敗北だ。体力と根性のみで勝負をしても、一星には敵わなかった――という事実を、風太自ら、証明してしまうことになる。
そんなわけに、いくかぁ……!
「胴――……ッ!」
おれは言い出しっぺなんだ……。ここで負けるなんて、そんなの、ダサすぎんだろーがぁああっ!
「小手ぇっ、面だぁああーっ!」
一星もまた、風太と同じく、技を打ち込んでくる。ただし、その姿はいつものクールで冷静な彼ではない。この二年間、風太はいつも、日々の稽古や大会、練習試合なんかで、一星が剣道をする姿を見てきたが、こんなにも苦しそうに、よれよれと技を打つ姿を見たのははじめてだった。
「はぁ……っ、うらぁああああッ! 面――ッ!」
それなのに、なぜだろう。カッコ悪いとは思えない。今は、ただ構えて立つだけでも、相当苦労しているはずなのに、必死になって立ち向かってくる一星の強さを、風太は感じざるを得なかった。ただし、だからといって、風太が勝利を
それにしても、なんでこいつ……、リタイアしねえんだ……!
「小手ぇえええっ!」
一星が技を打ち、風太が打ち返す。そのくり返しで、決闘はかろうじて続いているが、正直なところ、もう風太は限界だった。明らかに、体に酸素が回っていない気がする。全身で、こんなに必死に息をしているのに、間に合わない。苦しくてたまらない。けれど、なにがなんでも、ここで止まるわけにもいかない。
くっそおお……!
「うおりゃああああっ!」
風太は一星の脳天めがけて飛び込むと、そのまま、一星に体当たりをする。一星は風太を受け止めたが、こらえきれなかったのだろう。ふらふらと後方へ下がった。それを見て、風太はハッとする。ついに、一星も限界を超えようとしているに違いない。
あとちょっとだ……。あとちょっとで、おれの勝ちだ……!
風太はもう一度、面を打ち、思いっきり体当たりをしようと構えた。だが、その時――。
「面だぁあああっ!」
「……っ!」
一星が飛び込んできた。その衝撃を受けた瞬間、風太の視界がぐるんっと回り、ダーンッと床に叩きつけられる。同時に、視界は一気に狭まって、目の前が真っ暗になった。その瞬間、風太は察する。
あ――……、やべえ。おれ、ここで死ぬのか……。
「風太……? 風太!」
「平野先輩……!」
声だけが聞こえているが、意識がぼんやりとしている。今、自分が夢を見ているのか、現実にいるのか、よくわからない。ほどなくして、風太はぷつん、と糸が切れたように意識を失ってしまった。
「風太……! 風太、おい……!」
「風太……ッ、風太!」
誰かが、しきりに風太の名前を呼んでいる。
「う……、
思わずぼそりと、口にする。直後、周囲から、
「あ……、えっと、なんだっけ……」
今、なにが起こっているのかまったくわからず、混乱している。ただ、ひどく体が重いので、生きているということだけは確かに感じていた。
「よかったぁ! 風太、生きてたあ!」
「お、おう……」
太一に抱きつかれ、なんとなく照れくさいような心地で、風太はひとまず返事をする。だが、目の前にいる一星と目が合った瞬間、目が覚めたように意識がはっきりしてきて、すべてを思い出した。
そうだ……、おれは一星と、決闘してたんだった……。
「一星……」
「風太……、大丈夫か?」
心配そうに
「……あ、てめえッ、なんで勝手に面取ってやがる! 負けを認めたってことか! は――……ッ、お、おれも面してねえじゃねえかぁあっ!」
「しょうがないじゃん。風太、一星に面打たれた勢いでぶっ倒れて、そのまま気を失ってたんだから」
「えっ、うそ! じゃあ、決闘は――」
「まぁ、フツウに考えたら一星の勝ちなんじゃない?」
「そんな……」
体力と根性なら、絶対に誰にも負けない。たとえ一星であっても、負けない。そう信じて
「お前らな……」
背後から
「この、ばあっかやろうがあっ!」
もう辛抱できない、と言わんばかりに、烏丸が怒鳴り声を上げる。風太は目をぱちくりさせて、肩をすくめた。今さっきまで、心配そうな顔をしていたはずなのに、烏丸はみるみるうちに鬼の形相に変わっていった。
「言われた稽古もやんねえで、なに勝手なことやってんだっ! 監督者もいないのに無茶やりやがって……。本当に死んじまったらどうする!」
「す、すんません……!」
ひとまずは謝るしかない。この烏丸を怒らせると、とにかくまずい。稽古のメニューはきつくなるし、しごかれる時間も圧倒的に長くなるのだ。
「一星! 本来ならお前が止めなきゃいけない立場だろ。主将として、もうちょっと自覚を持て!」
「はい……、すみません」
一星も頭を下げて謝った。ただし、その表情は堅い。きっと、納得がいっていないのだ。無理もない。今日、決闘に誘ったのは風太だし、決闘の方法を考えたのも風太だった。風太は
「一星と風太。お前らは、もう帰れ。稽古はナシだ。あ――……ほかの奴は面つけ。太一!」
「はいっ!」
「号令、頼むぞ。基礎稽古のあと、
「はい……!」
烏丸のくたびれた声と、「今日の稽古はナシ」という言葉には、そこにいる誰もが一瞬、色めき立ったが、すぐにそれが一星と風太に限ったことだとわかると、後輩たちは肩を落としていた。さらに、烏丸は「一星と風太は反省文、書いてこいよ」と付け足す。それには風太も、顔を引きつらせた。
「は……、反省文……すか」
「どうせ、先に突っかかったのは風太、お前だろーが。一星は、原稿用紙二枚分。風太は四枚分だ。わかったな!」
「はい……」
「はい」
「それから、風太は着替えたら、一緒に保健室に来い。今日はこの時間なら――……まだ保険医の先生がいるはずだから。念のため、ケガしてないか見てもらえ」
「はい……」
「先生。俺も付き添います」
「え――……」
「……なに」
「い、いや……」
一星が付き添うと言い出したのには、当然、ギョッとした。なにか企んでいるに違いない、と風太は一星を怪しんで目をやるが、じろりと
くそぉ……。なんのつもりなんだ、あいつ……。
「まったく……、かんべんしろよな、お前ら……。何事かと思っただろ……」
「すんませんした……」
「無事でよかったよ、ほんとに……。ほら、はやく着替えてこい」
風太はもう一度、ぼやく烏丸に頭を下げる。そうして、部室で着替えを済ませると、烏丸、一星とともに保健室へ向かった。