それから、数日後。家では雅に荷造りを
「おい、一星」
「風太、どうしたん――」
「喜べ、決闘のお知らせだ!」
「……は?」
一星は不思議そうな顔で風太を見つめたあと、ぽりぽりと頭を
「おい、なんとか言え。決闘を申し込むって言ってんだよ」
「えぇっと……、いつ?」
「今日! 場所は剣道場! いいか、一星。稽古が始まる前に、おれと勝負しろ。おれが勝ったら、お前は兄貴だろうと主将だろうと、今後、一生おれに逆らうことは許さねえ。おれの言うこと、なんでも聞いてもらうぜ!」
言うことをなんでも聞かせる。その中には、源家と平野家の同居生活のことも、もちろん入っている。風太ひとりで反対してもどうしようもないが、一星も同じ意見だと彼らに伝えれば、多少なりとも、この流れが変わるかもしれない。風太はなんとかこの話を遅らせてもらって、同居は高校を卒業してからにしてもらおうと考えついたのだ。高校を卒業したら、大学の寮にでも入るか、就職して家を出ればいい。いくら雅でも、それまで待ってもらうくらいは聞き入れてくれるだろう。
「ふーん……。じゃあさ、俺が勝ったら、もちろん、俺の言うことなんでも聞いてくれるんだよな? ――たとえば、これから先、一生、俺の召使いとか。靴磨き係とか。飯炊き係とか」
「あぁ、いいぜ。おれは負けねぇ!」
風太には今日、必勝法があった。ふっと降りてきた、この策は、間違いなく勝利の女神から送られたに違いない、妙案だった。しかし、それを知らない太一は心配そうだ。
「ほんとかよ、風太……。大丈夫なの、そんな約束しちゃって……」
「お前、やり直しとか、もう一回とか、絶対言うなよ」
一星は、余程の自信があるのだろう。にやりと口角を上げて言う。だが、風太はそれにも動じない。今回は勝てる。風太はそう信じているのだ。
「あったりめーだ!」
「……わかった。そこまで言うなら、受けて立ってやるよ」
「一星も……、本気でやるつもり?」
「あぁ。これで勝って、風太が大人しく俺の言うこと聞いてくれるんなら、俺にとっても都合がいいからな」
さて、風太は一星と競うように部室へ入ると、着替えて竹刀を持ち、道場へ入る。まだ、開始時間までは三十分以上あるのに、主将と副主将が
「それで……、いつもの試合と同じルールでいいのか?」
一星に
「試合? おれは勝負をしろとは言ったが、試合しようなんて、ひと言も言ってねえ。これからやんのはなぁ、制限時間なしのかかり稽古だ!」
途端に周囲から、悲鳴が上がった。一星は
方法は、ひとりが構えた状態で立ち、もうひとりが制限時間まで延々と技を打ち込み続ける、というもの。一見、聞けばそれだけの話だが、この制限時間が長ければ長いほど、当然、体力的にも精神的にも苦しくなる。その制限時間がない、というのは、稽古でも滅多に行われない。まさに、地獄のメニューだ。
「かかり稽古……? どうやってそんなもんで、勝負するんだよ」
「おれとお前で、
これが、風太の必勝法だった。一星には、試合で連日負け続けているし、彼の調子がすこぶるいいのは、風太にだってわかっている。だから、いつものように試合をしたのでは、そう簡単には勝てない。だが、風太に自信があるもので勝負をすれば、勝機はある。そして、
おれは、体力と根性なら、絶対に誰にも負けねえ自信がある。一星にだって、負ける気はしねえ。この勝負なら、おれはこいつに勝てる……!
「……なるほどね。体力だけは自信ありますってことか」
「無駄口はいらねえ。やるのか、やらねえのか。どっちだ」
「いいよ、オーケー」
道場内はざわついているが、一星はいたって冷静だった。制限時間なしの
涼しい顔しやがって……。けど、そうしていられるのも、今のうちだ。
「それじゃあ、はじめよう。――あ、そうだ。太一、悪いんだけど、太鼓叩いてくれるか」
「太鼓……?」
「かかり稽古といえば、太鼓だろ。はじまりの合図に、叩いてくれよ。その方が、雰囲気出るから」
「え……、まぁ、いいけど……」
雰囲気出すだぁ? あいかわらずカッコつけやがって……。
一星の、余裕を見せるような提案には、太一も
後輩たちは、心配そうに風太と一星を交互に見つめていた。本来、剣道の試合は、四分間の三本勝負だ。一本を取られても、取り返すチャンスがあるし、逆に取り返されても、三本目があって、最終的には二本取ったほうの勝利となる。しかし、この決闘のルールはひとつ。どちらかが倒れるまで、命を
行くぜ……、一星! この決闘は、おれの勝ちだ!
風太は、試合場の反対側に立つ一星をじっと見つめ、一歩、内側へ入る。すると、息を合わせたように、一星も一歩、内側へ入った。互いに一礼し、大きく三歩、歩み出て、開始線に立つ。そこで構え、そのまま腰を沈め、
本来は、ここで審判によって号令がかかり、試合が始まるわけだが、今日は決闘。男と男の真剣勝負を名目にした、地獄の
「うりゃああああっ!」
「やぁさあああああっ!」
風太が気合いの声を上げれば、一星もまた、声を上げる。次の瞬間。風太は一星の脳天めがけて飛び込んだ。