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「その気持ち、わかるぜ……。ふざけんなって感じだよな。息子なのに、いっつも舎弟みてえにしいたげられてよ……」

「え……? お前、雅さんにしいたげられてんの?」

「え、お前はちげーの?」

「父さんは俺をしいたげるってことはないけど……。ただ、怒ったときは怖いってだけ。なんつーのかな、目つきが変わるんだ。雅さんも、なんとなく似た感じあるな、と思ったけど、もしかしたら、うちの父さんより怖いのかもな」


 そう言って、一星はけらけら笑った。


「笑いごとじゃねーぞ……。お前だって、同居しはじめたら被害が出るんだからな。っていうかよ、一星は反対しなかったのかよ。突然、再婚するって聞いて……」

「そりゃあ、最初はちょっとびっくりしたし、名前聞いて、まさかとも思ったよ。だけど、俺は反対はできなかった。父さんのあんな嬉しそうな顔、見せられて……、報告されたらさ」


 再婚話を、家族の顔合わせを目的とした食事会の直前に報告されるなんて、とても正常だとは思えないが、それには風太も同感だった。


「そっか……」

「うん。もちろん、相手を見て、あんまりひどかったら、なにか言うつもりではいたけどね。でも、あの人たち、並んでみたら、案外お似合いだったじゃん。似た者同士でかれ合っちゃったのかもな」

「ひ、かれ合っ……」


 かれ合った――。健全な高校三年生にはどうしたって聞き慣れない言葉だ。思わず反応してしまって、頬がかあっと熱くなる。だが、それを見て、一星は途端にあきれた目をして、嫌味な笑みを浮かべた。


「なーに、いちいち赤くなってんだよ。クソガキ」

「う、うるせえなっ、同い年のくせに! それにおれは、お前と違って、そういう色恋沙汰には慣れてねえんだよ! ――ったく、もう……」


 頭をかかえ、部室の床にうずくまる。途方に暮れても、もうこの状況を変えようがない。もちろん、雅の幸せを、風太だって願っている。けれど、ひどく気が重いのは、来週から、この嫌味なライバルと、ひとつ屋根の下で暮らさなければならない、ということだ。


「おれは、どうすりゃいいんだぁ、これから……」

「とりあえず、来週引っ越してくるんなら、荷造りは始めといたほうがいいと思うけど」


 組み終わった竹刀を確認しながら、一星は言う。その口調はあいかわらず、冷静だった。まるっきり他人事のようだが、彼にとっても、同居の問題は災難ではないのだろうか。風太はたずねる。


「お前さ……、ほんっと、ムカつくくらいスカシてるよな……。お前は嫌じゃねえのかよ、おれと同居すんの」


 すると、一星はにやりと口角を上げた。


「俺はお前と違って、ひとりで考えてもどうしようもないことは考えない主義なんだよ。考える時間も労力も無駄だろ。それに、同居の件は逆に、楽しみなくらいなんだ。毎日、風太に兄貴ヅラしながら、からかって遊べるからな」

「てめえっ……!」


 やはり、この男は一度、ぶん殴っておかなければ気が済まない。風太は一星にせまる。だが――。


「おっはよー! お、なあんだよー。ふたりっきりで、早速仲良くする練習? 感心、感心」


 能天気な声が、部室に飛び込んでくる。太一がやって来たのだ。


「なんだかんだ言って、気が合うんだねぇ」

「はぁ……ッ? 気なんか合うわけねーだろ! こんな奴と、仲良くなんかできっか!」

「照れなくていいのにー」

「照れてねえ! おい、一星! おめーもなんか言えや、コラぁ!」


 部室には、風太のわめき声が響く。結局、いつもと同じような流れで、朝稽古が始まった。





 その日――。朝稽古が終わったあと、風太は太一に、昨日起きたトンデモな出来事を、事細かに話した。あわよくば、太一の家に居候いそうろうさせてもらえないだろうかと、打診もするつもりだったが、太一はただ、おもしろがって笑うだけだ。


「やば……ッ、なにそれ、すげえビッグニュースじゃん!」

「笑いごとじゃねーんだって! なぁ、頼むよ、太一……。お前とおれの仲だろ? おれをお前んちに居候いそうろうさせてくれ。助けてくれよ……!」

「ぜーったい、やだぁ。オレんち、マンションだし、そんな広くないもん。女の子ならまだしも、なんでヤロウと同じ部屋で寝なきゃいけないわけ」

「同じ部屋じゃなくっていいから! 台所か――……トイレとかでもいいから!」

「オレが嫌だわ! 朝起きて、トイレ開けたら、お前が転がってるわけだろ。無理」

「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とし、しょぼくれる。やはり、腹をくくらなければならないのだろうか。不意に視線を感じて、目を向けると、ちょうど一星が教室に入ってくるところだった。しかし、明らかに目が合ったのに、彼はすぐに目をらしてしまう。そうかと思うと、あっという間に女子に囲まれ、姿が見えなくなってしまった。おおかた、連絡先の交換をねだられているのだろう。


 くっそー……。あのやろー、無駄にモテやがって……。


「でもさ、いい機会じゃん。部長と副部長の仲が深まる――」

「仲良くなくたって、強くはなれんだろーが。部活は仲良しごっこじゃねえんだぞ」

「そうだとしても、部員がいがみ合ってるよりは、ずっといいじゃん。っていうかさ、風太は一星のなにがそんなに嫌いなの?」


 どこか嫌いか、とかれて、すぐに思い浮かぶのは、初対面での彼の態度だった。だが、それを今でも根に持っていることを話せば、太一には、どうせまた「大人げない」と言われてしまうに違いない。


「決まってんだろ、そんなの! 全部だ、全部!」

「……ガキくさ」

「うるせえ! こうなったら、なにがなんでも一星と決着をつけてやる……。家でも学校でも、あいつにでけえ顔されるのなんか、まっぴらだぜ」


 このままでは、風太は一生、一星にからかわれ、見下されて生きていくことになりそうだ。勉強でも、剣道でも、彼には勝てないまま、家では彼の弟に成り下がり、出来のいい兄と比べられる。そんな毎日が目に浮かぶ。これは、どこかで強引にでも未来を変えなければならない。


「決着って……、なにすんのー?」


 興味なさそうな顔で、ペン回しをしながら、太一がく。風太は机をバンッと叩き、拳を見せて答えた。


「決闘に決まってんだろが! もう、試合稽古とか、どっちが負け越しとか、生ぬるいこと言ってる場合じゃねえ。最初で最後の、おれとあいつの一騎打ちをやるんだよ!」

「あー……、もしかして、風太。そんなこと言って、実は負け越してんのチャラにしようとしてるんじゃ……」

「違うって、それはそれ! これはこれなの! いいか、決闘でおれが勝ったら、これから、あいつにはおれの言うことをなんでも聞いてもらうって約束させる。そうすりゃ、兄貴は家でも学校でも、いつでも弟の言いなりってわけだ、ざまーみろ!」

「へー。ちなみに、それ……、風太が負けたらどうするわけ?」


 太一は、頬杖をつきながら、ジトっとした目にあきれ顔でいた。風太もハッとして、頭を巡らせる。負けたときのことなんて、戦う前から考えておきたくはないが、決闘なのだから、その可能性もなくはない。


「それは――……そうだな。大人しく、あいつの弟になる、とか……?」

「大人しく……。ほんとかぁ?」


 太一の口調は、お前にそんな覚悟があるはずがない、怪しいな、と言わんばかりだ。しかし、風太は本気だった。高校生活最後の、この一年間――いな、この先の風太の未来をけて、一星と決着をつける。泣いても笑っても、文句なしの一騎打ちだ。


「あったりめーだろ!」

「ふうん。おもしろそうだけどさ、風太、一星に勝てんの? ここんとこずっと負け続きじゃん。昨日も負けたし」

「大丈夫だって! おれには作戦があんだから。なにがなんでも、おれはあいつに勝ってみせるぜ!」


 風太はそう言って、カバンからノートを引っ張り出した。それがなんのノートかも確認しないまま開き、一ページ目に「打倒、一星! 一騎打ちの決闘について」と書く。これは見出しだ。だが、満足げに眺めていたつかの間。太一にのぞき込まれ、ため息をかれた。


「風太ぁ……、決闘の闘の字、間違ってるよ……」

「えっ、うそ……!」

「ったく、もうー。そんなんだから、一星にバカにされるんだよ?」


 太一に闘という字を直してもらって、「よし」と、気を取り直す。決闘と書けたところで、勝てなかったらなんの意味もない。決闘は、正しい文字を書けるかどうかではなく、勝つかどうかが肝心だ。風太はまず、決闘の日程を考えてみる。


「うーん……」


 誰にも邪魔されない場所、時間でなければならないが、これがなかなか難しそうだった。場所は剣道場にするとしても、そこには部活の顧問、烏丸からすまの存在が常にある。放課後は当然、部活の稽古があるし、部活のあとも、最後に道場の施錠をするのは、烏丸だ。とはいえ、彼に断りを入れるわけにもいかない。決闘をするなんてことが知られたら、当然、風太と一星は怒られて、強制的に帰宅させられるに決まっている。


「参ったな……。なぁ、太一。烏丸先生がいないときってあると思う?」

「いないときかぁ……。まぁ、せいぜい職員会議のときくらいじゃない?」

「おおっ、それだ、それ! 職員会議! さっすが太一、あったまいーな!」


 太一にはやはりあきれ顔をされるが、気にしない。風太は職員会議が行われるタイミングを狙って、一星に決闘を申し込むことにした。


 この決闘をなんとしても勝って、おれはあいつを従わせてやる。兄貴ヅラなんか、絶対にさせてやるもんか。

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