「その気持ち、わかるぜ……。ふざけんなって感じだよな。息子なのに、いっつも舎弟みてえに
「え……? お前、雅さんに
「え、お前はちげーの?」
「父さんは俺を
そう言って、一星はけらけら笑った。
「笑いごとじゃねーぞ……。お前だって、同居しはじめたら被害が出るんだからな。っていうかよ、一星は反対しなかったのかよ。突然、再婚するって聞いて……」
「そりゃあ、最初はちょっとびっくりしたし、名前聞いて、まさかとも思ったよ。だけど、俺は反対はできなかった。父さんのあんな嬉しそうな顔、見せられて……、報告されたらさ」
再婚話を、家族の顔合わせを目的とした食事会の直前に報告されるなんて、とても正常だとは思えないが、それには風太も同感だった。
「そっか……」
「うん。もちろん、相手を見て、あんまりひどかったら、なにか言うつもりではいたけどね。でも、あの人たち、並んでみたら、案外お似合いだったじゃん。似た者同士で
「ひ、
「なーに、いちいち赤くなってんだよ。クソガキ」
「う、うるせえなっ、同い年のくせに! それにおれは、お前と違って、そういう色恋沙汰には慣れてねえんだよ! ――ったく、もう……」
頭を
「おれは、どうすりゃいいんだぁ、これから……」
「とりあえず、来週引っ越してくるんなら、荷造りは始めといたほうがいいと思うけど」
組み終わった竹刀を確認しながら、一星は言う。その口調はあいかわらず、冷静だった。まるっきり他人事のようだが、彼にとっても、同居の問題は災難ではないのだろうか。風太は
「お前さ……、ほんっと、ムカつくくらいスカシてるよな……。お前は嫌じゃねえのかよ、おれと同居すんの」
すると、一星はにやりと口角を上げた。
「俺はお前と違って、ひとりで考えてもどうしようもないことは考えない主義なんだよ。考える時間も労力も無駄だろ。それに、同居の件は逆に、楽しみなくらいなんだ。毎日、風太に兄貴ヅラしながら、からかって遊べるからな」
「てめえっ……!」
やはり、この男は一度、ぶん殴っておかなければ気が済まない。風太は一星に
「おっはよー! お、なあんだよー。ふたりっきりで、早速仲良くする練習? 感心、感心」
能天気な声が、部室に飛び込んでくる。太一がやって来たのだ。
「なんだかんだ言って、気が合うんだねぇ」
「はぁ……ッ? 気なんか合うわけねーだろ! こんな奴と、仲良くなんかできっか!」
「照れなくていいのにー」
「照れてねえ! おい、一星! おめーもなんか言えや、コラぁ!」
部室には、風太の
その日――。朝稽古が終わったあと、風太は太一に、昨日起きたトンデモな出来事を、事細かに話した。あわよくば、太一の家に
「やば……ッ、なにそれ、すげえビッグニュースじゃん!」
「笑いごとじゃねーんだって! なぁ、頼むよ、太一……。お前とおれの仲だろ? おれをお前んちに
「ぜーったい、やだぁ。オレんち、マンションだし、そんな広くないもん。女の子ならまだしも、なんでヤロウと同じ部屋で寝なきゃいけないわけ」
「同じ部屋じゃなくっていいから! 台所か――……トイレとかでもいいから!」
「オレが嫌だわ! 朝起きて、トイレ開けたら、お前が転がってるわけだろ。無理」
「そんなぁ……」
がっくりと肩を落とし、しょぼくれる。やはり、腹をくくらなければならないのだろうか。不意に視線を感じて、目を向けると、ちょうど一星が教室に入ってくるところだった。しかし、明らかに目が合ったのに、彼はすぐに目を
くっそー……。あのやろー、無駄にモテやがって……。
「でもさ、いい機会じゃん。部長と副部長の仲が深まる――」
「仲良くなくたって、強くはなれんだろーが。部活は仲良しごっこじゃねえんだぞ」
「そうだとしても、部員がいがみ合ってるよりは、ずっといいじゃん。っていうかさ、風太は一星のなにがそんなに嫌いなの?」
どこか嫌いか、と
「決まってんだろ、そんなの! 全部だ、全部!」
「……ガキくさ」
「うるせえ! こうなったら、なにがなんでも一星と決着をつけてやる……。家でも学校でも、あいつにでけえ顔されるのなんか、まっぴらだぜ」
このままでは、風太は一生、一星にからかわれ、見下されて生きていくことになりそうだ。勉強でも、剣道でも、彼には勝てないまま、家では彼の弟に成り下がり、出来のいい兄と比べられる。そんな毎日が目に浮かぶ。これは、どこかで強引にでも未来を変えなければならない。
「決着って……、なにすんのー?」
興味なさそうな顔で、ペン回しをしながら、太一が
「決闘に決まってんだろが! もう、試合稽古とか、どっちが負け越しとか、生ぬるいこと言ってる場合じゃねえ。最初で最後の、おれとあいつの一騎打ちをやるんだよ!」
「あー……、もしかして、風太。そんなこと言って、実は負け越してんのチャラにしようとしてるんじゃ……」
「違うって、それはそれ! これはこれなの! いいか、決闘でおれが勝ったら、これから、あいつにはおれの言うことをなんでも聞いてもらうって約束させる。そうすりゃ、兄貴は家でも学校でも、いつでも弟の言いなりってわけだ、ざまーみろ!」
「へー。ちなみに、それ……、風太が負けたらどうするわけ?」
太一は、頬杖をつきながら、ジトっとした目に
「それは――……そうだな。大人しく、あいつの弟になる、とか……?」
「大人しく……。ほんとかぁ?」
太一の口調は、お前にそんな覚悟があるはずがない、怪しいな、と言わんばかりだ。しかし、風太は本気だった。高校生活最後の、この一年間――
「あったりめーだろ!」
「ふうん。おもしろそうだけどさ、風太、一星に勝てんの? ここんとこずっと負け続きじゃん。昨日も負けたし」
「大丈夫だって! おれには作戦があんだから。なにがなんでも、おれはあいつに勝ってみせるぜ!」
風太はそう言って、カバンからノートを引っ張り出した。それがなんのノートかも確認しないまま開き、一ページ目に「打倒、一星! 一騎打ちの決闘について」と書く。これは見出しだ。だが、満足げに眺めていた
「風太ぁ……、決闘の闘の字、間違ってるよ……」
「えっ、うそ……!」
「ったく、もうー。そんなんだから、一星にバカにされるんだよ?」
太一に闘という字を直してもらって、「よし」と、気を取り直す。決闘と書けたところで、勝てなかったらなんの意味もない。決闘は、正しい文字を書けるかどうかではなく、勝つかどうかが肝心だ。風太はまず、決闘の日程を考えてみる。
「うーん……」
誰にも邪魔されない場所、時間でなければならないが、これがなかなか難しそうだった。場所は剣道場にするとしても、そこには部活の顧問、
「参ったな……。なぁ、太一。烏丸先生がいないときってあると思う?」
「いないときかぁ……。まぁ、せいぜい職員会議のときくらいじゃない?」
「おおっ、それだ、それ! 職員会議! さっすが太一、あったまいーな!」
太一にはやはり
この決闘をなんとしても勝って、おれはあいつを従わせてやる。兄貴ヅラなんか、絶対にさせてやるもんか。