始業式の翌日。風太はいつもよりも、うんと早起きをして、自宅を出た。いつもなら、自宅が近い太一と待ち合わせて学校へ向かうのだが、今日は彼には断りを入れてある。途中、電車に揺られながら、
一星のヤロー……。今日はあいつをとことんまで問い詰めねえと、我慢できねえ……!
昨夜、風太の母、雅と、一星の父、太郎の再婚を打ち明けられ、来週から同居まで強制されている今、風太はその複雑な感情を、一星にぶつけてやらなければ気が済まなかった。なぜなら、彼はおそらく風太よりも前から、彼らの交際を知っていた可能性が高いからだ。
風太は今朝、布団の中で目覚めた瞬間に
『朝練の前に話がしたい。部室で待ってる。早く来い!』
連絡先の交換して、最初の連絡をおれからするってのは、どうも腹立つけど、これっばかはしようがねえ……。
風太は、にやりと笑う。普段、一星は一番最初に部室へ来ると決まっている。部長になってからは、ずっとそうだ。なにか、それが使命であるかのように、どんなに風太が早く部室へ来ても、彼は必ず先に部室に来ている。そうして、
ただし、昨日の帰り道に、風太は思ったのだ。一星が早く来られるのは単純に、彼が学校の近く――徒歩数分の場所に、住んでいるからだ、と。つまり、風太が電車に乗ってからメッセージを入れておけば、おそらく一星は、風太より先には部室に入れない、はずだ。
藤沢からは、電車でひと駅。時間にすりゃ、十分もないくらいだ。そこから学校までは走れば数分。さすがの一星だって、十五分そこそこじゃ、出てこれるはずがねえ。今日は、おれが一番をいただくぜ!
メッセージを送ってすぐ、一星からは「了解」というスタンプが返ってきている。だが、その頃、ちょうど風太は電車を降りる頃だった。わざわざ風太のほうから一星を呼び出したのだから、先に着いて、彼を待ち構えていなければならない。そうして、問い詰めるのだ。雅と太郎の交際を知っていたのなら、なぜ、黙っていたのか、と。ところが――。
「あ、風太。おはよう」
「え……?」
時刻はまだ六時過ぎだ。しかし、部室の一番奥では、一星がすでにやって来ていて、竹刀を組み直していた。
「てめ……っ、なんで先に――」
「なんで? だって、早く来いってメッセージくれたろ」
「いや、そうだけど……。それにしたって早すぎんだろ! おれ、さっき送ったばっかで……」
「あぁ……。俺、いつも六時半にはここに来てるから、言われた通りに早く来たんだけど……」
「ろ、六時半……」
「悪かったな。風太、俺より先に来たかったんだろ」
さらりと、恥ずかしい本心を突かれて、たまらずにむかっ腹が立って、顔が熱くなる。彼のこういうところが、いつだって風太のカンに
「それで、話ってなに?」
一星は、冷静に竹刀を組み直しながら、
「話ってなに、じゃねえだろうがよ! お前っ、うちの母ちゃんと太郎さんが付き合ってんの、知ってたのか!」
「……知るわけないだろ」
「ウソつけっ!」
「噓なんかつくか。言っとくけど、あの人たち、芸能人もビックリの電撃交際中で、スピード結婚しようとしてると思うよ」
「え……? なにそれ」
「父さんが、新しいパートさんの面接があるって言ってたの、先月の二十日だから。たぶん、それが雅さんだったんだと思う。それから、ふたりが付き合うまで、せいぜい一週間あったとしたって、昨日まで数えて、二週間くらいしかないわけだから……」
風太は、部室の壁にかけられたカレンダーを見て、指を折って数えてみる。たしかに、一星の言う通りだった。雅と太郎はどう数えてみても、まだ交際期間がひと月もない。
「うそだろ……。信じらんねぇ……!」
「それに、俺が知ったの、言っとくけど、昨日の夕方だからな」
「え……」
それを聞いた途端、風太は目を丸く見開いた。それが本当だとしたら、一星もまた、風太と同じタイミングで知ったということになる。しかし、そうだとしたら、余計に妙だ。
「お、お前……っ、それにしちゃあ、メシ食ってたとき、ずいぶんと冷静だったじゃねーかよ!」
「あぁ、あのときはもう、父さんに説明聞いたあとだったから」
「いや、いやいやいや! そうじゃなくって! だって、おれらが兄弟になるって、そんなのねえだろ、フツウ! 太一とおれならまだわかるけど、おれとお前だぜ? 突然報告されて、これからお食事会ですって言われて、冷静でいられるわけが――」
「お前と俺を一緒にすんなよ。そんなこと言ったって、俺がムキになったところで、どうしようもないだろ。父さんと雅さんは、もう真剣に付き合ってんだから」
「じゃあ、お前は……、この再婚話に賛成なのかよ……」
「べつに。勝手にすればいいんじゃないの。なにも、俺とお前が結婚するわけじゃないんだし」
「な……っ」
単純に、結婚という言葉に反応して、途端にかあっと頬が
「……ったりまえだろーが! アホか、おめーは!」
「お前さ……、もう高校三年生にもなったんだから、ちょっとは冷静になれよ。兄弟になるって言ったって、急にふたりで家族ごっこしなきゃいけないわけでもないだろ。父さんは、ちゃんとお前にひとり部屋あげられるように、掃除してたみたいだったし、たぶん、お前が家に来ても、四六時中、俺と顔を合わせなきゃいけないわけでもないと思う。ただ……」
「ただ?」
言いかけて、突然、口を
「うちの父さん、元ヤンでさ……。すげえ怖ぇんだ」
「え……?」
「それだけ、気を付けろ。マジで怖ぇから」
話を聞けば、一星の父、太郎は元ヤン上がりの柔道整復師で、普段はとても優しいが、怒るととてつもなく怖いらしい。それを聞いて、風太は思わず言った。
「そ、それ! うちもだ!」
あんなにも優しそうで、なにをしても怒らなさそうな男が、まさか元ヤンだとは思わなかったが、そんな父親が
「うちの母ちゃんも、元ヤンだったんだよ。昔の地元で、レディースの総長やってたんだ!」
それを聞くと、一星は重いため息を
「……やっぱり、そうだったんだな。なんか昨日、そんな感じだと思ったんだ」
「そんな感じって?」
「いや、なんか……。顔とか、全然違うけど、雰囲気が、さ。父さんと、なんとなく似てる気がしたから……。まさか、それであのふたり……」
一星が難しい顔でブツブツとそう言ったのを聞いて、風太は気付いてしまった。きっと、風太が雅に
そうかあ……。きっと、一星もおれと同じだったんだ……。おれと同じように、あのムキムキの仏みたいな父ちゃんに再婚するって聞かされて、反対しようとしたら
風太は脳内で、太郎の