「あいつ……、ぜってえ許さねえぞ……。今日の試合稽古で、ぼっこぼこにしてやる!」
ホームルームが終わったあと、風太は太一と並んで廊下を歩きながら、拳を
「今日だけは
「たしかに、今んとこ、風太が連続で負け越してるからねー。そろそろ、勝ちたいところだよね」
「うるせえな……っ! 今日こそ、絶対に! おれが勝ーつ!」
新学期の第一日目は、始業式とホームルームのみで、昼には終わる。しかし、学校生活のなかで、部活動を最も大切にしている風太としては、これから一日がはじまるようなものだった。風太は、剣道部に所属していて、これでも一応、副部長を任されている。ちなみに、太一も同じ剣道部。そして、あの一星もまた、同じく剣道部だった。しかも、ちょっと腹が立つことに、一星は昨年の夏、三年生が引退してから、主将を任されている。
「あーあぁ……。それにしても、なんでおれじゃなくて、あいつが部長なんだろうなぁ……。みんなの目は
風太は口を尖らせ、今さらどうしようもないことに、ケチをつける。剣道部の部長、副部長は、去年の夏休み前に、チーム全員の投票によって決められていた。風太はこの投票で、主将になることを夢見ていた。理由は単純、明解だ。「主将」というだけで、最高にかっこいいと思ったし、後輩を思いやる心も
「絶対、おれのほうが主将っぽいのになぁ」
「……あのねぇ。半年も経って、まーだそんな文句言ってんの。風太のそういうところ、すげえ小者っぽいよ」
「んだとォ……!」
「いい
「どこが! 先が思いやられるっつーの。だいたい、水と火じゃあ、相性激ワルだろーが!」
「はは……。それは、たしかにー」
太一が笑う。だが、笑いごとではない。風太はげんなりして、剣道場へ重い足取りを進めた。
風太が一星と出会ったのは、この高校へ入学してくるより前のことだ。春休みから、剣道部の稽古に参加していた風太と太一の少しあと、一星は剣道部への入部を希望し、稽古に参加していた。声をかけたのは、顧問の
――はじめまして、だよな。平野風太だ。これから、よろしく。
そう手を差し伸べた風太の手を、一星は取らずに、無視をしたのだ。剣道は、礼に始まり、礼に終わる、礼儀を重んじるスポーツであり、武道だ。それなのに、あいさつもまともにしないなんて、なんて失礼なヤツだろう、と風太は思った。
……あんなの、
あのときのことを思い出すと、今でも腹が立ってくる。あれから、チームメイトとしてはなんとかやってきたものの、風太と一星は一年の頃からずっと、犬猿の仲。最近は、平野と源という苗字をからかって、源平の戦い、と言われたりもする。同じチームメイトの太一には、今年こそ仲良くするように、と口酸っぱく言われてはいるが、こればかりはどうしようもない。風太はそもそも、最初に仲良くしようと手を差し伸べている。それを無視して、敵視したのは一星のほうだ。
「あいつがおれを嫌ってんだ。仲良くなんか、できるかよ……」
そう呟くと、
「くそっ! 強ぇのムカつく……!」
「……小学生か。でもさ、冗談抜きで、オレたちも、ついに今年で最後だからね……」
「まあな……」
「インハイは無理でも、関東くらいは行きたいじゃん。この辺じゃあ、けっこうがんばってるほう、だと思うし」
「なに弱気になってんだよ。インハイも目指せばいいじゃん! そんで、関東はぜってえ行く!」
「あ、そう……。だったらさぁ、ますます主将と副主将が、くだらないケンカしてる場合じゃないってことも、わかるよね?」
太一はにこやかな笑みを向けながら、風太の手首を強く握る。その威圧感に、風太は笑みを引きつらせた。本当に怒らせたとき、一番怖いのは、群を抜いて太一だ。付き合いの長い風太だからこそ、それを身をもって知っている。風太は無言でこく、と頷いた。
「姿勢を正して……、
放課後。いつも通りの時間に、一星の号令がかかり、剣道部の稽古は始まった。今日は来る公式戦の予選会に向け、試合稽古を中心にしたメニューになっている。試合稽古とは、実際の試合と同じルールで行う、実戦型の稽古だ。審判をひとり立てて、勝敗もつける。しかも、今日予定されているのは、個人の総当たりリーグ戦。つまり、一星とタイマンで戦うことができる、ということだった。
腕が鳴るぜ……。今日こそ、今日こそ……、あのスカシ野郎に一発、おれの最強必殺技を打ち込んでやるんだ……!
準備運動と、基礎稽古が終わり、技の練習をひと通り熟したあと、顧問の烏丸が一星に合図を送る。すると、一星が「構えて!
「くそぉ……!」
風太はその日、部内の個人リーグ総当たり戦で、一星に勝つことができなかった。風太の調子は良好。狙ったのは、得意技の面だ。しかし、風太は試合開始直後、わずか一分で相打ちになり、逆に面で一本を取られてしまった。もちろん、それから必死に取り返そうとしたものの、結局、時間切れになり、負けてしまったのだ。結果、風太は部内二位。一星は一位。その差は、たった一本だった。
「だあー、もうっ! あの一本がおれのだったら、今日はおれが一位だったのに!」
「しょうがないじゃん、ばっくり打たれたんだから」
隣を歩く太一が笑みを引きつらせる。一星と風太の試合で、審判に立っていたのは太一だった。彼は一番の特等席で、風太が打たれる瞬間を見ていたのだ。
「でもさぁ、あれ、ほぼ相打ちだったろ?」
「あのねぇ、風太……。何年、剣道やってんの? ほぼ、じゃだめなんだよ。ほぼでもなんでも、先に打ってたらそっちが一本なの。あれは一星の面」
「あぁー……! 今日は絶対、取れると思ったのにー!」
「毎度、その自信があるのはすごいねぇ。……ただ、はたから見てると、たしかに一星と風太の実力って、そんなに変わらない気はするんだよね。ここんとこの一星は、なんか……、すごい調子いい感じはするけど」
「だろ? そうなんだよ! 今はアイツが、ちょっと調子がいいってだけなの!」
風太は、もう何度も一星と戦っているが、彼との実力差はそんなにあるわけではない――はずだ。実際に、技のキレも、スピードも、互角だと感じている。ただし、ここ数ヶ月ほど、風太は
「おれだって、あと、もうちょっと調子を上げれば……、勝てるはずなんだ」
風太は、太一にそう言いながら、自分にもそれを言い聞かせた。一星に勝てる見込みは、まだある。あきらめなければ、次は勝てるかもしれない、と。だが、太一はため息を漏らした。
「……まあ、そりゃそうかもしれないけど。一星ってさ、戦い方にも安心感があるっていうか、すごく安定してるな……とは、思うよね。あれだけ安定してて、調子もよかったら、そりゃあ無敵だよ」
それを聞いた途端、風太はしょぼくれる。わかっているのだ。どのスポーツでも、試合になれば、得点を入れて、勝たなければならない。その中で、想定しない状況は必ず訪れるものだし、そのたびに相手に
「どうせ、おれは安定してねーよ……」
「風太は、ジェットコースターみたいなタイプだよね。スーパー強いときと、へなちょこなときがある感じ。でも、今日は風太だって強かったのに――」
「太一、もうやめて……。おれ、灰になっちゃいそうだから……」
「んだよ、もうー、情けないなぁ。明日、またリベンジしろって。言っとくけど、オレだって明日は負けねーからな!」
明るい声で励まされても、風太の悔しさは