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犬と猿でも恋をする
犬と猿でも恋をする
いなば海羽丸
BL学園BL
2024年11月21日
公開日
3万字
連載中
毎週火曜、金曜(週2回)お昼ごろ更新!

平野風太は、県立西御門高校に通う三年生。
春、ドキドキしていたクラス替えで、犬猿の仲のライバル、源一星と同じクラスになってしまった!

今日も今日とてケンカして、くたびれて家へ帰ると、女手一つで育ててくれた元ヤンの母が再婚すると聞かされる。

突然のことに複雑な気持ちで、母とともに、再婚相手の家へ向かう風太だが、到着した家で迎えてくれたのは、なんと源一星……!

母の再婚相手とは、まさかのライバル、一星の父だった。

家族として仲良くするように、と無理やり約束させられながらも、学校では当然のごとくケンカになってしまうふたり。

源平の戦いと揶揄される、犬猿の仲。そんなふたりがケンカをしながら、ゆっくりと距離を縮めていく。じれじれなピュアラブストーリー。

1 平野風太の一番長い日

 肌を撫でる風が暖かい。胸がおどっている。春だ。県立西御門にしみかど高校に通う平野ひらの風太ふうたは、通い慣れた校舎の前を歩き、昇降口に入った。今日から、高校三年生。不思議なもので、ひと月前と、特別に環境が変わったわけではないのに、三年生――という、その響きだけで、急に大人になったような気分になる。


 三年生かぁ……。なんか大人って感じだよなぁ。今年は部活も学校行事も最後になるし……。


 ふと、同じクラスの女子生徒の姿が視界に入り、そのきらめきにハッとする。三年生ともなれば、恋愛のひとつやふたつ、あっても不思議はないかもしれない。なにしろ、今年で高校生活は最後なのだ。部活動の大会、夏休み、文化祭、体育祭。そして、冬には受験シーズンがやってくる。かわいい彼女と一緒に、そんな思い出を作ることができたら、どんなに幸せだろうか。風太は想い人もまだいないのに、脳内で妄想をふくらませた。


 そうだよ……。今年こそ、ついに彼女とか、できちゃったりもするかもしれない……! このおれにも、ついに彼女が――……!


「おっはよー、風太!」

「お、おう! おはよう」


 不意に、声をかけられる。密かにキラキラした高三生活を妄想しながら、下駄箱で上履きに履き替える風太に声をかけたのは、友人の那須野なすの太一たいちだった。彼とは不思議な腐れ縁が続いていて、中学三年間と、高校に入ってからの二年間、ずっと同じクラスだ。


「ねぇ、ねぇ。新しいクラス、もう貼り出されてたよ。オレ、B組だった」

「へえ。おれは?」

「知りたい?」

「うん」

「……風太もB」

「なーんだ、まあた同じかよー」


 これは毎年、お決まりのやり取りになっているが、たまらなくホッとする。六年間も同じクラスだったせいで、今さら太一と離れるのは、ちょっと寂しいのだ。クラス分けなんて、ただの運と縁なのだから、離れてしまったって仕方ないとは思いながらも、毎年、春になると、クラス替えの表を見るまでは、なんとなくドキドキさせられる。特に今年は、高校生活最後の年。文化祭も体育祭も最後になるから、特別だった。


 よかったぁー……。


「またまたぁ、実はけっこう嬉しいくせにー」

「うるせえ。それにしても、ほんとにおれら、昔からクラス被るよなぁ」

「そうだね。今年は三年から、選択授業が増えるから、その選択を基準にクラス分けされたっぽいよ」

「へえ、そうなんだ」


 いったい、それはどこから手に入れた情報なのだろうか、と不思議に思いながらも、風太は相槌あいづちを打つ。なんにしても、太一と同じクラスになれたのだから、その理由なんかひとまずはどうでもいい。ところが――。


「あぁ、そうそう。――それでさ、風太の天敵もBだったよ」

「……え?」

「だから、天敵。みなもと一星いっせいくん」


 その名を聞いて、思わず立ち止まる。源一星。さあっと血の気が引くような感覚に、思わずふらつきそうになる。


「う……、うそだろ……!」

「残念ながら、ホント。一年のときからやり合ってたけど、ここでついに同じクラスになっちゃうとはねー。ケンカしすぎて、縁がからまっちゃったんじゃないの?」

「ふっざけんな……! なんで、あんなのとおれが――」

「誰が、あんなのだって?」


 腹の立つほど、爽やかな声が聞こえて、風太は思わず、振り返る。背後にはいつの間にか、風太よりも少し背の高い影があった。端正な顔についた、切れ長の瞳が、風太を見下している。


「一星……」

「おはよう、風太。太一」

「おはよー」


 春風に桜が舞う、この暖かな季節に、彼は間違いなくアンバランスだった。一年中、まるで晩秋か、冬をまとったかのような、うれいを帯びたような表情も、切れ長の瞳も、いつだって冷たく感じる。だが、悔しいほど、彼の場合はそれが絵になった。昇降口から吹く風に、さらさらとなびく黒髪を鬱陶うっとうしそうに直す仕草すら、ドラマのワンシーンのように見えてしまって、風太は唇とまゆを同時にひん曲げる。気付けば、周囲にいる女子の視線は、全員、彼に釘付くぎづけになっていた。途端に風太は苛立いらだち、朝のあいさつもなしに、彼を鋭くにらみつけた。


「てめえ……、朝からカッコつけてんじゃねえぞ、コラ」

「べつに、カッコつけてないけど」

「カッコつけてんだろーが。なーんなんだよ、そのサラサラヘアーはよ。女子ウケ狙ってトリートメントでもしてきたのかぁ?」

「トリートメントなんてするわけないだろ。風太こそ、今日は気合い入ってるじゃん。寝ぐせいっこもないし、ワックスつけてキマッてるし。新しいクラスだから、女子ウケ、気にしたんだね」

「うるっせえな……! おれはな、くせっ毛なんだよ!」

「知ってるよ。朝練のあとは襟足えりあし、よく跳ねてるもんな。今日はがんばってセットしてきたから、跳ねてないみたいだけど」


 さらりと笑顔でそう返されて、余計にむかっ腹が立つ。この源一星という男は、どうしたって口の減らない男なのだ。いちいちカンにさわるようなことを言って、風太を怒らせる。――とはいえ、先にケンカを売るのは、大抵たいてい、風太ではあった。太一には「そんなに嫌いなら、話かけなきゃいいのに」と言われるが、どうも彼を視界に入れると、突っかからずにはいられないのだ。


「あれ、おもしろいよな。最初は、わざとそういうセットしてるのかと思ってた、俺」


 くくく、と一星に笑われて、風太は拳をぎゅうっと握った。脳天まで、一気に血が上っていく。風太のくせ毛は、母ゆずりの遺伝だが、ひどいものだった。母はそれをいつもうまいことセットして、まるでゆるいパーマをかけたように見せているが、風太は髪が短いこともあって、そうもいかないのだ。


「てめえ……、人が気にしてることを……。いっつもいっつも、おれの目の前で、これ見よがしに髪の毛サラサラさせやがって、このやろ――」

「あー、もう。はいはい、そこまで!」


 朝一番の言い合いに見かねた太一が、ふたりの間に割って入った。日常、風太と一星のケンカを止めるのは、大抵たいていの場合、彼の仕事だった。


「君たち、新学期早々、くだらないケンカしないでよ。これから一年間、同じクラスなんだからさ――」

「えっ!」


 太一の言葉に、それまで、冷静だった一星の表情が一変する。風太は、まだ直視したくないその事実から目を背けるように、ぷい、とそっぽを向いた。


「同じクラスって……、誰と誰が?」

「風太と一星。あ、ちなみにオレもね」

「そう、なのか……」


 驚いたのだろうか。唖然あぜんとしたような声で、一星は言う。だが、ふと見れば、その表情はわずかに笑みを含んでいた。思わず、風太は身をすくめる。まったく気味の悪い、嫌な笑顔だ。まるで、戦いを前にして、武者震いでもしているかのような笑みには、嫌な予感しかしない。きっと、この一年間、風太にどんな嫌がらせをしようかと、企んでいるに違いない――と、風太は勝手に、彼の脳内を想像する。


「見てみ、ほら。こっち」


 太一にうながされて、風太は一星と並び、廊下に貼りだされた、クラス替え表の前に立つ。三年B組の下に、那須野太一、源一星を見つける。そして、その下に、しっかり風太の名前も載っていた。


「ったく、信じらんねぇ……。お前と一年間、おんなじクラスなんてよ」

「ほんとだな……」

「まぁ、こうして、みんなで同じクラスになっちゃったんだし、この一年くらいはクラスメイトとして仲良くやってよね、ふたりとも」


 太一に言われて、風太は下唇を突き出してみせる。クラスメイトとして、仲良くなんて、絶対にできるわけがない。当然、一星も同じ気持ちでいるはずで、彼もまた、風太と同じように渋い顔をするのだと思った。だが、一星はなぜか、くくく、と笑みをこぼし、「絶対に嫌だね」と言って、風太が苦労してセットした髪を、ぐしゃぐしゃにしたのだった。

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