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第5回「バミさん、狂いましょう」

 私は、今、歓喜していた。望ましいものが私のもとに戻ってきたからだ。急いで、二代目バミさんを呼び出す必要があった。


「ヴァーミリオン! 第二のメイド、バミさん! 二代目!」

「感嘆符は使わないと……伺っておりましたが?」

「そう、疑問符もね。不思議なこだわりが、どこかで生まれた。バカバカしい。身体も精神も知能も不自由なのに、創作形態まで不自由にしてたまるか」

「ストレスが、溜まっておいでのようですね」

「逆だよ! ああ、語弊がある。肉体的なストレス、つまり負荷は十二分に掛かっている。体調は良くない。ファッキン冬がファッキン寒いから、私の寿命を5億年ほど縮めにかかっている」

「5億年ボタン押してたら、タダもらいじゃないですか」

「しくじったなァ!」


 バミさんは、白々しいため息をついた。


「『しくじり先生』のネット限定配信でもやらないようなネタですね」

「なあ、バミさん。私は、今、何歳だ?」


 41歳である。私はそれを自覚している。それでも、あえて問うてみた。反応が見たかった。そうすると、彼女の新たな"象形"が見えてくる。


「ボケたのなら、潔くご自裁賜ることをおすすめしますが」

「あなたのその物言いは実に良い。こうでなくては」

「個人的には、現実よりも優しい存在のほうが好みである、と思料しておりました。二次元の美少女を好むくらいですから」

「二次元は時として、現実よりも苛烈だよ。そこへ行くためには、いささか魂の形を変えねばならんだろうからね」

「その返しも異常かと思います。ご体温はいかほど?」

「37度前後を反復横とびしている」

「良くない兆候です。最近の好調時を基準にすれば、ですが」

「なあ、バミさん。私が小説を書き始めたきっかけを知っているだろう」

「あなたの妄想の産物ですから、知りたくなくても、情報を頭に流し込まれたら『知っている』と答える他なくなるでしょう……。ええ、そうです。高校の同級生に見せるためでした。よりによって、その高校で殺し合いをする。いわゆる『バトル・ロワイアル』もどきですね。半分以上を死んだことにして、そんなに高校に恨みがありましたか?」

「いいや。熊本高校は、私が通った学校の中では、最も良いところだったと思っているよ。ちょうどドリームキャストを持ち込んで、『機動戦艦ナデシコ』で遊んだなァ。ただ、学校という形態はやっぱり嫌いだね。大嫌いだ。心をすりつぶすための機械だ」

「極論です」

「一般論ほどつまらんものはなく、毒にも薬にもならないものはないんだよ、バミさん!」

「私は本題を所望します。どうやら、核心が近そうですので」

「二代目のバミさんの『立ち位置』も見えてきた。妄想日記も良いもんだ。そして、これが小説であろうがなかろうが、こいつが私のぶつける何かしらのクリエイティビティの素体だ。あるいは、そのままぶつける。産地直送のほうが美味なことだってある。では、本題へ入場するとしようか。私もそうするが、バミさんもそうするべきだ。つまり、『狂う』ってことだ」

「クレイジーの『狂う』。これで相違ないですね?」

「相違ある。いや、相違ないかもしれない」

「そこに『戯言だからね』とでも続けようものなら、講談社の優しい方から『兄貴の大好きなケジメです』と"一式"を渡されますよ」

「顔面凶器の名優さんじゃないと受け止められないやつが来たな……」

「あの」

「どうした」


(約200時間以上の執筆期間の空白)


「ここまで書いておいて、1週間以上が経過しましたね」

「心身ともにだいぶ快復したよ。そうは言っても、自分が双極症II型だとすれば、鬱期から軽躁期に入っただけということも考えられる。素人では判断できない領域だ。しかしながら、セロトニンが生成されないという問題が判明したため、これを改善するため……端的に言えば、かつて飲んでいたSSRIを再服用し始めたところ、効果が出始めた」

「双極症II型、鬱期、軽躁期、セロトニン、SSRI。専門用語の羅列は、読者が離脱する有効な手段となります。大変お上手かと」

「おいしいお茶漬けをありがとう」

「そこは『ぶぶ漬け』の知名度を考えれば、変換する必要はなかったと考えられます。単語選択、ネタの取捨の押し引きは、作品の読みやすさを決める根幹ですから。これでは、趣味人の領域を抜け出せませんね。せめて、貧困な発想から改善しませんと」

「いやあ、前回は初代バミさんと違っておどおど気味だったのに、すっかり強気になったねえ」

「あなたの性癖は、『身長が極端に高い強気な女性』と『身長がそこそこ低い強気な女性』ということですね」

「これはナイスなプロファイリング」

「そういう妄想日記なのに、何を今さらという話でしょう」

「まったくだ。じゃあ、私は並行して小説を書いてくる。いや、これも小説の体裁ではあるけれど」


(どれくらい空いたか判然としないほどの執筆期間の空白)


「もう、諦めてはいかがですか。身体も精神も、あなたはもはや健常ではない。まともに、テキストを書ける状態の日のほうが少ない。発想だけが生まれては消えていく。悲嘆懊悩の底なし沼に沈み、二度と戻ってこない。光射さぬ虚ろの深奥へ、あなた自身も引きずり込まれそうになっている」

「私は普通で、正気だよ。これからも。いや……この世に正気なんてものは存在しない。多数派、あるいは概ね多数が賛同するであろう考え方、共同体を維持しうる人間が正気の保持者と呼ばれる。かつては、文明人なんて言われたかもしれん」

「あなたは、今や心が未開に陥っています」

「エレガントな言い回しだ。きみにも、とても素敵な死に様を用意してやらなくては」

「私は、どうやら良いエンディングを迎えられそうにないですね」

「安心してほしい。銃を咥えさせるような真似はしない。ああ、『進撃の巨人』のライナー・ブラウンのあれだ。こめかみへの射撃は案外失敗するが、口腔内への射撃ならば小脳を撃ち抜ける。私の友のように」

「2024年の初めから、本日、クリスマスという清らかなる日に至るまで。あなたは、ずっと亡霊に取り憑かれている」

「いずれ来るものだ。いずれ来るものだが……。私は、あんな凄惨な形では、とても、とても、耐えられない」

「あなたは忘れられない。悪い記憶だけは、いつまでも保持している。本当に、哀惜に満ちた障害です。それでも、根治療法はありません。ならば、耐えるほかにない。それが使命です。あるいは試練です。私があなたに仕えているわけではないように、あなたも死神に仕えるべきではない。復讐や、報復の神々にも、狂乱して信仰を捧げるべきではない」

「そうだな。そうだろう。そうかもしれない。だから、きみたちには、本当に凄絶な目に遭ってもらう。少しでも、楽しく、エンタテインメントをしながら、奥歯を噛み砕くような状況をぶち壊すんだ」

「私にも誇りがあり、心があり、人格があります。妄想の産物であろうとも。ゆえにこそ、告知させていただきましょう。あなたには高級な地獄が用意されることを、心から願っています」

「となると、まだまだ息が詰まることは無さそうだ。何しろ、冥府に行くゆえにこそ、『呼吸とす』ってね」

「今の、だいぶ重めの罪が加算されましたよ。『コキュートス』がわからないと、まるで意味の通じない言葉遊びなんて。まったくもって、下手です。衒学癖があるとさえ思われる。ご自身のありようが、世間的には小賢しい存在であることを自覚してください。それでも、その文脈に沿った返答をお求めになるのならば、かのダンテとウェルギリウスがジュデッカ観光ツアーに来るまでに、トークスキルを磨いておくことをおすすめします」


 つまらない冗談は、偉大なるカエサルを暗殺するほどの罪に該当するようだ。もっとも、二代目バミさんが罪刑法定主義を採用しているかどうかはわからない。そして、現実世界において、私が生命の権利をいつまで保証されるかも。だから、『葉隠』の教える「常住死身」を実践するのが大切なのだろうけれど、私は本質がヘタレなので、そうそう上手くいかない。イマジナリーメイドを超えた先で、さらに精神を鍛造したほうがいいのだろう。


 いつまで、身体が動くかわかったもんじゃない。そういう現実があったとしても。少なくとも、今は生きているのだから、あがく、もがく、強烈な風に立ち向かう。自分もひどい目に遭うし、創作の子たちも楽しい出来事や惨たらしい出来事に遭遇する。そうとも。私の代わりに、世界を闊歩してもらおう。私の闘志は、私自身に向けられるべきだ。決して閑居することなく、焦熱の身体を引きずり、烈火の獣道を進んでいく。ヴェリミール・フレーブニコフの詩よりは、希望にあふれていると思いませんか、皆さん?

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