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最終話 これからもよろしく、ね

 柚希がこの町から姿を消した次の日の早朝のことだった。

 起きた後でスマホを確認すると、小泉さん……、もとい奏音からのメッセージが入っていた。


「『おはよう。雨が上がり次第朝練するから、いつもの公園に向かってね』、か」


 カーテンを開けて外を見ると重く低い雲が垂れこめていて、自動車とオートバイの通り過ぎる音に交じって雨音が聞こえた。

 雨が上がるまで待つわけにはいかないと思って、今日も朝のルーティン通りに動く。全てが終わると低い雲はそのままで雨音は聞こえなくなった。


「行ってきます」


 誰も居ない玄関で挨拶をしてから靴を履くと、奏音が待つ公園へと向かう。

 朝の早い時間帯ということもあって、道行く人はまばらだった。


「奏音、居るのかな」


 息を切らせながら、昨日も向かった公園へと向かう。

 公園の入り口に向かうと、そこには見慣れない自転車が停車していた。

 前輪のあたりにかごが付いていることからわかる通り、通学用の自転車のようにも見える。しかし、学校の通学許可証はどこにも見当たらなかった。

 一体誰の自転車なのか気にしながら、公園の中へ入る。

 公園の中にはベンチがあり、そこにはチアのユニフォームを着ている女子が一人、いや二人いる。


「ねえ、……」

「……」


 二人は仲が良くて、マイボトルを手に歓談をしている。

 フロントタイトップのシャツは左右対称で、使われている色は空色に近い青色と白の二色だけだ。

 大きめのVネックの隙間からは胸を守る黒のスポーツブラが顔を覗かせる。

 シャツの丈は短く、お腹とおへそが丸見えになっている。

 これからの時期は大丈夫なのかと思ったが、二人ともシャツの上にジャケットを身に着けていた。

 お尻を覆い隠すスカートは裾のところに二本の白いストライプが見える。もちろん、ボックスプリーツの色はストライプと同じ色があしらわれている。

 右太腿を飾るスポーティーなデザインをしたストラップと両足を包み込むニーハイソックス、青と白のストラップで彩られたリストバンド、そして一面の青に彩られたチョーカー。それらの全てが相まって、二人の魅力を存分に引き立てていた。

 二人に見とれていると、そのうちの一人がジャケットを脱いで立ち上がり、こちらへ近づく。


「ゆ・う・た・君♡」


 そのうちの一人が駆け寄ると、突然抱きついてきた。たわわな胸の感触と肌と髪から漂うジャスミンの香りが鼻腔を刺激すると、思春期男子の悪い部分が目立ってしまう。

 彼女はサラサラの長い髪をポニーテールにして、僕に無敵の笑顔を見せている。

 もちろん、そのリボンの色はスカートと同じ色だ。

 そうなると、答えはたったひとつだ。


「なっ……、奈津美!」


 高橋さん……もとい、奈津美は僕の呼びかけに応じると無言でうなずいた。


「優汰君、やっと名前で呼んでくれたんだね! 嬉しいよ」

「いいけど……、どうしてここに居るんだ? 奈津美って、住んでいるところは隣町だろ?」

「そんなことを気にしていたの? 自転車で行けばあっと言う間だよ。それに、ジョギングがてらでここまで行けるし」

「あっと言う間って……、学校に行くときはどうしているんだ?」

「いつもはバスで通っているんだよ。時々バスの中で君と見知らぬ女の子が一緒に座っているのを見たよ、私。その子って昨日引っ越した……」

「六組の子?」


 奈津美は僕を強く抱きしめながら無言でうなずく。


「でも、その子はもう居ない」

「だけど……」

「その子の代わりは居るわよ」


 次の瞬間、背中に奏音の温かくて柔らかな肉まんが重なった。

 髪の毛と肌から漂うローズの香りが鼻腔を刺激すると、また思春期男子の悪い部分が屹立する。


「アタシとナツ、それにね……」


 そう囁くと、後ろから自転車の停車する音が聞こえる。音のする方向からは、誰かの足音がする。

 黒くて長いポニーテールに奏音たちとお揃いの衣装、そして右太腿にあるストラップと同じ柄のヘアバンドは米沢さん……いや、真凛だ。


「奏音、それと奈津美、おはよう……って、優汰?」


 僕に声を掛けると、真凛は奏音と奈津美を交互に見比べて「二人とも、何をしているの?」と呟いた。


「やあ真凛、おはよう」

「おはよう、マリン」

「おはよう、真凛」


 真凛は笑顔を浮かべながらも、怪訝そうな表情で僕たちを見つめる。


「二人とも、何をしているの?」

「だって、これから優汰君と一緒だから嬉しくて……」

「ユータを味わい尽くしてから練習しようかなって、ね?」

「ね? って言われても……」

「ほら、真凛も優汰君の左腕が空いているから抱きついてよ」

「えっ、本気なの?」

「本気よ! さあ、早く」

「そう、それなら……えいっ♡」


 奏音の柔らかな肉まんが少し横にずれると同時に、右肘に柔らかくて温かい塊が触れる。奈津美に比べるとちょっとだけ小さいけど、それでも理性をかき乱すには十分の大きさだ。真凛の肌と髪からはムスクの香りが放たれ、思春期男子の悪い部分をさらに固くさせる。


「さ、三人ともどうして僕に抱きつくんだ?」

「だって、これから優汰君は私たちと付き合うことになるでしょ。だったら恋人らしいことをしておかないとね。ね、優汰君」

「学校一の美少女三人をこうして独占出来るなんて、羨ましいとは思わないかしら? ね、ユータ」

「しかも、三人とも男子の憧れのチアリーダーよ。悪いなんて言わせないわ。ね、優汰」

「そ、そうだね……。でも、その衣装は何? 学校のチア部のユニフォームじゃないんだけど」


 そう、さっきから気になっているのは三人の衣装だ。いつも見ているユニフォームはそこまで大胆ではないはずだ。

 すると、抱きついていたはずの三人が僕から離れてその衣装を見せる。


「これ? これは同じクラスで家庭部に居る友達が居てね、その子に作ってもらったんだよ。元々は奏音のライブ衣装……でいいのかな?」

「そうね。でも、これはアタシが着るのはちょっと……ということで没にしたの。ただ、もったいないからと思って家庭部の友達に頼んで作ってもらうことにしたの」

「しかも、私を含めて三人分よ。私の分はいいって言ったけど、奏音は聞かなくてね……」


 改めて三人の衣装を見てみると、胸元とおへそが際立って目立つ。

 そうなると、気になるところはスカートの中だ。盗撮対策は抜かりないのだろうか。


「その、スカートの中には何を身に着けているんだ?」

「もちろん、定番のスパッツを穿いているわよ」


 僕の顔色を窺うと、奏音はさらにもう一言付け加えた。


「これからユータはアタシたち三人の共有財産兼面白い話題の提供者になってもらうけど、それだけじゃ分が悪いでしょ? だから、ユータが困っているときはアタシたちが応援してあげるから。いいでしょ?」

「それに、応援だけじゃないよ。私は勉強が得意だから、いくらでも面倒を見てあげるよ。家事も出来るから」

「一方の私はスポーツ万能よ。もちろん、勉強も出来るけど。見たでしょ、こないだの球技大会の私の試合運びを。いくらでもスポーツの楽しさを教えてあげるわ」

「だけど……」


 三人が三人の得意分野を語り終えると、真っ先に僕の腕に絡みついたのは奈津美だった。


「私が一番だから、他の二人は見ているだけでも十分だよ」

「あ、ナツったらずるい! アタシが一番ユータのことを知っているのに!」

「奈津美、抜け駆けはダメよ。三人の共有財産でしょ」

「でもね……」

「『でも』は禁句よ!」


 三者三様で言い争いを繰り広げている様子を見ると、思わず僕は微笑みを浮かべる。

 柚希が居なくなったとしても、僕にはこの三人が居る。

 言い争いを止めると、三人は僕を見つめる。


「優汰君」

「ユータ」

「優汰」


 三人の呼びかけに思わず僕は「はい」と答えると、三人から同時に抱きつかれる。


「「「これからもよろしく、ね♡」」」


 三人の笑顔を見ると、僕は急に幸せな気持ちになる。

 幼なじみと別れたら、僕はチアリーダーたちに愛されはじめた。

 世の中は不思議だけど、そういう風に出来ている。そんなことを感じさせる衣替えの日の朝だった。


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