「優汰君、奏音、居る?」
小泉さんとのキスの余韻に浸っていたその時、僕の部屋の扉を開けて高橋さんが入ってきた。先月の同じ時期に高橋さんと大人のキスをした時と同じような光景に既視感を覚えると、僕たちは揃って顔を背ける。
「高橋さん、栗原さんは?」
高橋さんの顔を見ないように問いかけると、落ち着いた素振りで僕に話しかける。
「あの子ならとっくに帰ったよ。家の用事があるから先に帰るって。それにしても……」
高橋さんは僕たちの顔を見回すと、満足気な表情を浮かべる。
「奏音、上手くやったじゃない。これで私と優汰君と肩を並べたね」
「なっ、何を言ってんのよ、ナツのやり方を真似ただけよ。二人っきりになれば自然とキスするって、ね」
小泉さんは高橋さんの顔を見ないようにして話しかける。呆気にとられていると、高橋さんはどこからともなくスマホを取り出す。
「それに、優汰君と奏音がキスしていたところもばっちりと写真に収めているよ」
高橋さんは素早くスマホをタップし、僕に画面を見せてくれる。後ろから撮っていたからか肝心の僕の顔は見えず、小泉さんの顔がギリギリ見えるくらいだった。
「ナツ、ひょっとして写真に収めていたの?」
小泉さんは顔を真っ赤にしながら高橋さんに問うと、高橋さんは屈託のない笑顔を浮かべる。
「そうだよ。藍那を送り出してからすぐに二階に上がったら、ね」
「……誰かに流すってことはしないでしょうね?」
「まさか! 私はそんな真似しないよ」
高橋さんはまた笑顔を浮かべて、僕の右隣に座る。サラサラとした彼女の髪の毛と玉のような身体からは、ジャスミンの香りが漂っている。香りは僕の鼻腔を刺激し、いつの間にか思春期男子の悪い部分が目立つようになる。
「さて優汰君、奏音とキスしてどうだった?」
「え? どうだったって言われても……」
「とぼけないでよ。舌を入れたキスをしたんでしょ? どうなの?」
得意げな顔をして高橋さんが問いかけてくる。しかも、僕との距離を詰めてまで。
ジャスミンの香りがさらに強く漂い、僕の理性に揺さぶりをかける。
「いや、その……」
「はっきり言いなさいよ。ね?」
ふと、脇に座っている高橋さんの服装に目をやる。
この季節に良く似合う薄手のブラウスからは、たわわな果実を覆い隠すブラジャーが透けて見える。
「どうしたのよ、優汰君? 私の胸ばっかり見て」
高橋さんの言葉に思わず顔を背ける。
彼女のたわわな胸を見ていると、不思議なことに小泉さんの舌の感触を思い出した。
「……入れました……」
「え、何?」
「舌、入れました……」
「ふふっ、やっぱりね」
僕がそう話すと、隣に座っている小泉さんは顔を真っ赤にしていた。
「は、恥ずかしいわ……。まさかアタシもキスするなんて……」
高橋さんが小泉さんの顔を覗き込むと、彼女は恥ずかしさから両手で顔を覆っていた。
「奏音はどう? 優汰君とキスした感想は?」
「え、その……」
「どうなの?」
「……良かったわ。だけど……」
「だけど?」
「キスした瞬間、股の付け根がムズムズしたのよ。これってひょっとして……」
小泉さんの話を聞いて、高橋さんは首を傾げる。
先程のことを少しだけ思い出していると、高橋さんが小泉さんの背後に回りこみ、小泉さんのスカートの奥に手を突っ込んだ。
「ちょっと、高橋さん?」
動揺する僕をよそに高橋さんは真顔で小泉さんの股間をそっと触る。
「何するのよ、ナ……、ぁ……、はぁ……ン」
小泉さんは抵抗する間もなく、今まで聞いたことがない艶っぽい声を漏らして身体をくねらせた。
気まずくなった僕は視線を泳がせて気を紛らわせようとしていた。一方の高橋さんは頬を紅潮させてはいるものの、顔色は大して変わってはいなかった。
突っ込んだ手をゆっくりと引き抜くと、高橋さんは僕の右隣に座り直す。それから右手を僕の前に差し出すと、親指と人差し指をこすり合わせてから指の腹を見せた。
「これ、何だと思う?」
高橋さんの問いかけに何と答えていいかわからず、僕は口を閉ざす。しかし、高橋さんは僕のことなどお構いなしに話を続ける。
「奏音、興奮していたのよ。優汰君とキスして、ね」
「興奮したって……、それってつまり……」
「優汰君のことが好きだってことよ。私もそうだったもん。優汰君とキスしたときも、ここがムズムズしたんだよ」
高橋さんはポケットティッシュで右手を軽く拭うと、股間の付け根を指し示した。
「つまり、高橋さんもキスしたとき……」
僕の答えを待たずして、高橋さんは無言でうなずいた。
「何て言えばいいんだろう、優汰君のことを思うとどうにかなっちゃいそうなのよ。さっき奏音と優汰君がキスした後も、ね」
そう話すと、艶やかな声を上げていた小泉さんが顔を上げる。
「それはアタシもよ」
「奏音、聞いていたの?」
「もちろんよ。アタシのほうがナツに比べてユータのことを好きでいた期間が長いんだから! ……それでね、いいアイディアを思いついたのよ」
「何?」
すると、小泉さんはどこからともなくスマホを取り出して、セルフィーモードで写真を一枚撮る。それからスマホを慣れた手つきでタップする。
「ちょっと小泉さん、一体何を……?」
「決まっているでしょ? マリンに送るのよ。……ところで、マリンはどこに住んでいるのか知っている?」
「この町に住んでいるのは確かだけど、どこかは知らないな」
「学校の近くにある田んぼが広がっているところよ。今の時期は稲刈りで忙しいって話していたからね……はい、送信っと」
いつもだったら顔を合わせる米沢さんが居ないのは、そういうことだったのか。納得する間もなく、小泉さんは米沢さんへのメッセージを送り終えた。
「一体何を送ったんだよ」
僕が問いただすと、小泉さんは不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっとしたことよ。『たとえこの場に居なくても、ユータと仲良くしよう』ってね」
「それって、まさか僕と小泉さん、米沢さん、高橋さんと一緒に……?」
「そうよ。ユータは今日からアタシとナツだけでなく、マリンを含めて三人の共有財産兼面白い話題の提供者ね。これからは三人のために精一杯頑張ってもらうことになるから、覚悟しなさい」
「三人って……」
僕は心の中で頭を抱えた。高橋さんと小泉さんとキスしただけでもたくさんなのに、軽くキスしただけの米沢さんまでもが加わるのはどうなのだろうか。
「奏音、三人は無茶だよ! 私だけでも十分だって!」
「ナツ、アタシが居なかったらユータに対して告白できなかったじゃないの。それに、ユータと知り合ったのはアタシが先なんだから」
「ホント?」
「ホントよ。アタシとユータは幼稚園の頃に出会ったのよ! ね、ユータ?」
「う、うん……」
僕がうなずくと、二人がさらに詰め寄る。言い争いをしているようにも見えて、仲が良さそうにも見える。
また心の中で頭を抱えると、こういうのも悪くはないと感じるようになった。
他人は他人、自分は自分、人生すべての答えは己の中にある。