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第54話 自信を持って伝えよう

 球技大会が無事終了し、帰りのSHRが終わると僕たちは一目散に学校を離れた。

 僕たちのクラスは結果だけ見れば善戦したものの、高橋さんが居るクラスには及ばなかった。いくら男子が束になっても、女子専用のクラスの結束力にはかなわない。


「これから打ち上げに行く人、手を挙げてー!」

「はーい!」


 陽キャとか一軍と俗に言われている生徒たちが打ち上げのコンパに向かう一方、僕と小泉さんは大人しく自宅へと戻ることにした。もちろん、隣のクラスに居る高橋さんも一緒だ。

 ちなみに、本日は活動日であるにもかかわらず部活動はお休みとなった。先生も生徒たちと一緒にスポーツを楽しんだせいもあって、全員がくたくたになっていた。


「日野先生のお陰でゆっくり休めそうね」

「日野先生も忙しいことを考えると、そうもいかないけど」

「そうだね、先生もここ最近は大変そうだったからね」

「一昨日の授業も生徒に教えてもらっていたからね」


 そう話すと、僕たちは互いに笑いあった。

 小泉さんたちと一緒のバスで帰るようになって、もうすぐ一カ月となる。ゆとりのない生活を送っていた吹奏楽部と違い、今は日野先生の厚意に甘えて部活動にいそしんでいる。先生は僕たちが思っている以上に忙しそうだけど、日野先生を見ていると楽しんでいるように思えてくる。


「日野先生って、彼氏いないのかな?」

「ナツったら……。先生も人の子よ、居るに決まっているでしょう。それにね、日野先生は来年結婚するのよ」

「ホント?」

「西の山奥に私立高校があるでしょう? 相手はその学校の先生をしていて、しかもその学校の野球部OBなのよ。それに、日野先生はその学校でチアリーダーもやっていたのよ」

「誰から聞いたんだ、その話」

「あら、ユータも意外とそういった話が好きなの?」

「いや、ちょっと気になってね」

「ミオ先輩から聞いたの。ユータも覚えているでしょ」

「ミオ先輩……。ああ、手塚先輩のことか。三つ編みおさげが特徴的な三年生……だったかな?」

「よく覚えているじゃないの」

「静かに使ってください、って中間試験の時に叱られたからね。それで、手塚先輩がどうかしたのかな」

「以前市立病院が建っていたところに大学があるんだけど、そこの推薦を考えているらしいのよ。もし推薦入学が決まったら、また練習に参加したいって話していたわ」


 話を聞いて、僕は何かを思い出しつつも彼女の本当の姿に驚きを隠せなかった。

 あの大人しそうな見た目の手塚先輩がチアリーディング部に所属していたなんて思わなかった。推薦入試で大学に入るということは、勉強にも力を入れているのだろうか。


「信じられないと思うでしょ? でもね、手塚先輩は勉強のほうが凄いんだよ。何せ学年でもトップクラスなんだよ」

「それにね、文化祭の演技披露も凄かったんだから! 今度ユータにも見せてあげたいな」

「まさか、文化祭の時の模様をビデオを撮ってあるのか?」

「Of course! ナツの踊っているところも凄いけど、ミオ先輩はさらに上を行くのよ! ミオ先輩もナツと同じ未経験者だけどね……」


 小泉さんが手塚先輩のことについて興奮気味に話していると、聞き慣れた停留所の名前が読み上げられた。


「そろそろ降りる準備をしようか」

「そうね」


 僕と小泉さんは咄嗟におしゃべりを止めると、示し合わせたように降車準備を始めた。降車場所の近くで降車ボタンを押し、バスが完全に止まったのと同時に座席を立って高橋さんに別れを告げる。

 バスが立ち去った後、僕は明日のことを気にしていた。日野先生の婚約者の話を聞いていたら、ふと中間試験の頃に手塚先輩にお叱りを受けたことを思い出したのだ。


「ところで小泉さん、明日はどうするんだ?」

「明日? 明日は……そうね、いつもと同じように家の近くにある公園で練習して、それから家に戻って勉強するなり、音楽を作ったりするわ。それがどうかしたの?」

「栗原さんから何か連絡来ていない?」

「連絡? 何の?」

「明日の、だよ。昨日と同じように栗原さんに呼び出されて、そこで幼なじみの見送りに行ってあげてくれって言われたんだよ」

「えっ、ホント?」


 事情を説明すると、小泉さんは歩みを止めてスマホを取り出して確認する。


「あ、ホントだ。『明日だけど、阿部さんの見送りに行きたいから優汰君の家がどこにあるか教えて』、だって。アイナに教えてあげてもいいかしら」

「そのほうが良いよ。ここら辺は結構迷いやすいからね」


 僕がそう話すのも無理はない。現に幼い頃は何度も住宅街の中で迷子になって、その都度コミュニティセンターの近くにある警察のお世話になった。ただ、そういうことがなければ小泉さんと出会っていなかったし、高校に入って再会することもなかった。今となっては自宅のある場所も把握できるようになったし、多少のことでは迷わなくなった。


「アイナから返答があったわ。『わかった』って」

「これで明日は大丈夫だな」


 小泉さんが心からの微笑みを見せると、僕も嬉しくなった。

 いよいよ明日は柚希がこの街を離れる。

 幼い頃に柚希が外出して家に居なかった日、一人で遠出した時に一人の女の子と出会った。そして今、その女の子と僕は仲良くなっている。

 明日柚希に会ったら、僕は変わったということを伝えよう。それが新しい土地で新しい生活をすることになる柚希にとっての励みになるかは分からない。それでも、僕は自信を持って伝えよう。

 僕は帰り道を歩きながら、柚希の見送りのことを考えていた。柚希にかけるの最後の言葉を考えながら。

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