「小泉さん、お願い!」
「ハイ!」
お昼休みが終わると、体育館では一年生女子のバレーボールの試合が始まっていた。
午前中のバスケの試合と同様に、僕はキャットウォークのギャラリーから小泉さんたちが六組の女子チームと戦っている様子を見ている。
男女ともバレーは原則一クラス一チームで七点先取のトーナメントとなっていて、熾烈な戦いが繰り広げられる。女子のバレーは男子のサッカーと同じように球技大会の一番の見せ場で、応援団やチアリーディング部の部員が応援に駆けつけることもある。
「フレー、フレー、四組! レッツゴー、レッツゴー、四組!」
現に僕たちの隣で試合をしている四組はチアリーディング部から米沢さんが駆けつけていて、試合に出ている生徒たちを応援している。
「フレー、フレー、さ・ん・く・み! それ!」
一方、僕たちのクラスは小泉さんがコートの中で戦っているため、同じクラスの応援団の団員が必死になってエールを送っている。応援練習では声が出ずに外された僕でも、今日はそんなことをまったく気にしていない。何せ小泉さんは試合前に「六組をぶっ潰す!」と男子生徒の前で宣言したのだから、勝てなかったら意味がない。
「後少しで勝てるぞ! 頑張れ!」
応援団員が声を嗄らしながら叫んでいる姿を見て、僕もつい声を張り上げた。
僕たちの声援に応じて、小泉さんは六組の女子が放ったボールを追いかける。サイドラインすれすれのところで右手がボールを捉えた。自信がないと言っていたのが嘘のようだった。
ギャラリーから歓声があがると、ボールは狙ったようにセッターの手に渡る。そこからコートの中央を狙って強烈なスパイクを叩きこむと、相手チームである六組は見事に反応しきれず、見事にマッチポイントを叩きこむ。
「試合終了! 七対三で三組の勝利!」
「やった!」
「小泉さん、お見事!」
チームメイトが走り寄り、見事なプレーを決めた小泉さんを囲む。
もちろん、喜んでいるのは小泉さんたちだけではない。応援に駆けつけてくれている男子生徒も同じ気持ちになっている。
「ホント、良かったな」
「ああ、まさか小泉さんが最後に決めるなんて思ってもみなかったぜ」
「チアと音楽だけだと思っていたけど、まさかバレーもやれるとはな」
男子生徒たちは口々に小泉さんへの賞賛の声を上げる。
何を隠そう、僕も小泉さんがここまで頑張りを見せるなんて思ってもいなかった。これも小泉さんと柚希が顔を合わせたからなのだろうか。
様々なことを考えていると、後ろから誰かが肩を叩いた。
「誰だ……って、小泉さんか」
振り返ると、そこには汗にまみれて首にタオルを掛けていた小泉さんが立っていた。
「何だ、じゃないわよ。見ていてどうだった? さっきの試合は」
「良かったよ。最後はナイスアシストだったじゃないか」
「あっ、あれは……たまたまよ、たまたま」
小泉さんは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに答える。
たまたまなんかじゃない。先程の試合で見せたアシストは、僕が変わったことを受け入れない柚希に対抗心を見せたからだ。
「さっき小泉さんが言っていただろう、『ユータが変わったことを受け入れないあんなヤツ、ぶっ潰してやる』って。小泉さんが言った一言で自らを奮い立たせたんだよ」
僕がそう説明すると、小泉さんはツインテールにした髪をかきあげてから「そうね」と答えた。
「ユータが幼い頃言っていた通りね。アタシ、試合中ずっと自分のことを応援していたのよ。そうしたらね……」
小泉さんが何か言いたそうな表情で僕を見つめた。
「どうかした?」
「ううん、何でもないわ」
小泉さんは何かを言いかけて止めた後で笑顔を浮かべた。その笑顔はいつも見せるような悪戯心に溢れた笑顔ではなく、心からの笑顔だった。
それと同時に、幼い頃小泉さんに自分を応援してみたらと提案したことを思い出した。
間違いない。幼い頃に会った女の子は小泉さんだった。
だけど、あの時小泉さんと一緒に居た時間はあっと言う間だった。あの時僕の姿を見かけて呼び出したのは……。
「優汰」
そう、柚希だと思い出した瞬間、彼女が僕の後ろに立っていた。
「柚希、いつから居たんだ?」
「さっきからよ」
柚希は表情と声色からして不機嫌で、小泉さんに負けたのがさぞかし悔しいのだろう。
怒りをコントロールしながら上手に連携し、六組を封じ込めた小泉さんは見事としか言いようがない。
「ホント、完敗だったわ……。アタシが打ったスパイクをあっさりと返してゲームを決めるなんて、大したものね」
「まあ、それはいいじゃないか。柚希も頑張ったし」
「良くないわよ。これが最後だと思って頑張ったのにどうして、どうして……!」
柚希は悔しさを滲ませながら、握りこぶしを握りしめる。声は震え、目には涙を浮かべている。このままだったら恨み言のひとつやふたつでは済まないだろうと覚悟を決めていた、その時だった。
「阿部さん、あなたも精一杯頑張ったでしょ。だから悔しがらないで」
柚希と同じクラスの栗原さんが彼女の背後から優しい声を掛けた。ビブスを身に着けているということは、彼女も試合に出ていたのだろうか。
「栗原さん……」
それからハンカチで涙をふくと、踵を返してからもう一度僕のほうを振り向く。
「優汰、さっき話した通り明日の見送りは要らないから。じゃあね」
僕たちに向かってそう話すと、柚希はそのまま去っていった。
柚希の後姿は寂しげで、先程まで強気なセリフを口にしていた印象は見られなかった。
「何なのよ、アイツ」
「さあて、ね……」
腹立たしさを抱え込んだままの小泉さんに対して、僕は冷静さを保ったまま去り行く背中を見送った。柚希と同じクラスの栗原さんも少しだけ悔しさを滲ませつつも、冷静さだけは保っていた。
「……優汰君、ちょっといいかな」
「何?」
「ここだとまずいから、外に出て話そうよ……奏音、昨日と同じように優汰君を借りるね」
そう話すと、昨日と同じように栗原さんが僕の左腕に抱きついてきた。
一瞬だけ栗原さんの人目を憚らぬ行動に小泉さんが嫉妬しないか心配した。チームメイトを想う気持ちが勝ったのか、小泉さんは「分かった」と言った。
「それと、次の試合もあるから手短にね」
小泉さんの一言を聞いてうなずくと、僕は栗原さんに導かれるまま体育館の外へ向かった。