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第50話 出たら出たで応援してね

「はぁ……」


 お昼休みに入ると、普段は元気いっぱいの小泉さんがため息をついていた。

 高橋さんとキスした日から、小泉さんはお昼休みに軽音楽部の部室に行くことが少なくなり、教室で食べることが多くなった。もちろん、僕と一緒に会話することも。

 小泉さんは午前中から不機嫌で、お昼休みに入ってもそのままの状態だった。

 朝ならまだしも、昼までこの状態では女の子の日なのかと疑った。しかし、仮にそうだとしたら身体のどこかが悲鳴を上げているだろう。生理痛で苦しんでいる母さんを見ているから、そういうことは一目で分かるのだ。


「どうしたんだよ、小泉さん」


 僕は母さんの手製の弁当を食べる手を止めて、憂鬱そうな表情を浮かべている小泉さんに問いかけた。


「バレーに出たくないのよ。学年対抗なのに、どうしてアタシを引っ張り出したのかしら……」

「仮に出るとしても、補欠だろ? だからあまり気にしなくてもいいよ」

「それはそうだけど、場合によっては出なきゃならないのよね……」


 お昼に入っても、小泉さんの口から出てくるのはため息ばかりだ。あっと言う間に食べ終わるはずの弁当にも手を付けておらず、バレーの試合に出るのが嫌だと言うのが一発で判別がつく。


「食欲がないのか?」

「あるけど、どうもね……」

「食べないと、午後の試合で動けなくなるよ」

「分かっているわよ」

「朝食は食べたのか?」

「あのねぇ、朝食は食べたわよ」

「へぇ、それで何を食べたんだ?」

「トーストとサラダ、ハムエッグ、コーヒーよ」

「全部食べたのか?」

「当然でしょ。そうでもなきゃ、ここまで大きくならないわよ」


 小泉さんの身体を見る限りでは、身長と体重、スリーサイズともに順調な発育ぶりだ。

 特に身長とスリーサイズはベース担当の高橋さんたちに比べると今ひとつかもしれないけど、それでも十分すぎる。

 少しだけお茶を飲んで口の中にあるものをさっぱりさせようとしてマイボトルに手を伸ばした途端、小泉さんは僕の顔を見て何かを思い出した。


「そういや、さっき新体操部の部室でアイナと話していたわよね。一体何を話していたのかしら?」


 小泉さんは期待と不安が入り混じった笑顔を浮かべた。

 ごまかしが利かないと分かっているので、正直に話して小泉さんを落ち着かせよう。そう決意し、深呼吸をしてから重い口を開いた。


「幼なじみのことを話していたんだよ。アイツ、沼倉に抱かれていた」

「えっ、ホント?」


 一瞬、弁当に手を付けようとした小泉さんの目が点になった。

 しかし、ここで嘘をつくわけにもいかない。心の動揺を抑えながら、僕は小泉さんに返答する。


「残念ながら、本当だよ」

「……そう……」


 力がない感じで小泉さんはそう答えた。


「……幼なじみが処女じゃなくなったというのに、あっさりなんだな」

「だってね、幼なじみと言っても既に赤の他人でしょ。ユータはどう思ったの?」

「僕か? 僕は……、まあ、仕方がないなって」

「そう。ユータは幼なじみのことは何とも思っていないってことね」

「そういうことになるね。それからは猥談の嵐で、後一歩で栗原さんとキ……」

「キ?」

「キ……」


 小泉さんに「キスどころかそれ以上になりそうだった」と伝える間もなく、男子生徒たちに追い回される光景が脳裏に浮かんだ。

 それに、ここは教室だ。他の生徒たちも休憩をしている。もしもそのことを誰かが耳にしたら、再び鬼ごっこをしなければならなくなるのは必定だった。


「……何でもない。早くご飯を食べないと、いざという時に動けなくなるよ」


 僕は顔を真っ赤にしながら小泉さんの追及から逃れようとした。

 すると、あっと言う間に小泉さんはいつものような表情を見せる。


「あ〜っ、ずるい! 教えてくれたっていいでしょ? 教えたら食べるから!」

「ダメだよ、それじゃ。ちゃんと食べないと動けないよ」

「どうしてもダメ?」


 小泉さんが一瞬だけ瞳をウルウルとさせる。だけど、僕は動じずに厳しい姿勢で臨んだ。


「どうしても、だ。ちゃんと食べて試合で勝ったら、教えてあげるから」


 そう答えると、小泉さんは膨れっ面をして僕の顔をじっと睨んだ。


「……ホント?」

「ああ、ホントだ」


 念を押して小泉さんに答えると、小泉さんは観念したかのような顔を見せた。


「……分かった。ちゃんと食べるわ。集合時間に間に合わなくなるからね」


 そう話すと、小泉さんはいつものペースでお昼を食べ始めた。僕が食べ終わってマイボトルのお茶に手を出すタイミングで、小泉さんもやっと食べ終わった。互いが弁当を片付けると、くっつけていた互いの机を元の位置に戻した。


「さ、て、と……。バレーの試合、見に来てくれるわよね?」

「当然だよ。サッカーは……」

「まさか、『参加したくない』なんて言うんでしょうね」

「よく分かるじゃないか。本当のところは、見学していたらいつの間にか参加させられた……ってなるのが嫌だからね」


 本当のことを言えば、サッカーに参加するまでの体力は昨日のうちに使い果たした。

 千葉が虫垂炎で入院した代役を果たした以上、今日ばかりは女子の試合をゆっくりと見たいからだ。たとえ男子生徒に冷たい目で見られても一向に構わない。


「それはお互い様よ。だけど、ユータが応援してくれるならば百人力よ」

「出るかどうかはわからないのに、か?」

「それは禁句よ。出番なしで終わるのが理想だけど、出たら出たで応援してね、マネージャーさん」

「マネージャーって……、まあいいけどさ」

「それじゃ、ここで駄弁っていないで体育館へ向かうわよ!」

「あ、ちょっと、小泉さん!」


 そう話すと、小泉さんはタオルなどが入ったスポーツバッグを肩にかけて体育館へと歩みを進めた。


「うかうかしていられないな。僕も行かないと」


 最小限の荷物が入ったバッグを手に取ると、僕も小泉さんの後を追って体育館へと向かった。この調子ならば、集合時間に間に合うはずだ。


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