「あの三組の清水が? 嘘だろ?」
「ホントだって。最後のシュートで見事に決めたんだぜ。清水、千葉の代役とはいえバレーボールの試合でも期待してるぜ」
キャットウォークでは、次のバスケの試合に出る生徒たちが準備をしていた。何せ一試合五分で二コートを占有しているから、次から次へと試合が進むからだ。
先ほどの試合で決勝点を決めた僕のことを話題にしているようで、期待と羨望の眼差しが僕に降り注ぐ。
「あのな、僕が言うのもなんだけど、さっきの決勝点は偶然だったからな。期待はしないでくれよ」
「それはそうだけど、午後のバレーボールでも活躍してもらわないと気が済まないじゃないか」
「さっき応援してもらった小泉さんと高橋さんとはどういう関係なんだよ? え?」
生徒たちの話を軽く流そうとしても、午後に開催される男子バレーボールの試合に出る生徒たちが僕を取り囲んで離さない。
高橋さんと米沢さんとはキスをした一方で、小泉さんとはキスすらしたことがない。せいぜい日曜日に特訓をして身体をちょっとだけ触れた程度だ。もしそんなことを女子に飢えている男子生徒たち、特に以前の僕のような陰キャに知られたらどうなるか分からない。
「同じチア部の部員だよ」
僕がそう答えると、準備をしている男子生徒たちからは驚きの声が上がった。
「清水、それマジか?」
「チア部って、運動部男子だけでなくて全校男子の憧れの的で、しかもSランク美少女ばかりの……」
「軽音楽部と掛け持ち小泉さんも所属しているところか?」
「本当だよ。これ以上の詮索はなしにしてくれよ」
僕はこれ以上追求されると次の試合に出る生徒たちの士気に関わると思い、話を打ち切ろうとする。しかし、Sランクの美少女とお近づきになりたい男子生徒たちにとっては逆効果だった。
「何だよ、水臭いな。彼女たちのことを教えてくれたっていいじゃないか、清水」
「俺たちだってお近づきになりたいんだよ。何せこっちは硬式テニス部でさぁ、応援してくれるのはいつも補欠の連中ばかりなんだよなぁ」
「何言ってやがるんだ、こっちは剣道部だぞ! チアとは全く無縁だし、あまり可愛くない連中ばかりだぞ」
「頼むから清水ちゃんよぉ、彼女たちのことを教えてくれてよ。吹奏楽部に居る女の子はどうも好みの子が居ないからな、いいだろ?」
「だーかーらー、勘弁してくれよ!」
必死にはぐらかそうとしても、男子生徒たちは僕の周りから離れようとしない。
このまま本当のことを話すしかないだろうと諦めの表情を浮かべていたら、背後から「ねえ」と妖艶な声が聞こえた。
振り返ると、そこには胸元まであるサラサラなロングストレートの髪をたなびかせながら上下ともにジャージ衣装を着こんだ桜井先生が立っていた。日野先生と同じようにある部分が目立っていて、男子生徒たちが一様に前屈みの姿勢を取った。米沢さんにも似て妖艶な瞳は少しだけ怒りに満ちていて、見たもの全てを震えあがらせるのに十分だった。
「清水君を困らせちゃダメじゃない。次の試合はあなたたちの出番よ」
「さ、桜井先生……」
「でも、まだ試合がまだ終わらなくて……」
「そんな悠長なこと言っている余裕は無いわ。五分なんてあっと言う間よ。いつでも試合に出られるように、さっさと準備しなさい!」
「は、はいっ!」
桜井先生の鶴の一声で、僕の周りに群がっていた男子生徒たちは一目散に退散した。
やっと一息ついてキャットウォークの手すりにもたれかかると、桜井先生が僕に話しかけてきた。
「清水君、ちょっといい?」
「は、はい」
「清水君って、チア部に転入部して良かったと思う?」
桜井先生は引き締まった瞳を僕に向けて問いかける。
眼下では相変わらずバスケットボールの試合が行われていて、向こう側のキャットウォークから声援を送る生徒たちの姿がありありと飛び込んでくる。
「もちろんです。幼なじみのこともありましたから」
「六組の阿部さんよね、清水君の幼なじみって」
「そうですね。先生にも何度もお話ししましたけど、小さかった頃からずっと一緒でしたから」
「その子には色々と苦労させられたのかしら?」
「そうですね。柚希はああ見えてスポーツが万能で、いつも人並み程度の実力である僕をバカにするような目で見ていました。それなのに勉強は今ひとつで、僕に頼りっきりでした。テストでいい点数を取ったら自分の手柄のように自慢して、良い点数でなかったときは僕のせいにして……。それに、僕は柚希の添え物みたいな扱いでしたから」
「添え物? どういうことかしら?」
「先月末の土曜日に近所の公園に呼び出されたんです。そこで、吹奏楽部に入った理由を話してくれました。僕と一緒に居た方が、取っ掛かりが出来るからだって……」
「ふぅん……」
「詳細はお話するとややこしいことになるので避けますが、そんな時に小泉さんが色々と動いてくれて、そこでチア部にマネージャーとして入らないかって誘ってくれました。今は毎日大変ですけど、楽しいですよ」
「そうね。今の清水君、活き活きしているもの」
桜井先生は手すりから手を離すと、慈愛に満ちた表情で僕を見つめる。雨模様だった心の中に青空が広がっていった。
「体育の先生から聞いたけど、ここ最近体育の授業でも絶好調じゃない。一体どうしたのかしら?」
「いや、それは……。恐らく、柚希にかけられた呪いが解けたからです」
「どうしてそう思うのかしら?」
「さっきもお話しした通り、柚希は勉強が出来ないくせに僕のことを見下したような目で見ていました。勉強が出来てもスポーツはダメだって。それでずっとスポーツが苦手だったと考えるようになりました。ですが、チア部の部員たちと一緒に過ごしてからは、その呪いもあっと言う間に消え去りました」
笑顔を浮かべながら話すと、桜井先生はホッとした表情を浮かべる。
「そうね。清水君は今が一番輝いているわ。クラスで陽キャと見られている生徒たちとうまく付き合えているし、何も問題ないわ。今まであなたは大変な思いをしたけど、これからもっと良くなるわ。ちなみに、清水君の信条としている言葉って何?」
「『他人は他人、自分は自分。自分を信じて歩く』、ですね。どこかの不良漫画の主人公の信念がそのまま息づいています。無論、信念を曲げたことなんて一度もありません」
胸を張ってそう答えると、桜井先生は腕を組んで大きくうなずいた。そのたびに桜井先生の自慢の胸が揺れ、つい思春期男子の悪い部分が目立ちそうになった。
「清水君」
「は、はい!」
力強く返事をすると、桜井先生はローズヒップの香りを漂わせながら僕のもとに近づき、僕の両肩に手を置いた。
「その信念、絶対に曲げちゃダメよ。誰が何を言おうと、今の信念を貫きなさい」
桜井先生が艶めかしい声でそう諭すと、「はい!」と力強く返事をした。
午後のバレーボールは学年ごとのチーム対抗となる。他のクラスの生徒たちに悟られないように気を配らねばと自らを奮い立たせ、次の試合のためのウォーミングアップを始めた。