「清水、後は任せたぞ!」
同じクラスの野球部員からボールを受け取ると、勢いに任せて相手の防御をすり抜ける。先週の土曜日に練習した成果を思う存分発揮するチャンスだと捉え、次から次へと相手の妨害をかわす。そのたびに体育館シューズと床の摩擦音が響く。
隣のコートからもボールを叩きつける音と体育館シューズの擦れる音、そして互いのチームに対する声援がこちらの耳にも届く。そちらの試合に気を取られてはならないと全神経を僕たちと相手チームに集中させ、シュートを放つ。
「させるか!」
上級生が僕の放ったボールを奪おうとするが、ギリギリ届かずにボールはゴールに吸い込まれる。相手はあまりパッとしない感じの僕が見事にシュートを決めた姿を見て、その場に立ち尽くした。
相手チームが悔しがりながらセンターサークルに戻ろうとすると、丁度良いタイミングで試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
「試合終了! 一年三組の勝利!」
審判を務める生徒がそう告げると、僕たちのクラスの応援をしていた女子生徒からは黄色い声援が飛び交い、クラスメイトたちが僕のところに駆け寄ってくる。僕たちのクラスは一試合五分、休憩三分の勝ち抜きトーナメントとなるバスケの試合の初戦を見事に制した。
「やったな、清水!」
「普段は自信がなさそうな感じなのに、大したもんだぜ!」
「いやいや、皆のおかげだよ」
「謙遜するなよ。それにしても、パッとしない清水がここまで変わるなんて、信じられないぜ」
傍から見る限り陽キャっぽい生徒も居れば、野球部員のように素朴な見た目の生徒も居る。陽キャが陰キャを愚弄するも、最後は陰キャが策を巡らせて陽キャを駆逐する構図のネット小説が多い昨今、この光景は珍しい。努力は裏切らないとはまさにこのことだ。
「ユータ、お疲れ様」
「頑張ったね」
汗を流しながらキャットウォークに向かうと、体操着姿の小泉さんと高橋さんが出迎えてくれた。小泉さんはともかく、高橋さんの体操着姿をお目にかかるのは初めてだ。高身長でありながら均整の取れたプロポーションといつもとは違う姿に、僕は一瞬胸の高鳴りを覚えた。
「高橋さん、その恰好似合っているよ」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
高橋さんが天使のような笑顔を見せると、隣に立っている小泉さんが品を作って身体をくねらせながら色目遣いをする。
「ユータ、アタシの体操着姿はどうかしら?」
「う~ん……、いつも授業で見慣れているからなんとも……」
ぶしつけに答えると、小泉さんは不満げな顔を見せる。
「ちょっと、反応はそれだけなの? もう少し褒めても良いんじゃない? ねぇ、ユータ」
小泉さんがぐいぐいと顔を近づけると、いつも使っているシトラスの香りが一段と強く感じるようになる。ただでさえ思春期男子の悪いところが目立つのに、さらに大きくなりそうだ。
「一生懸命応援したおかげで頑張れたよ。ありがとう」
「どういたしまして」
小泉さんは笑顔を見せると、付け加えるようにしてポンポンをまた手に取る。色は青と白で、チア部で使っているものとほとんど同じだ。
ただ、使い込んでいるせいもあってか至る所が痛んでいるようにも見える。
「そのポンポンって、小泉さんのか?」
「そうよ。チアリーダーを再びやるようになってからずっと手元に持っているの。今ではすっかり癖になったわ。これでユニフォームを着て応援したら、みんな注目するかもね」
「奏音ったら、応援好きなんだね」
笑顔で高橋さんが話しかける。
「ナツの言う通りね。皆が頑張っている姿を見ていると、不思議に人を応援したくなるのよ。それに、常にチアのユニフォームを着ていたいくらいよ」
「それだったら、ずっと着て応援していたほうが良いんじゃないのか?」
「ユータまでそれを言うの? 四六時中あのユニフォームを着るのは、その、恥ずかしい……じゃない……」
そう言った途端、小泉さんは顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「確かにね。あのユニフォームは丈が短いし、胸が大きくなると……その……カーテンみたいになっちゃうのが大変なんだよね」
高橋さんもそう答える。
ワイシャツやブラウスと違って、スカートに裾を突っ込むわけにもいかない。そうなると、巨乳だと否が応でもたわわな胸が目立ってしまう。ここ二週間ですっかり見慣れたせいもあって悪い部分が反応するのも収まったが、入った当初はしきりに反応していた。
僕たちが他愛もない会話をしていると、ふと後ろから男子生徒の気配を感じる。
振り返ると、そこにはバレーの試合に出る予定の森谷が立っていた。森谷はバスケ部に所属しているらしく、身長は僕よりも十センチメートルは高い。やんちゃしているようにも見えるが、ここの男子生徒といったところで割と大人しい。
「おい、清水。お前、なんで小泉さんたちと一緒に居るんだよ」
森谷の口ぶりはまるで刺々しく、僕に対して敵意を向けているのかと感じた。
「お前こそなんだよ。僕みたいな陰キャが小泉さんと親しくするなとでも言いたいのか?」
そう言い返すと、森谷は呆れた顔を見せて僕に言う。
「あのなぁ、そんなことを言いに来たわけじゃないんだぜ。ここで駄弁っている暇があったら、午後から始まるバレーボールの試合に出る支度しとけって言いに来たんだよ、俺は」
「えっ? 僕が出るのか?」
「当たり前だろ! 千葉、虫垂炎で病院に運ばれたのを知らなかったのか?」
「そりゃ知っていたさ。手術したうえで五日間入院だって先生から連絡があったからな」
「分かってんじゃないか、お前。だったら早く準備しようぜ」
積もる話もしたいけど、そう言っていられないならば仕方がない。
「それじゃあ小泉さん、また後で」
「またね、ユータ。それと……頑張りなさい。アタシとナツが見ているわよ!」
「ありがとう」
僕が笑顔でそう返すと、背後に控えた小泉さんが咄嗟にポンポンを取って腰に手を当てる。無論、高橋さんも一緒だ。
「Go! Go! Victory! Go! Go! Victory! You can do it!」
エールに合わせて、小泉さんはスターティングポジションのまま脚を何度も振り上げる。
「Cheer up!」
そして最後のコールと共に、背中合わせになって腕を高く振り上げる。
「……ハァ、ハァ……どうかしら、ユータ? やる気は出た?」
「頑張る気になったでしょ? ハァ、ハァ……」
二人とも肩で息をしながら余裕で笑顔を見せる。こういうのを見せられたら、俄然やる気になるのは当たり前だ。
「ああ、二人ともありがとう。頑張るよ」
僕はそう答えると、二人を背にして手を軽く上げた。後ろで鼻の下を伸ばしている森谷に「お待たせ」と伝えると、二人の関係について問い詰められながらもキャットウォークへと向かった。