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第38話 それでこそ、アタシの幼なじみよ!

「はい! ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!」

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!」


 球技大会が一日順延したため、放課後になって急遽練習が組まれることとなった。無論、僕も一緒になって練習の模様を見ている。

 先週の木曜日はぎこちない動きが見られていた一年生だったが、日を追うごとに上達していった。昨日はダンスだけでなくタンブリングに挑戦したいという生徒も現れ、僕と久保田さんが一緒に付き添いながら指導に付き合った。

 今日は練習の総仕上げだ。一年生のほぼ全員がラインダンスをマスターしていた。見た通りに動かせていた呑み込みの早さは雨で一日順延したのも、結果的に良かったのかもしれない。


「皆さん、上手くなりましたね」


 一通りのダンスが終わると、久保田さんは一年生の生徒たちにねぎらいの言葉をかける。

 体育会系の部活ならともかく、体育の授業以外はあまり身体を動かさない文化部員の生徒たちはダンスが終わると肩で息をしていた。先週の木曜日と金曜日は一年生の練習をじっくりと見られなかったのは残念だけど、今こうして久保田さんの練習のサポートをしていると皆の成長を実感している。

 それに、一昨日の段階で上手く話せなかった久保田さんも一年生相手に上手く説明していた。一日二日で人はそう簡単に変わらないだろうと思っていたけど、ここまで変わるなんて信じられなかった。


「それじゃあ、ちょうど良い時間なので休憩しましょう。十分後に再開しますから、それまでに水分を取ってくださいね」


 久保田さんが一年生たちにそう告げると、上級生とスタンツ担当のグループを避けるように全員が体育館の床に座り込んだ。

 それぞれの生徒が歓談にふける中、僕は汗とデオドラントの臭いを避けるようにして体育館の外に出た。

 外は曇り空で、夕暮れが近いということもあって辺りは少し暗い。秋分の日を過ぎてから、夜の闇に染まる時間が長く感じるようになった。外は涼しく、体育館の熱気が嘘のようだ。


「ホント、みんな上手くなったな……」


 僕が一年生のダンスを見ながらつぶやくと、どこからともなく「本当ね」という声が聞こえていた。


「誰?」


 体育館の入り口には、スポーツドリンクを手にした小泉さんが両手を振っていた。


「お疲れ様、ユータ。はい、これ。先生からよ」


 小泉さんに「ありがとう」と言ってからスポーツドリンクを受け取り、そのまま口に含む。程よい甘さが身体に染み渡る。


「久保田さんはどう? 上手くいっている?」

「昨日は最初の挨拶で少し言い間違えたりしていたけど、今日はハキハキと話していたよ。『今日は最後に全体練習をするので、最後までついてきてください』ってね」

「内気なのに頑張ったわね、リホ」

「そうだね。僕も最初は心配だったけどね」

「クスッ、違いないわ」


 僕たちは互いに笑顔を浮かべる。

 すると、小泉さんは互いの距離を縮めてくる。汗とシトラスの香りが混じりあった匂いと汗で透けて見えるユニフォームが僕の心をかき乱す。


「ねえ、ユータってさ、自分自身でカッコよくなったと思う?」


 突然の一言に、僕はドキッとする。


「え? 突然に何を言い出すんだよ」

「だってそうじゃない。以前のユータって、幼なじみに振り回されていたわよね。中間試験の時もアタシたちを気にしていたと思ったら、急に幼なじみのほうに目を向けて……」

「ああ、そのことか」


 確かに、あの時は小泉さんたちが羨ましいと思った。

 同じクラスで、隣同士の席で、しかもよく僕の相談に乗ってくれた。それなのに、柚希はそれを良しとしなかったのだ。


「あの時は仕方なかったよ。僕は勉強が出来る一方で、スポーツは人並み程度だと思っていたからね。それに顔も大したことないって思っていたよ」

「でも本当のユータはスポーツが得意で、イケメン寄り。違う?」

「そうだね」

「自分でもそう思うでしょ? 佐藤先輩の発案でバスケの練習をした時も時折外しながらシュートを決めていたし、ダンスやスタンツも一発で決めていたじゃないの」


 小泉さんは白い歯を見せながら笑う。それからスポーツドリンクを少し口にしたかと思ったら、近くに置いて僕の顔を見て言う。


「これはアタシの考えだけど、ユータって今まで幼なじみに劣等感を植え付けられていたでしょ?」

「え、それは……」

「どうなの?」

「……その通りだよ。幼なじみに言わせてみれば、勉強は良いわりに顔は大したことがないし、スポーツはさっぱり。友達が居ないから幼なじみなしでは何も出来ないってさ」

「でも、今は違う。でしょ?」

「そうだね」


 小泉さんにそう笑顔で返答すると、ここ最近の出来事を思い出した。

 バスケのシュート練習でシュートを上手く決めることが出来た。

 朝早くから小泉さんと一緒に練習して、一度で様々なことを覚えた。

 久保田さんと一緒に指導して、内気でパニックになりやすい久保田さんを導いた。

 柚希にサヨナラされる前はマイナスに考えがちだったのが、今では良い方向へ考えられるようになった。

 愛のない言葉に、人を変える力などない。愛のある言葉にこそ、人を変える力はある。ここ最近の一連の出来事で、僕は変わったのだ。


「今までは柚希に振り回され続けていたけど、今は小泉さんたちのおかげで変わりつつあるよ」

「でしょ? ユータ、ナツの彼氏にふさわしくなってきたわね」

「僕が?」

「そうよ。ユータの顔、自信に満ち溢れているわ。明日が楽しみね」

「そうだね。だけど……」


 期待していた小泉さんに水を差すのも悪いのだけど、唯一気がかりなことがある。そう、明日の天気だ。

 僕はスマホを取り出して、小泉さんに明日の天気を見せた。


「天気予報を見たら、明日の午前中は雨で午後から晴れるって出ていたんだよ」

Reallyホント? これじゃあ、明日もサッカーの試合は厳しいわね……」


 小泉さんは残念そうな表情を浮かべて言う。


「仕方ないさ。でも、明日の午後は晴れるみたいだけど」

「そうなれば、サッカーに参加する連中は泥だらけになるわね」

「違いないや」


 僕がそう話すと、小泉さんが途端に噴き出す。今日の試合が順延となって残念な思いをした千葉が泥だらけになる姿を思い浮かべると、僕もつられて笑いだした。

 すると、小泉さんが腕時計を見て慌てふためいた。


「そろそろ練習再開ね。ユータ、明日は頑張りなさいよ?」

「もちろん。練習をした成果を発揮してみせるよ」

Great!素晴らしいわ それでこそ、ナツの彼氏……いや、アタシの幼なじみよ」

「え、それって……」

「それじゃあまた後でね、ユータ!」


 小泉さんは笑顔でそう言って、僕に手を振ってステージへと向かった。

 幼なじみだとはっきり言ったことは、僕に対して好意を抱いているのだろうか。僕に対してなんとも思っていなかった柚希のことを振り返ると不安しか感じないけど、小泉さんは僕に色々と世話を焼いているから、少しはあるのだろうか。

 そのことばかり気にして雑務に専念できなくなるのは本末転倒だと気づいた僕は深呼吸をして、小泉さんの後を追って雑務のために体育館へと向かった。

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