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第35話 誰かに手伝ってもらったんでしょ?

 土曜日はバスケの練習をして、日曜は早朝からアームモーションにラインダンス、スタンツと大ボリュームの朝練をこなしたためか、家に帰ってから少しの間は身体の自由が利かなかった。チア部のマネージャーとして、もう少し身体を鍛えておかなければと実感した。

 そして週の初めの月曜日、授業を難なく終えてから放課後を迎えると、恒例の体育館での練習が始まった。先週の木曜日から本格的に始まった球技大会の準備もあり、チア部は部員だけでなく各クラスの有志生徒の顔があちこちに見える。運動着であるか否かで見分けがつくのも特徴的だ。

 僕は一年生の指導ということで、久保田さんと一緒になって一年生の生徒たちの前に陣取る。もちろん、挨拶をするのは久保田さんだ。


「いっ、一年生の皆さん! 今日はお集まりいただき、ありがとうございますっ……」


 チアのユニフォームに身を包んだ久保田さんが噛みながら挨拶を交わす。

 久保田さんが挨拶をするたびに、体操着姿の女子生徒たちからは笑みがこぼれる。


「みんな静かにして! 久保田さんが話しているんだから」


 僕が女子生徒たちに声をかけようとしている久保田さんをかばっても、ざわつきは収まる気配がない。僕のことを不思議な目で見ないでもらいたい。

 しかし、久保田さんは右隣に立っている僕と周りの目が気になって仕方ない。内気で人前に立つのは苦手だとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


「球技大会でチアをやりたい子たちの演技指導を行う五組の久保田莉穂で、でしゅ……っ! よ、よろしくお願い、しまっす……!」


 何度も噛みながら挨拶をしてお辞儀をすると、周りの生徒たちから拍手喝采を浴びる。挨拶を終えた久保田さんは、顔を真っ赤にしながら僕の顔を見て話しかけてきた。


「ど、どうしよう、優汰君……。私、何をするのかみんなの前で話せないよぉ……」

「久保田さん、落ち着いて。これからダンス練習だって伝えればいいんだから」

「ダンスの……練習……?」

「そう。クラスの生徒たちを応援するためにダンスの練習をしますって伝えればいいから。実技の指導も出来る?」

「もちろん出来るけど、心配だよぉ……。やっぱり小泉さんに来てもらったほうが……」


 久保田さんは緊張したままで、不安だということが顔ににじみ出ている。

 その一方で小泉さんはどうしているのか気になってステージを見ると、西城先輩たちと一緒になってスタンツの練習をしていた。


「……つまりは僕たちで一年生を指導しろ、ってことか」

「そ、そんなぁ……。私じゃ無理だよぉ……」


 久保田さんはさらにうろたえた表情を見せる。内気で自分に自信がなく、極度のあがり症だと小泉さんから聞いた通りだ。

 しかし、土日と佐藤先輩と小泉さんに付き合わされた僕の心には自信がみなぎっている。アームモーションを教えてもらったし、ダンスを一曲だけ試しに踊ってみた。それに、スタンツもやってみた。今まで体育の授業に苦手意識を持っていた僕にとっては、大きなステップアップだ。何事もチャレンジあるのみだ。

 不安そうな久保田さんの顔を見つめながら、彼女の肩に手を置いてから話す。


「大丈夫だよ、僕がついているから」

「え? 優汰君が?」

「うん。昨日小泉さんからラインダンスを教わったからね」

「振り付けは大丈夫?」

「ちょっと自信がないけど、やってみるよ。久保田さんは?」

「私は大丈夫だと思うけど……。もし不安だったらサポートをお願いね、優汰君」


 笑顔で久保田さんにうなずくと、目の前に座っている一年生が急に騒がしくなる。


「久保田さーん。その隣の人、彼氏~?」

「そろそろ練習を始めましょうよぉ~、先輩たちは練習しているのに~」


 皆が口々に文句を言い出しているので、何事かと思うと、既に二年生と三年生の有志は準備体操を始めていた。このままでは僕たちは先輩たちに後れを取ってしまう。


「それでは、練習を始めます。私語を止めて久保田さんの指示通りに動いてください」

「まずは軽くストレッチをします。まずは屈伸から。イチ、ニ、サン、シ……」


 僕が一年生に指示を出すと、久保田さんが僕に続いて動き出す。二年生と三年生が練習を始めたタイミングで、僕たちはやっと準備体操を終えて練習に入る。


「まずはひとつひとつの動きを大きく、ゆっくりとやります。それからだんだんにテンポを上げていきますので、私の後に続いてください」


 久保田さんがアームモーションを繰り出すと、生徒たちが久保田さんの真似をする。時折一年生の何人かが不満の声を上げるも、久保田さんは聞き入れずに続ける。昨日小泉さんと一緒になって練習した僕も久保田さんに必死についていく。

 何度も練習をしていくにつれ、一年生の有志の生徒たちの動きはこなれていく。高橋さんとキスした日に体育館で見たキレのあるダンスと比べるとぎこちなさはあるけれども、これはこれで味がある。

 練習しているといつしか時が経つのを忘れてしまい、高橋さんがタオルで汗を拭きながら僕たちのもとに駆け寄った。高橋さんのユニフォームは汗まみれで、スポーツブラがくっきりと浮かび上がって見えた。


「優汰君、私たちも休憩するから一年生チームも休憩しない? 久保田さんに声をかけてくれるかな」


 高橋さんは官能的な吐息を漏らしながら僕に話しかけた。汗の臭いもさることながら、いつの間にか思春期男子の悪い部分が目立ってしまう。高橋さんとディープキスしたとはいえ、本能に負けてはいけない。

 僕は邪念を振り払い、軽くうなずいてから久保田さんに声をかける。


「久保田さん、そろそろ休憩にしようって」

「分かった。……それじゃあ皆、休憩にしましょう!」


 久保田さんが号令をかけると、上級生やスタンツメンバーと同じようにアリーナの床に座りこんだ。ひんやりとしたリノリウムの感触は心地よく、練習で火照った身体も冷えていく。


「ふぅ」


 マイボトルを開けて麦茶を口に入れると、身体の内側から冷えていく。こうした休憩の時間は本当に貴重だと感じる。


「優汰君」

「は、はい?」


 一息ついていると、タオルで汗をぬぐいながらマイボトルを手にしている久保田さんが話しかけてきた。


「さっきダンスしていたけど、優汰君ってこういったのは初めての割に上手く出来ていたよね。それって、事前に練習したのかな?」

「れ、練習? どうして分かったの?」

「だって、すごく上手かったから」

「そ、それはね……」


 ユニフォームから透けて見える可愛らしいブラは思春期男子の悪い部分を刺激する。それに、汗の臭いとデオドラントスプレーの香りが鼻腔を刺激する。僕のすぐ近くに高橋さんたちが談笑しながら座っているのに、どちらに目を向ければいいのか迷ってしまう。

 久保田さんに褒められて嬉しい反面、近くに座っている高橋さんたちはどうしているのか様子を伺ってみる。


「でさ、ユータと昨日の朝一緒に練習したのよ。そうしたら、ユータがアタシを持ち上げたのよね~」

「優汰君が? まさか?」

「本当よ。それにね、ダンスもキレがあったわ。これなら、うちの学校のチア部で初の男子部員として入れることも出来そうね」

「奏音、本気なの?」

「クスッ、冗談よ」

「もう、奏音ったら……」

「変なこと言わないでよね、奏音。優汰も居るんだし、聞こえたらどうするのよ」

「それもそうね」


 米沢さんたちの前で明るい笑顔を見せながら話す小泉さんを見て、やっぱり小泉さんと一緒に練習しておいて良かったと感じた。今まで眠っていた僕の力を目覚めさせたのは、やはり小泉さんなのだから。

 だけど、素直に言っていいものだろうか。迷った挙句、「自分の力だよ」とうつむきながら答えた。


「優汰君、本当に自分の力なの?」

「え? だ、だって、その……」

「本当は誰かに手伝ってもらったんでしょ? 正直に話してよ」

「本当だって」

「む~っ……」


 ごまかしたせいもあって、久保田さんは可愛らしい顔を崩さずにすねた目で僕の顔を見つめた。ここは正直に言ったほうが良いだろうとため息交じりで久保田さんに話しかけようとすると、久保田さんは意外なことを口にした。


「……やっぱり、優汰君はカノちゃんの思った通りの人だね」


 僕の心の中に衝撃が走った。小泉さんのことをあだ名で呼んでいるということは、彼女と親しいということなのだろうか。

 全身が粟立つ感覚を覚えながらも、僕は久保田さんにある質問をぶつけることにした。そう、久保田さんと小泉さんがどのような関係なのかということを。

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