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第34話 一生懸命頑張ったのよ

「まさか、すぐ近くにいたなんて信じられないよ」

「でしょ?」


 小泉さんは満面の笑みを浮かべた。

 可愛らしさすら感じる顔には自信と元気が満ち溢れていて、泣き虫だったころの面影は微塵もない。

 身体は背丈こそは平均的である一方、出るところは出て引き締まるところは引き締まっている。キッズチアで鍛えていたせいもあって、筋肉質なところもあればそうでもないところもある。

 か弱くて泣き虫だった彼女がここまで変わるなんて、僕には信じられなかった。家をリフォームする番組のナレーターが「何ということでしょう」と言い出しかねない。

 小泉さんは僕の気持ちを察してか、振り返って僕に一言話す。


「ユータは忘れているかもしれないけど、アタシはユータのことをずっと見ていたからね。ユータ、最近までずーっと幼なじみに振り回されていたでしょ?」

「そ、それは……」

「言葉に詰まっているわね。ひょっとして、アタシの読みが当たった?」

「……はい、その通りです」


 敬語交じりで力なく答えると、小泉さんは腕を組んで深くため息をついた。


「まぁ、気がつかなかったのは仕方ないか。アタシとユータが一緒のクラスになったのは一度もなかったからね」

「そうだね」


 僕は力なく答えた。

 幼稚園はともかくとして、小学校と中学校の九年間で小泉さんと同じクラスになったことは一度もなかった。小泉さんと出会った、というより再会したのは高校の入学式の日だった。

 最初のホームルームでクラスの生徒全員が自己紹介をする中、小泉さんの自己紹介は深く印象に残った。英語が得意で音楽とチアダンスが好きだということを惜しげもなく話すと教室が拍手に包まれた。

 同じクラスになった当初、小泉さんと話す機会は少なかった。しかし、三校の対抗戦が終わった後の席替えで小泉さんと隣の席になると、小泉さんとよく話すようになった。小泉さんと僕が教室で最初に顔を合わせた時、不愛想な顔で「……久しぶり」と声にならない声でつぶやいたのは覚えている。

 あれから僕たちは勉強の合間を利用して様々な話をした。キッズチア時代のことから始まり、お互いの家や部活のこと、友達のことなど、枚挙にいとまがない。

 小泉さんと話していると、退屈だった休み時間が楽しいものとなった。

 小泉さんが居なかったら、幼なじみから無情にもサヨナラされた後の僕はどうなっていたのだろうか。そう考えると、小泉さんには感謝の一言しかない。


「今楽しく高校生活を送れているのは、小泉さんのおかげだよ。小学校、中学校を通して柚希にいつも肝を冷やしてばかりだったからね」

「でも、その幼なじみはもう居ない。でしょ?」

「そうだね。今はそんなに気にならなくなったよ」

「でしょ。今のユータにはナツも居るし、アタシがキッズチアをやっていた頃からの長い付き合いであるマリンも、マヤ先輩も居るから。ユータは胸を張っていれば問題ないわ」


 小泉さんの言う通りだ。

 今まで柚希しか女の子を知らなかった僕だが、ここ最近は女子に好かれている。積極的に仕掛けてきたのは高橋さんと米沢さん、佐藤先輩の三人だけど、僕のことに興味を示している女子はチア部の中に居るかもしれない。果たしてそれが誰なのかは知る由もないけど。

 小泉さんは腕時計を見るなり、僕の顔を見てこう話す。


「話はこれくらいにして、最後にダンスをやってみない? 今までアームモーションやスタンツをやってきたから、身体も思うように動くはずよ。それに、もう少し身体を動かせば朝ご飯が美味しくなるわよ」


 小泉さんにつられて僕も腕時計を確認する。

 既に時計の針は七時を回っている。母親が朝ご飯の準備をする時間帯だ。


「そうだね」


 僕がそう答えると、小泉さんはダンスの準備をし始めた。


「ユータ、ワイヤレススピーカーの準備はできている?」

「もちろん。流す曲は?」

「そうね、お手本としてボン・ジョヴィの『イッツ・マイ・ライフ』が良いかしら。ボディビルの大会で優勝した経験のあるお笑い芸人がテーマ曲として使っていたことでも知られているの」

「聞いていて熱くなる曲だよね」

「そう。アタシたちが生まれる前の曲だけどね」


 小泉さんはスマホを操作すると、僕にスマホを預けて自らは少し離れた位置に立つ。


「最初に表示されている曲をタップして。曲が流れたら踊るから」

「わかった」


 僕は曲を迷わずタップする。

 ギターとトーキング・モジュレーターによるリードとリズム隊のビートが刻まれると、スターティングポジションを取っていた小泉さんは力強く足を踏み鳴らす。

 ジョン・ボン・ジョヴィのハスキーなヴォーカルが入ると、「Let’s go!」の掛け声とともに小泉さんはパンチアップの姿勢を取り、そこから自由自在に踊りだす。スパッツやスポーツブラが見えても、お構いなしだ。

 サビに入ると、ハイキックを交えるなどダンスはヒートアップする。見ているこちらも真似したくなりそうな動きだ。


「You can do it! Go, go, let’s go!」


 時折掛け声を交えながら、僕をスタジアムやアリーナ、球場で活躍する選手に見立てた踊りはさらに激しさを増す。ワンコーラスが終わると息を切らしながらパンチアップの姿勢を取り、目で僕に音楽を止めるよう指示する。

 指示通りに曲を止めると、小泉さんは肩で息をしながら笑顔で僕の顔を見つめる。


「ユータ、どうだった?」

「小泉さん、ダンスが上手なんだね」

「でしょ? 本当はユータに見せたくて一生懸命頑張ったのよ。練習は大変だったけど、でもこうして見せることができて良かったわ」


 小泉さんは息を切らしながら答える。汗まみれのユニフォームからはスポーツブラが透けて見え、額の汗がスカートにも滴り落ちた。

 ベンチに置かれていたタオルを渡すと小泉さんはそれで汗を拭い、バッグに詰め込んでからこう話す。


「ねえ、一度だけでもいいから踊ってみない?」

「いいけど、大丈夫なのか?」

「ん、何が?」

「体力だよ、体力」

「大丈夫よ。ユータに指導する分の体力は残っているから。最初はひとつひとつの動きをゆっくりとやって、それからテンポを上げていくわ。時間もないから、早速始めるわよ。はい、ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!」


 小泉さんが掛け声とともに手拍子を鳴らし、先程の小泉さんと同じようなステップを踏む。踏み終えると、小泉さんが笑顔を見せながら拍手で僕にねぎらいの言葉をかける。


「そう、その調子! ユータ、初めての割に上手じゃない。もうちょっと笑顔だったら良いけど、こればかりはね」

「ありがとう、そう言ってくれて」

「良いのよ。それにしても、ダンスやモーションがここまで上手く決まるなんて信じられないわ。体力バカの千葉たちが見たら、どう思うかしらね」

「きっと驚くだろうね」


 そう話すと、僕らは一緒に笑いあった。

 体育の授業となると憂鬱になることがあったけど、昨日と今日の二日間で心のリミッターを解除することができた。これならば、明日からの練習の付き添いでも久保田さんをサポートできそうだ。


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