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第30話 (奏音視点)少しずつ理解させてあげる

「ユータがあそこまで実力を発揮するなんて思わなかったわ。でも、これもアタシの思惑通りね」


 その日の夜、アタシは午前中のことを思い出していた。

 いつも体育の時間に自信がなさそうな顔をしているユータとマヤ先輩を引き合わせて正解だった。先輩はアタシたちも一緒に行くように指示してくれたし、ユータは練習で自分の力を存分に引き出していた。マリンやナツといった身長が高い女子を男子に見立てての練習だったけど、ユータは上手くかいくぐってシュートを決めた。何回か外したものの、それでも上出来だと言わざるを得ない。

 幼い日に励まされたアタシはともかく、ナツは学校祭でユータに励まされた後はダンス、スタンツ、タンブリングともに身長と胸のハンディキャップを感じさせない動きを見せるようになった。マリンもここ最近はナツの師匠として意地を見せるようになっている。あの二人は師匠と弟子というよりは、ライバル同士といったところになりそうだ。まぁ、二人ともユータに惚れているから仕方ないけど。

 そうなると、次は誰をユータに差し向けようかとアタシは考えを巡らす。

 まず候補に挙がったのは、六組のアイナこと栗原くりはら藍那あいなだ。あの子の顔立ちは美少女そのもので、ほどほど背が高くて体形もユータの好みと合致するだろう。ただ、今のところ彼女には悩みというものはなさそうだ。

 それ以外には誰が居たのかな……と思うと、ふとアタシはマンツーマンで教えているリホのことを頭に思い浮かべた。

 あの子は常日頃自分を変えたくてチア部に入った、とアタシに語っている。ナツとマリンに比べるとアタシにも似た感じがして目立つタイプではない。だけど、それでもリホは十分魅力的な女の子だ。

 リホの飲み込みの早さはすさまじい。キッズチアをやっているアタシを追い抜きそうな勢いだ。チアリーディングの競技会でトップレベルの高校ですらチアの経験者は非常に少ないことを考えれば、至極当然と言わざるを得ない。

 リホは誰かを応援したいわけでもないし、誰よりもカッコいい演技をしたいとか、そういうことを考えている子ではない。ただ自分を変えたいからチアを始めた、それだけの子だ。それに、甲子園の予選会や文化祭のステージで頑張っている姿を見せている。暑い中タフに踊り続けてもへこたれず、アタシとマリンだけでなくほぼ初心者レベルのナツに負けず劣らずついていったのだから。


「……そういや、来週は球技大会があるのよね」


 そう、来週の水曜と木曜は球技大会だ。この二日間は、受験で勉強真っ盛りの三年生も一、二年生と一緒に汗を流す。

 球技大会は文化祭に次ぐ盛り上がりを見せる学校行事で、応援団による応援とチア部の演技披露も行われる。もちろん、応援団とチア部双方ともこの二日間に備えて様々な準備をする。応援団は有志に対する応援練習を行い、チア部は演技披露に参加する生徒たちの指導を行う。もうすでに木曜から練習に入っていて、明日と明後日には仕上げなければならない。

 なお、演技披露といってもスタンツをやるのはアタシたちチア部員だけで、有志で参加する生徒たちはダンスだけをやることになる。一昨日のマヤ先輩の話だと、スタンツはさすがに一日二日で覚えられるものではなく、基本を一通りマスターしてからとなるそうだ。マヤ先輩曰く、ナツたちがやれているのは経験者であるアタシとマリンが一年生全体を導いているからだとか。ホント、こういう時にキッズチアをやっていてよかったって思う。

 それはさておき、演技披露に出る生徒たちへの指導はチア部の部員が行うことになっている。アタシとナツ、マリン、アイナ、そして英語科の子は心配ないけど、一番心配なのは五組のリホだ。あの子は内気でほかの人の前ではあまり話せないみたいだけど、こないだユータに二年生のことを説明していた時は勇気を出したのか、言い間違えることなく先輩たちのことを伝えてくれた。

 ふと、アタシは思った。

 この機会を利用してユータとリホを結びつけることができるんじゃないだろうか。

 ユータもチア部の手伝いをするようになってチアの知識を少し身につけているだろうし、体力だって少しはついてきているだろう。

 それに、練習に参加する子たちにもユータに興味を持ってもらえれば、ユータにとって自信になるだろう。演技披露の助っ人を申し込んでいる生徒たちは顔面偏差値が高そうだし、もってこいだ。そうと決まれば……!

 アタシはベッドから体を起こしてスマホを手に取り、メッセアプリの通話機能を利用してリホに電話を入れる。スマホと連動する完全ワイヤレスイヤホンをつけるのはお約束だ。

 一回、二回、三回……と待っていると、聞き慣れたかわいらしい声が聞こえてきた。


「もしもし、カノちゃん?」

「リホ、ちょっと遅い時間だけどいいかしら?」

「構わないよ。勉強も一通り終わったところだし、今は暇していたんだ」

「ちょうどよかったわ。月曜日と火曜日のことなんだけどね……」


 それからアタシは先ほど思いついたことをリホに話した。

 ただ、こうやって策を巡らしているアタシでさえ、気がかりなことがある。それは、アタシはいつまで自分の気持ちに噓をつき続けるか、ということだ。

 テストの時にユータの家で勉強した時、アタシは自分の気持ちに従ってああいったセリフを口にした。アタシはその時気付いたのだ。そう、アタシは小さい頃からずっとユータのことが好きだったのだ。

 アタシとユータは住んでいる場所こそ違ってはいるけれど、小学校、中学校、そして高校とずっと一緒だった。高校生になってやっと一緒のクラスになったけど、それまではずっと別々のクラスだった。

 だけど、ユータはそのことに全く気がついていない。無理もない、あの幼なじみと一緒だったのだから。

 それでもいい。少しずつ理解させてあげる。

 アタシがユータの一番の理解者だってことを。

 アタシこそがユータのことを誰よりも愛しているってことを。

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