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第27話 いざ、練習へ

 佐藤先輩とバスケの練習の約束をした翌日から球技大会での応援練習が始まり、チア部には見慣れない生徒たちが集まるようになった。さすが各クラスの代表だけあって、皆が一様に可愛い生徒たちばかりだ。

 心配なのは柚希が居る一年六組だけど、さすがに彼女の姿はなかった。

 沼倉とキスまでした柚希のことだから、沼倉と一緒にいるひと時のほうが大切なのだろう。沼倉には幸せになってもらいたいけど、柚希の性格を少しでも直してくれたらと願うばかりだ。

 翌日の準備をしていると、スマホから聞き慣れない着信音が聞こえてきた。いったい誰からだろうと思ってスマホを手に取り、通話に応じると、年上とは思えない実に可愛らしい声が聞こえてきた。


「もしもし、優汰君ですか? 夜分遅くにすみません」

「佐藤先輩でしたか。お疲れ様です」

「お疲れ様です、優汰君。明後日のことなんですけど、先ほど一年生の部員たちたちとグループチャットをしたら奏音ちゃんと真凛ちゃん、奈津美ちゃんが来てくれるそうですよ」


 試験前に僕の家を訪ねて一緒に勉強してた小泉さんはともかくとして、高橋さんが先輩の頼みに応じてくれると聞いた途端嬉しくなった。ただ、明後日は秋分の日だ。そうなると、墓参りに行かなくても大丈夫なのだろうか。


「でも、明後日はお彼岸の中日ですからお墓参りで来られない子もいるんじゃないかと……」

「心配しなくて大丈夫ですよ。皆さん、都合をつけて来ると話していましたから」


 佐藤先輩のその一言を聞いて、僕は胸を撫で下ろした。それぞれ家庭の事情があるというのに、わざわざ来てくれるなんて恐縮だ。


「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえいえ。それで待ち合わせ場所なんですが、明後日午前九時に公園前の広場なんてどうでしょうか?」

「そこの近くに何かあるんですか?」

「体育館があるんです。団体の予約が入っていない時はバスケやバレー、卓球が出来るんですよ。ただし、ボールなどは各自で持ち込まないといけませんけど」

「なるほど。それで、ボールは一体どこから……」

「知り合いに女子バスケ部の子が居まして、その子の私物をお借りしました。私、運動部関係に友達が多く居ますから、こういうことはお手の物ですよ」

「そうなんですか」


 友達が多いと聞いて、一瞬だけ柚希のことを思い出した。とはいえ、話を聞く限りでは佐藤先輩は性悪な人ではなさそうだ。


「それと、当日は上履きを持ってきてくれませんか? 体育館内は土足禁止だそうですよ」

「それならば、学校で使っている体育館用シューズを持っていけば……」

「それでもいいですけど、まだ使えそうな外履き用の靴の底を掃除しておけば十分使えると思いますよ」

「分かりました。明日のうちに用意しておきます」


 それから佐藤先輩と少しだけ話をしてから、通話を終わらせた。

 身長の高い高橋さんと米沢さんならばともかく、小泉さんまで来るならば頼もしいことはない。ただ、カッコいいところを見せられるのかどうかというとちょっと不安だ。

 何を隠そう、僕は運動音痴とまではいかないまでもスポーツ自体がちょっと苦手だ。実技は人並みだけど、いざ試合となると実力を発揮することができない。柚希にもそのことでからかわれていたから、なおさらだ。


「とにかく、うまくやれればいいけど」


 僕はベッドに倒れこみながら、土曜日の練習を楽しみにしていた。

 それから二日後、お彼岸の中日を迎えた。

 朝早く外出する息子の姿を見て、母さんが驚きの表情を見せた。年頃の男子が女の子に興味を持つのは当たり前だというのに。

 出掛けに女の子と一緒に体を動かしてくると話したら、母さんはまた驚きの表情を見せた。母さんが変なことを考えていなければいいけど。

 自転車に乗っていざ公園へ向かうと、朝の時間からそれなりに人が居た。車もそれなりの台数が停まっていて、お彼岸の中日にもかかわらず賑わいを見せていた。

 待ち合わせ場所として指定した体育館の入り口に向かうと、セミロングヘアをなびかせながら手を挙げている佐藤先輩の姿があった。

 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものの、まだまだ暑さは収まらないようで、佐藤先輩は半袖のブラウスと太もも辺りの丈まであるキュロットスカートを身に着けていた。キュロットスカートの下には、いつもチア部で見かけるスパッツが透けて見えていた。

 このままショルダーバッグを用意すればお出かけする風に見えるのに、肩から掛けているのはショルダーバッグではなくスポーツバッグだった。中にはボールが入っているのだろうか。


「おはようございます」

「おはようございます、優汰君。ちゃんと来てくれたんですね」

「はい。そのスポーツバッグにはボールが入っているんですか?」

「そうですね。それ以外は……内緒です♡」


 佐藤先輩は左目をウィンクしながら意味深な笑みを浮かべて答える。

 内緒と言われると余計気になるじゃないか。


「それで、小泉さんたちは来ますか?」

「もうそろそろ来てくれるはずですけど……あ、見えましたね」


 佐藤先輩が手でかざしながら周囲を見渡すと、視線の先には女子大生の間に挟まれている女子高生に見えそうな三人が歩いてきた。長身の一方で可愛らしい顔をしている高橋さん、猫のような目つきをしていてほどほどの小泉さん、そして長身で小泉さんにも似た目つきをしている米沢さんだと一目でわかった。

 三人が並んで歩いていると、美女が並んで歩いているように見えた。三人とも出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。街を歩く人たちから注目されるのは間違いないだろう。三人ともTシャツと短パンで、そこから見える生脚がまぶしく見える。暑さ寒さも彼岸まで、このような恰好ももうそろそろ見られなくなるだろう。

 入り口にいる僕の姿を見て、高橋さんが手を振りながら声をかける。


「優汰君、おはよう」

Good morningおはよう, Yutaユータ!」

「おはよ、優汰」


 笑顔がまぶしい高橋さんと英語交じりでありながらにこやかな笑顔を見せる小泉さん、白くて健康的な歯を見せながら笑顔を見せた米沢さんが僕に声をかけてきた。


「おはよう、三人とも」

「昨日はよく眠れたかな、優汰」

「もちろん。三人とも練習の手伝い?」

「そうよ。本当はママと一緒にお墓参りに行く予定だったけど、友達と用事があるからと言って断ったわ」

「優汰君、室内靴は持ってきた?」

「もちろんだよ」


 背中に背負っているカバンの中にはお茶が入ったマイボトルと体操着、使い古したスニーカーが入っている。カバン自体は高校入学時に買ってもらったもので、あまり使った試しがなかった。

 準備が出来ていることを知った佐藤先輩は感心して何度もうなずいた。


「それじゃあ準備できたし、行きましょうか」

「はい!」


 佐藤先輩が安心した表情で自動ドアへと向かい、僕たちはそのあとについていった。変な輩に絡まれないか、不安になりながら。

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