暦の上では今日から秋だというのに、暑さは一向に収まる気配がなく、「残暑は厳しいざんしょ」なんていう下らないダジャレを思い浮かべないとやっていられないほどだった。
「昨日のことは昨日のことだ、だからあまり気にするのは止めておこう」
僕は自分に言い聞かせ、いつもは体育の授業でしか身に着けない体操着に着替えた。今までは体育の時間以外は袖を通さなかった体操着に着替えるのは新鮮さすら感じた。
着替えている間も、校舎からは吹奏楽部が演奏する音と野球部などの掛け声が響く。先週の今日までは吹奏楽部の練習に参加していたのにと思えばそれまでだが、柚希と沼倉のことを考えて身を引いた以上は仕方がない。今日からはチア部のマネージャーとして、部員全員のために尽くさなければならない。そう決意して、僕は体育館へと足を運んだ。
体育館へ向かうと、すでにバドミントン部が準備運動をしているらしく、掛け声が館内に響き渡っている。一方、今日からお世話になるチア部では部員たちが今か今かと僕が来るのを待ち構えていた。
「あ、清水君!」
日野先生は体育館の入口に立っていた僕を見るなり、声をかけてきた。こないだと同じ大胆な衣装に身を包んだ先生は柔らかい胸とツーサイドアップにまとめた髪を揺らしながら入口の辺りに駆け寄ってくる。
「やっと着替えが終わったんだね。うん、感心、感心」
日野先生は可愛らしい笑顔を浮かべながら、僕の頭を撫でた。この年齢で子供扱いされるのは
「ほら、みんなが待ちくたびれてるよ」
「あ、ちょっと先生……!」
僕は先生に導かれるように、チア部の部員たちの前に立つ。チア部の部員たちは誰もがかわいくてスタイルが良く、つい見惚れてしまいそうだ。
他の女子部員たちは男子の新入部員である僕を目の前にして一瞬だけ騒がしくなった。しかし、先生がおしゃべりを止めるようにと一言言うと途端に静かになる。
僕たちの背後ではバドミントン部が練習を始めていて、ラケットでシャトルを打ち合う音が響いていた。
「さて皆さん、今日から九月です。まずはチア部に新しい部員が加わりました。一年三組の清水優汰君です。清水君、自己紹介をお願いします」
「きょ、今日からマネージャーとしてお世話になる清水優汰です。よろしくお願いします」
挨拶を終えてからお辞儀をすると、どこからともなく「よろしくお願いします」との声が響き渡る。見た目だけではなく、声もかわいいようだった。
心臓の鼓動が高鳴る僕をよそに、日野先生が僕のことについて説明し始める。
「清水君は今まで吹奏楽部に居ましたけど、事情がありましてチア部へ転入部することになりました。清水君はマネージャーの仕事だけではなく、様々な仕事もこなしてもらうことになります。わからないことがあるかと思いますが、どうか皆さんで彼のサポートをしてあげてくださいね」
日野先生が話し終えると、チア部の部員たちが一斉に「はいっ」と威勢のいい声で返事をした。どうして吹奏楽部からこちらに来たのかについては、今は言わないようにしよう。
「では清水君、一年生が座っているところに座って結構ですよ」
「はっ、ハイ!」
僕は日野先生の指示に従い、一年生の列へと向かう。そこには寂しそうに佇んでいる女子が居た。ここは声をかけるべきか迷ったが、黙って座るのも失礼だと思い声をかけた。
「あの、隣に座ってもよろしいですか?」
彼女が黙ってうなずくと、僕は静かにその隣に座った。彼女の身体からは高橋さんが使っているものと同じデオドラントの香りが漂っていた。フローリングの床はひんやりとしていて、心地よい感触に包まれた。季節外れの暑さも忘れるようだ。
彼女のことを詮索しようと思ったけど、今の僕には小泉さんをはじめとして高橋さん、米沢さんが居る。日野先生は僕が座ったことを見計らうと、タブレットパソコンを手に取って少しずつ口を開いた。
「それではみんな座ったところで、今月の予定について話しましょう。今月は前期の期末試験が終わると球技大会があります……」
前期の期末試験と聞いて、周りが急にざわつき始める中で昨日の朝のことを思い出す。
後藤が勉強に力を入れている一方で、僕はどうなのだろうか。中間試験の時は柚希と勉強していたけれど、今度の期末試験からは一人で乗り越えなければならなくなる。前期の試験ではあまりいい成績を取らなかった後藤は頼りにならないし、サッカー部の千葉となるとなおさらだ。
そうなると小泉さんとその人脈頼みになるけど、女子、しかもSランクの美少女に頼ったことが発覚したらどうなるかわからない。
「どっちにしろ、自分でやるしかないか。頼りになるのは己一人なんだから」
僕はため息をつきながら一言つぶやいた。人は人、自分は自分、人生全ての答えは己の中にある。選択肢はひとつしかない。
僕は自分にそう言い聞かせながら、これから始まるチアリーディング部での日々に思いを馳せた。