「おおっ、やるなぁ清水! Sランクの女の子を見つけるなんて、スゲーなぁ!」
教室に戻ってから高橋さんと弁当を食べ始めてから数分後、見るからにイケメンな後藤が近づいて開口一番にそんなことを言った。美形とは思えないほどに鼻息を荒くして後藤が近づいてくるのを見ながら、僕はため息をついた。
「後藤、僕が高橋さんを見つけてきたわけじゃなく、小泉さん経由で知り合っただけだ。というか、お前はいつも母さんの手作り弁当だろ。今までどこに行っていたんだよ?」
「今日はちょっと母さんが寝坊したせいで無理だったからな。それで食堂に行ってきたんだ。唐揚げ定食、無茶苦茶美味かったぜ」
なるほど、チャイムが鳴ってから慌てて飛び出したのはそういう理由があったのか。朝一で後藤が居なかったのも合点がいく。
「話を戻すけど、どうして高橋さんがここに?」
「夏休み前に文化祭があっただろ。その時に小泉さんが僕と高橋さんと引き合わせて、その時の縁で一緒に弁当を食べているんだよ」
なるほど、と後藤は納得した様子で話した。あの時は漫画のセリフを元にした励ましを口にして高橋さんに自信をつけさせただけだ。結果的にチア部のステージでセンターを務めた高橋さんは誰よりも輝いている見事な演技を見せてくれたけど、僕がやったことなんてその程度だ。
ちなみに、後藤といえばステージのすぐ近くで撮影しており、写真部の活動という枠を超えた熱が入っていた。他人の振りをしたのは本人には内緒にしておこう。
「それでもスゲェなぁ、清水は。俺なんて、女の子からはいつも冷たい目で見られるからなぁ……」
「そんなことないよ。後藤君も甲子園の予選や文化祭で頑張って写真撮影していたじゃない。それだけで素敵だよ」
「ほ、ホントですか!? あ、ありがとうございます!」
高橋さんの言葉を聞いて後藤はすぐ調子に乗った。心なしか息も荒いし、スラックスのある部分が盛り上がっている。そういうところだぞ、後藤よ。
後藤は甘いマスクをした見た目と違ってアニメや漫画の登場人物からバーチャル配信者、コスプレイヤー、果てはグラビアアイドルまで種類を問わない無類の女好きで、自分の性欲を刺激すれば何でもありというのが信条だ。その一方で自分の範囲外だと判断したならば、柚希のようにひとつでも取り柄があっても視界には入れない。だから、僕は後藤と高橋さんを会わせたくなかった。
ただ、そんな後藤だけど確かに良い写真は撮っていた。特に甲子園の県大会予選が終わった後で高橋さんが三年生の手塚先輩に泣きつく姿を撮った写真は、青春の一ページを切り取った見事さだった。
そういうところは優れていて、その上見た目も良い。そのままでいれば女子に好かれるというのに、本人は女のことしか考えていないし、結構失礼なことを言う。後藤はいわゆる残念系イケメンなのだ。
クラスの女子だけでなく男子たちすらちょっと引くほどの興奮具合で高橋さんに話しかける後藤を見ながら、僕は小さくため息をついた。
そうしてまた数分が経ち、後藤が軽く前屈みになりながらこっそりトイレに向かった頃、僕たちは弁当を食べ終わり、声をそろえてごちそうさまと口にした。
「はあ……、今日も美味しかった」
高橋さんは幸せそうに語った。そうして弁当箱をしまおうとしていた時、ふと僕と高橋さんの目が合った。
「どうしたの、優汰君?」
「高橋さんって誰に対しても優しく振る舞うのかなって」
その言葉を口にした後、僕は、しまった、と思った。後藤は常日頃『オタクに優しいギャルが居ればいい』と話していたが、高橋さんの後藤に対しての対応はまさにそんな感じだった。ただ、これは偏見かもしれないけれど、そういう人は誰にだって優しいのだ。
見た目よりも普段の言動のせいで、後藤はクラスの女子の大半から苦手意識を持たれている。後藤に対しても百点満点の対応をした高橋さんに対して、僕は少しだけ拗ねてしまったのかもしれない。本当は僕と一緒に食べるはずだったのに後藤が混じってしまったことで思い描いたような形にはならなかったからだ。
けれど、そういうことは言うべきじゃなかった。これはあくまで小泉さんのお陰であり、高橋さんの好意もあったからこそ実現したことだったのだから。
僕がどうしようか考えていると、高橋さんはまったく気にしていない様子で笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。あの写真、君も見たでしょ? そのお礼を言いたかっただけ」
「そ、そっか」
確かにあの写真からは高橋さんの悔し涙が伝わってくるほどの出来だったし、こんな写真も撮れるんだなと後藤を少しだけ見直すきっかけにはなった。
ただ、後藤自身がクラスの女子から苦手意識を持たれているのは仕方がない。何せ日常的に嫌われるような行動をしているのに、それを改める気がないからだ。後藤のことは考えないようにしよう。
そう考えると、僕は本題に入った。
「あの、高橋さん」
「なぁに?」
「今朝、小泉さんが話していたお礼がしたくてウズウズしているっていう件だけど、それって一体……?」
実は朝から、どんなお礼なのかずっと気になっていたのだ。すると、高橋さんは少しだけ頬を赤くした。
「そう。そのことなんだけど……」
高橋さんの顔はさらに赤くなる。その瞬間、僕の中の思春期男子の悪い部分が出てしまい、チア部の部室であらぬ格好をしている高橋さんの姿が頭に浮かんでしまった。
「優汰君、どうしたの?」
その言葉で我に返る。けれど、悶々とした気持ちは消えず、僕は期待半分で高橋さんに聞いた。
「まさか、エッチなことなのか……?」
小声ではあったけど、みんなが居る教室内でそんなことを聞いているという状況に僕は恥ずかしくて仕方なくなった。顔が燃えるように熱くなっていると、高橋さんは笑顔を見せながら首を横に振った。
「半分当たりで半分ハズレ、かな。それで、今日の放課後は空いている?」
「放課後……」
吹奏楽部は放課後になるとほぼ毎日活動している。しかし、部長には今朝の段階でしばらく休むことを伝えてある。というか、柚希や沼倉と鉢合わせする可能性を考えるなら無理に行く必要はないのだ。
「もちろん空いているよ」
「よかった。それなら今日の放課後、体育館に来てもらえるかな? 私たち、今日は活動日なんだ」
「うん、わかった。それじゃ、また放課後に」
「ありがとう! 楽しみにしているね」
高橋さんはウィンクをしながら話すと、弁当箱とマイボトルを持って教室を出て行った。腕時計を見てみると、残り五分で午後の授業の予鈴が鳴るところだ。次の授業の準備をしようとしていたら、後藤が戻ってきた。
「清水、どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ」
「なんでもないように見えないぞ。俺が居ない間に高橋さんと何を話していたんだ?」
「お前には絶対内緒だよ」
「ずるいなぁ、教えてくれたっていいじゃないか!」
後藤はどうしても知りたいようだったが、こいつにだけは内緒だ。話したら写真を撮りに来そうだし、高橋さんとの予定を邪魔されたくないからだ。
後藤がまだ僕と高橋さんとのことを追及する一方で、僕は放課後が待ちきれなくなっていた。