四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、僕はひと息をつく。小泉さんと予習をした甲斐もあって、午前中の授業では当てられても答えることができ、残った午後の二時間も頑張ろうという気になった。
そして教師が教室から出ていくと、教室内は賑やかになる。
「ねえ、一緒にお弁当食べない?」
「もちろん! お互いの席をくっつけようよ!」
「おーい、たまには食堂行こうぜー!」
「オッケー。お前のおごりでな」
「あ、ズルいぞ!」
机をくっつけて互いに弁当を広げる生徒もいれば、定食や総菜パンなどを目当てに食堂へ向かう生徒も居る。各々が思い思いに動く中、事前に小泉さんから指示を受けていた僕は教室を離れ、自分の弁当箱一式を用意して隣にある女子専用クラスの二組へ向かった。
「ここまで小泉さんが手はずを整えているから、後はなるようになる……、よな」
二組のドアの前で少し不安を感じながらつぶやいた後、一度深呼吸をしてから教室のドアをノックする。
「すみません。三組の生徒ですが、ここに高橋さ……、いえ、高橋奈津美さんはいらっしゃいますか?」
教室の中から少し平凡そうな見た目の子が出てきたので、僕は改めて要件を話す。その子がすぐにどこかに向かっていった後、二組の教室の中をボーッと眺めた。
女子専用クラスということもあって、中に居るのは全員女子だった。さっきの子もそうだけどレベルの高そうな子がちらほら見受けられる。さっきの子だって平凡そうな子だとは思ったけれど、それはこの中での話であって、僕たちのクラスに居れば確実に普通より上だった。
「優汰君、久しぶりだね」
突然声をかけられて僕はハッとした。尾骨の辺りまであるサラサラの長い髪にスタイルの良さを際立たせる長身、マシュマロのように柔らかそうな大きな胸、そしてブラウスの下からはちょっと派手な色の下着がチラリと見えていた。
季節柄仕方ないのかもしれないけれど、これまで身近な女の子といえば柚希くらいだった僕にとっては刺激が強すぎるほどだった。
「お、お久しぶりです。お元気……、でしたか?」
「もちろんだよ……、って、相変わらず敬語になっている。私たちは同級生なんだから、畏まらなくてもいいんだよ?」
高橋さんは笑顔を浮かべながら言う。ここ最近幼なじみの笑顔を見ていなかった僕にとっては眩しすぎるほどであり、その包容力や余裕のある姿はやはり年上にしか見えなかった。
「そう……、だね。それで、高橋さんがお礼をしたいみたいだって小泉さんから聞いたんだけど……」
「うん。奏音からメッセージが届いていたんだ。『お昼休みにユータがそっちに向かうから相手してやって』、って。だから、お昼休みが楽しみで待ちきれなかったよ」
「そ、そうだったんだ……」
高橋さんの言葉に照れながらも、今朝の小泉さんの様子を思い出す。予習中に何やらスマホを弄ってはいたけど、どうやらその時に高橋さんへ連絡をしていたようだった。
二組の女子たちからの好奇心と疑問の視線を浴びている僕は一度深呼吸をしてから、高橋さんに話しかけた。
「それで、これからどうしようか」
「うーん……、ここのクラスで一緒にお昼を食べたいなと思ったんだけど……」
高橋さんはクラス内を見回してから言った後、僕に視線を戻してウィンクをしてきた。
「やっぱり、君の居るクラスに行ってみたいな。ダメ、かな?」
「僕たちのクラス……」
正直なことを言えば、嬉しかった。まだ出会って間もない僕のクラスに来てお昼を食べたいと言ってくれるとは思っていなかったし、その事実が誇らしかったから。けれど、僕たちのクラスに行くとしても、ひとつだけ大きな問題があった。
「そ、それだけはちょっと……!」
「えっ? どうしてダメなの?」
「だって、僕たちのクラスには女子の大半が白い目で見ている後藤が居るんだよ?」
後藤は僕の前の席に座っている男子生徒で、フルネームは
爽やかさを醸し出す甘いマスクと艶のある短いブロンドの髪、いわゆる細マッチョ的な体格という容姿をしていて、一見する限りではハリウッド俳優と大して変わらない。しかも、後藤が所属している写真部では写真の腕を認められて徐々に頭角を現している。
見た目で判断する限りでは後藤は女子受けする要素が満載だが、本当の後藤は女子をランク付けするというとても失礼な奴だ。以前も柚希のことをFランク女子だの、特徴のない幼なじみだから付き合うだけ無駄だのと色々と失礼なことを言ってきた。
結果的にはその通りだったわけで、後藤の目は確かだった。だけど、日々の言動がやはり女子人気を低くしている一因だったりする。ただ、どうやって調べているかわからないが女子の情報については詳しいようで、男子からはいろいろな女子の情報を色眼鏡なしで教えてくれる便利な情報屋として重宝されている。
そんな後藤と高橋さんを会わせるのは自殺行為だ。アイドルのような可愛らしさと見事なプロポーションを兼ね備えている高橋さんに会わせたりしたら、興奮して早口でいろいろなことを話すだろう。それだけは本当に避けたいのだ。
「ふぅん……、でもさ、その後藤君って本当はそんなに悪くないかもしれないよ?」
「止めておきましょう。ほら、弁当も持ってきていますから……!」
「うーん……」
思わず敬語に戻ってしまった僕を見ながら、高橋さんは顎に手を当てながら考えはじめる。その姿はどことなくセクシーであり、その姿に見惚れていると、高橋さんは突然、パンッと手を鳴らした。
「よしっ、決めた!」
一体何を決めたというのだろう。僕の必死の説得が通じたのか。そんなことを考えていたが、それは淡い期待だったことを思い知らされることになった。
「やっぱり君のクラスにお邪魔するね」
「……え?」
「お弁当を取ってくるから、ちょっと待っていてね!」
「ちょ、高橋さん……!?」
僕の制止も空しく、高橋さんは嬉しそうに弁当を取りに行ってしまった。嬉しそうにしてもらえるのは良いのだけど、僕は頭を抱えたくなった。
後藤が居るのはもちろんだけど、教室には小泉さんだって居るのだから、ニヤニヤ笑われるのは間違いなかったのだ。
「……あ、そういえば二人とも居なかったな」
ふとそんなことを思い出す。小泉さんは昼休みになると軽音楽部の部室に居ると言っていたし、いつもなら母親の手作り弁当を食べている後藤も、今日に限っては昼休みに入った途端、僕に一声かけてからどこかへと行ってしまった。小泉さんならばともかく、後藤が居ないなんて好都合だ。
「戻ってくるなよ、後藤」
念じながら独り言をつぶやいていると、高橋さんがクラスの女子の視線を浴びながら戻ってきた。
「お待たせ。それじゃ、行こうか」
「う、うん」
嬉しそうにする高橋さんを見ながらうなずいた後、僕は高橋さんを連れて自分の教室へと戻った。