夏休みの直前になると、僕の学校では文化祭が行われる。そういうイベントは夏の終わりか秋のイメージが強く、こんな暑い時期、それもみんなが夏休みの前でウキウキしている時にやらなくてもいいのにと思う。だけど、その時期だと他の学校と被るからそうなったのであれば仕方がない。
一般公開の日である二日目となると、校内はとても賑わっていた。生徒の家族や進学の参考にしたい中学三年生とその家族、そして他校の生徒などが学校内を歩き回っている。うちの学校の女子の制服が可愛らしくて人気なのも、文化祭の賑わいに花を添えている。
吹奏楽部の部員である僕も文化祭のために頑張った。三年生の引退に花を添えたいという気持ちはもちろん強かったが、これが終われば夏休みだという気持ちも強く、連日の練習の甲斐もあって午前の部でトリを務めた僕たちの演奏は大成功に終わった。
その後、僕たちは片付けをしてから音楽室でお昼を食べていた。先輩が買ってきてくれたチアリーディング部の焼きそばを食べながらスマホで写真を眺めていると、トークルームに載っていた一枚の写真を見て僕は思わず笑みを浮かべた。
「柚希、先輩たちと一緒に楽しんでいるな。彼女のことはともかくとして、午後はどうしようかな」
スマホから顔を上げて、午後のことを考えてみる。
見にきてほしいとクラスメイトから声をかけられている軽音楽部のステージとチアリーディング部の演技披露を見に行くことは確定している。他に見たいと思う出し物は特に思い付かなかったけど、後藤が居る写真部にだけは顔を出そう。素晴らしい写真を撮ったぞと自慢していたから、是が非でも行かないと、そう考えていた時だった。
「優汰、お前にお客さんだぞ」
「今、行きます」
考え事を中断して僕は立ち上がる。せっかく考え事をしているのに、と少し不機嫌になりながら僕はドアへ向かって歩き、引き戸をゆっくり開ける。
「どちら様ですか」
開けてみると、そこには知らない子を連れたボサボサ髪の見知った顔が居た。
「ユータ、お疲れ様」
「なんだ、小泉さんか」
来客の正体を知って少しホッとすると同時に、少し残念な感じがした。
ボサボサ髪で学校指定のブラウスとスカートを身につけている女の子は
小泉さんは、まさに「名は体を表す」を体現したような女の子だ。全体的に引き締まった体形をしている上、胸も標準サイズの美少女で、そんな彼女が訪ねてきたのは嬉しい。
けれど、吹奏楽部の発表を見た誰かが会いに来るという展開にはならなかったのが残念だった。それくらい期待してもバチは当たらないのに。同じ部活に居る柚希だったらまだしも、後藤だったら、「あとで展示を見に行くから」の一言で引き戸を閉めていたところだ。見た目で女の子を軽々しく判断しなければ良いクラスメイトなのに、もったいない。
そんな僕の考えを感じ取ったのか、小泉さんは不満そうに口を尖らせる。
「なんだ、とはなによ。チアリーダーをやりながらバンドもしている可愛いアタシがねぎらいに来たっていうのに」
「どうしてここに来たんだよ」
「ユータに頼みたいことがあるのよ。軽音楽部のライブが終わったら、チアの演技があるのはわかるよね?」
「もちろんだよ」
相槌を打つと、小泉さんは頷いてから話を進める。
「そこでナツ……、いえ、アタシのチームメイトが演技披露で急遽センターを任されることになったのよ。彼女、すごく緊張しているの。それで、アンタになんとかしてほしくて来たわけ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、小泉さん。なんとかして、ってどういうこと? そもそもセンターは一体……」
「アイドルとかと同じ。ダンスで重要なポジションを握る役のことよ。それと、なんとかしてほしいっていう事情については彼女が説明してくれるわ」
「それで、そのセンターを任されているのは、一体どんな子なんだ?」
「一言で言い表すなら、ユータには一生縁がなさそうな美少女、いえ美女かな」
小泉さんがそこまで言うほどの美人なのか? だけど、僕には柚希の存在が大きかったので別に気にならなかった。
「だけど、最近どこか様子がおかしいんだよな……」
最近見かけるようになった幼なじみの不審な様子をふと思い出していると、そんな言葉が漏れた。それが聞こえていたのかはわからないが、小泉さんは特徴的な八重歯が目立つ雪のように白い歯を見せながら耳打ちしてくる。
「それと……、ユータ、アンタはいつも幼なじみについて相談してくるでしょ。彼女と知り合っておけば、相談相手が増えて、いざという時には手助けしてくれるかもしれないわよ?」
「本当か?」
「ホントよ。アタシを信じなさいって!」
「……わかったよ。それで、そのナツさんとやらは?」
「この子よ」
後ろに居た子を見ながら小泉さんは言う。
前髪はバングスカットにしてあったが、尾骨の辺りまでありそうなほどに長い艶々としたライトブラウン寄りの後ろ髪はポニーテールにされていた。
日焼けという言葉からは程遠い透き通った肌にファッションモデルのような高身長とグラビアアイドルのようなスタイルの良さ、大人しさを感じさせる垂れ目から年上なのかと思った。しかし、校内靴のラインの色は僕と同じだったので同学年なのは間違いなく、驚きを隠せなかった。
「こんなに綺麗な子が僕たちの学校に居たなんて……」
幼なじみに対して抱いたことのなかった感情が胸の奥で沸き立った。
すると、こちらに視線を向けたほかの部員たち、特に男子たちがざわつき始める。それはそうだろう。それだけナツさんの容姿は優れていて、小泉さんも身長は平均的ながらメリハリのある体つきをしている美少女と呼ぶに差し支えないレベルであるのだから。
そして、男子たちからの僕に対して嫉妬の視線が矢のように次々と飛んでくる中で、僕は少し照れながら答える。
「……いい、けど」
「ありがとう、ユータ! あとは任せたわよ! ほら、ナツ! オーケーが出たから入った、入った!」
小泉さんの一言をきっかけとして、ナツと呼ばれた女の子がおずおずと中に入ってくる。
「任せたって、小泉さんはどこかに行くのか?」
「アンタだけでも大丈夫だと思っているから任せるの。それに、アンタには実績だってあるんだし」
「え、それってどういうことだよ?」
「内緒。あとは頼んだわよ」
実績について聞く間もなく小泉さんは一目散に音楽室から立ち去った。それに対して呆気にとられていると先輩たちは次々に立ち上がり、僕の横をすり抜けて音楽室を出て行った。
「それじゃあ、俺たちもちょっと離れるから」
「二人でごゆっくり~」
「え、ちょっ……!?」
そうして音楽室には僕とナツさんだけが残された。軽くうつむくナツさんを前に、僕はどうしようという気持ちでいっぱいになっていた。