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5-5 妹がエモすぎて

 自宅を出てすぐの玄関先に、セーラーとブレザーを着た双子の美少女が並ぶと、色んな感情が芽生えてくる。

 違う制服ありがたい! やっぱりおそろい着させたい! でもコレひょっとして、中の人入れ替わっても分からなくない?


「じゃあ風花ちゃん、いこっか。春花、柚、泊めてくれてありがとね」

「え、もう行くの!? いったん学校、寄らなくていいの?」


 風花は聞いてなかったようだ。笑顔で手を振る六花から離れると、不安そうな面持ちで私を見上げ、手を握ってくる。

 なに風花、超かわいい。こんな弱々しい姿、今まで見た事ない。


「風花ちゃん、そんな調子で大丈夫ー?」


 指でツンツンと、柚が風花の脇腹をつつく。ビクビク風花がピクピク風花になると、私と六花は笑いがこらえきれない。


「だって! ……お母さんに会うのなんて、何年ぶりかも分からないのよ。それに……六花と二人きりになるのも、久しぶりだし」

「私だって、実家帰るの二年ぶりくらいだよ。早く会いたいし、お母さんも風花ちゃんに会ったら喜ぶと思うよ! ねぇ、ちょっとドッキリやってみない? 制服交換して、お母さんが気づくかどうか試すの!」

「そんな余裕ないよ~……分かった、もういいから早く行こう、六花」


 どうやら風花も覚悟を決めたようだ。六花の隣に並ぶと、柚と一緒に深呼吸してる。


「いってらっしゃーい!」


 お互い手を振り合ってから、私達は反対方向に向かう。風花と六花は駅方面、私と柚は学校へ。

 久しぶりの、姉妹水入らずの登校。柚は両腕を上げて、大きく伸びをした。


「ふーっ! それにしても理事長、こうもあっさり認めてくれるなんて、ホントに良かったね!」

「そうね。もっと揉めるかと思ってたけど、きっと六花が上手く交渉したんでしょう」

「他の分校の人達も、今日は実家に戻ってるんでしょ?」

「そうみたい」


 昨夜、本校生徒から集めた大量の署名を持って、六花達分校生徒は理事長に直談判した。その結果、彼らの要望は全て受け入れられる事になった。

 分校生徒が緊急全校集会に乱入した事により、『島流し』の全容は、全瀬名高生が知るところとなった。これで『島流し』は秘匿する必要がなくなり、分校生徒を島に隔離する理由も失われた。理事長は彼らの主張――家族への連絡と本校への条件付き転入――を、認めざるを得なくなったわけだ。

 一夜明けた今日、分校生徒はそれぞれ、家族の元へ帰る事が許された。

 複雑な家庭事情の六花と風花も、二人揃って六花の実家、彼女達のお母さんに会いに行く事になった。


「分校組の要望も叶ったし、お姉ちゃんも晴れて生徒会長に復帰、風花六花の双子姉妹も誤解が解けて仲直り……やっぱりお姉ちゃんはすごいや。全部まるっと、解決しちゃうんだもん!」

「私一人の力じゃ、どうしようもなかったわ。島君や世都可、綾小路君が協力してくれた事も大きかったし。なにより瀬名高のみんながたくさん署名してくれたから、理事長を説得できた。みんなに感謝しなくちゃね」

「それはそうだけど……そういうところが、お姉ちゃんのすごいところなんだよ」


 語尾を強めてそう言うと、柚は一歩前に出る。


「周りの人が協力してくれるのはね、みんながお姉ちゃんの事信じてるからだよ。それぞれ思惑も、損得勘定もあるんだろうけど、お姉ちゃんはちゃんとみんながハッピーになれるように動いてくれる。だからみんな、協力してくれるんだよ!」

「……そう言ってもらえると嬉しいけど、ちょっと買いかぶり過ぎかな」


 柚は嬉しそうに微笑むと、私の隣に並んで手を繋いでくる。

 じわじわと幸せ成分が、妹の手を通して身体に染み込んでくるみたいだ。


 みんなが協力してくれた事も大きいけれど、私のモチベーションはやっぱり柚。

 柚のためだからこそ――、知略縦横、人心掌握。

 持てる権力全てを使って、私は私の望みを実現したまでだ。


 部活私物化の一件も、柚の特異体質とMI6研百田の釈明によって免罪とさせ、生徒会長復帰を理事長に認めさせた。これにより島君と世都可も再び副会長と書記に戻り、瀬名高指揮系統を手中に収めた。

 柚を生徒広報に専念させたい理事長には、特待生候補勧誘リストを交渉材料とした。

 『島流し』直後、島君からオレノバン始め特待生に働きかけてもらい、知り合いのスポーツ選手に勧誘活動をしてもらったのだ。

 瀬名高編入に前向きな有力スポーツ選手のリストがあれば、不特定多数に向けた広報動画を毎日投稿し続ける必要はない。直接交渉できるなら、それが一番いい方法なのだから。

 おかげで学期末に一回、広報動画を撮る事を条件に、柚は今まで通り折衝担当として生徒会に残る事になった。


 人柄や信頼だけで、人は動いてくれない。

 脅しと懐柔、飴と鞭。それなりに生々しい交渉材料と制限解放をチラつかせ、相手を意のままに操る。

 それが私。生徒会長・時瀬春花。


「でもさ、お姉ちゃんはどうしてそこまでしてくれるの? いくら風花ちゃん達双子姉妹を仲直りさせる事が『島流し』の緩和政策に繋がるって言っても、普通は自分が『島流し』されてまで、やろうとは思わないじゃん?」

「そうかしら」

「そうだよ! そもそも緩和政策は、明らかにお姉ちゃんのハッピー取り分少ないもん。格差校則の恩恵で言えば、生徒会長はその最高峰なんだし」


 学校が近づいてくると、じょじょに瀬名高生の姿が周りに増えてくる。

 男子はじゃれあい、女子はかしましく、私達は学び舎へ向かう。

 卒業したらこんななんでもない登校風景も、素晴らしい青春の日々だったと、懐かしく思うのかしら?


「会長、柚ちゃん、ちょっといいですか?」


 突然私達の前に、背の高い男子三人が立ち塞がった。

 スポーツ特待生らしき男達は、デレデレとだらしない顔を晒して柚に視線を奪われている。


「あら、おはよう。早く行かないと遅刻するわよ?」


 気まずそうな柚を背中に回し、私は三人の大男に話し掛ける


「いやー、会長のお時間は取らせませんよ。俺達は柚ちゃんに用事があるだけですから」

「どうせ柚に告白する気なんでしょ? 時間を取らせないのはこちらの方よ。三人ともお断りだから」

「……分からないかなぁ!? 会長はお呼びじゃないって事ですよ!」

「いいからどけよっ!」

「俺らは柚ちゃんに用事があるっつってんだろっ‼」


 語尾を荒げる男達を前に、私は口角を上げ不敵な笑みを零す。

 カバンから小振りなトロフィーを取り出すと、彼らに見せつけるように掲げた。


「お呼びじゃないのは、あなた達の方よっ!」


 トロフィーの中央プレートには、『MVP』の三文字が燦然と輝く!


「昨日の全校集会で、大野球大会決勝のサヨナラホームランは有効だったと証明されたわ。これによりアフロディーテ杯優勝は生徒会ビーナス! MVPは、それを証明したこの私! 生徒会長、時瀬春花っ‼ 柚の独占告白権アタックチャンスを持つ私だけが、柚に告白できるのよっ!」


 これが私の取り分だ。これ以上ハッピーな報酬が、あるわけないじゃないっ!

 抑えきれない高笑いに、通学途中の生徒達が野次馬となって集まってきた。


「おや、君達はテニス部の特待生じゃないですか。まさか理事長承認の独占告白権アタックチャンスを無視して、ルール無視の告白を断行しようと?」


 野次馬の中から、銀縁眼鏡を光らせた島君が出てくる。


「次の制限解放で、無人島にテニスコートができそうね。分校のコーチ候補にはもちろん、あなた達を推薦しておくから」


 セーラー服にパーカーを羽織った世都可が、手帳に何やらメモしながら現れた。


「ヘイヨー、ユズ&ハルカッ! シスターでアタックチャンスなんて、そんなの意味ないジャーン!」

「フッ、僕を差し置いてルール無視の告白なんて……ここがイタリア・ローマなら、コロッセオで決闘を申し込むところさ!」

「ユズサン、ニゲルナラ、オヒメサマダッコスルヨ、ハシルノ、ハヤイヨ!」


 オレノバンにマッテルノ、マラソン途中のスーグニーまでやってきて、三人組の前に立ちはだかる。

 最初の勢いはどこへやら、次々現れる瀬名高有名人に、三人組はすっかり委縮している。


 いけない。三人組こんなやつらより、外国人特待生の方がヤバイ!

 この三人が、日本語分かんないフリして柚に告白始めちゃったら、独占告白権アタックチャンスがなし崩しになっちゃう! 校門までの通学路が、告白チャレンジタイムにされちゃう!


「行くよっ、柚!」

「あ、待って! お姉ちゃん‼」


 柚の手を引き駆け出そうとするも、逆に引っ張られ、私と柚は正面から抱きあった。

 えっ? と思う間もなく、柚が背伸びして顔を近付けると――小鳥がついばむような一瞬のキス。


「あたしっ! お姉ちゃんと付き合ってるのっ‼」


 朝の通学路で大胆告白。チャレンジタイムの口火を切ったのは、まさかの……柚っ!?

 呆然とする私達を尻目に、柚は学校に向かって駆け出した。慌てて追いかける私。後に続く瀬名高のみんな。


「え? いつから!? いつから付き合ってたのっ、私達!?」

「だってこうでもしないと、次から次へと告白されちゃうでしょーっ!」


 走りながら振り返った、柚の笑顔は魅惑の女神アフロディーテ

 私は唇に指を添えるとさっきの感触を思い出し、顔がヤカンみたいに熱くなる。


「だからって、あんなっ!」

「大丈夫大丈夫、姉妹だからノーカンノーカンッ!」


 楽しそうに走る柚の背中を追いかけて、伸ばした右手も私の気持ちも、届きそうで届かない。

 校門を潜り抜けると、予鈴のチャイムがこだまする。爆発しそうなドキドキも、私の中で鳴り響いている。


 取り分が少ないって?  そんな事あるわけない!

 間違いなく私は、最高の取り分を手に入れた。

 振り返るまでもなく、素晴らしき青春の日々を過ごしている。


 だってこんなの、妹がエモすぎて、

 お姉ちゃんは正気でいられません!


* * *


「島流しの件、時瀬春花にしてやられましたね」


 ブラインド越し、賑やかな登校風景を見下ろしていた男は、ニヤケ顔で理事長を振り返った。

 理事長は「ふん」と小さく鼻を鳴らすと、机の引き出しを開け、双子の写真立てを取り出す。


「無人島の分校なんぞどうでもいい。好きにさせてやる」

「負け惜しみですか? それとも、才能ある愛娘の目を覚まさせてくれた、ご褒美?」

「まさか」


 手にした写真立てを机に置くと、引き出しから更にもう一つ、色違いの写真立てを取り出した。

 写っているのは、無邪気に笑うもう一人の女児。

 二枚の写真を並べて眺めると、理事長はわずかに口角を上げ笑う。


「目を覚まさなければいけないのは、春花の方なのだから」




<了>

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