夕暮れにひた走る、私の影の背は長い。
いつもそうだ。
いつも私は、気に入らないと手をあげて、うまくいかないと逃げ出して。
その繰り返し。
影の私は大きいけれど、走って逃げる私は小さい。いつもいつでも、嫌になるほどちっぽけだ。
『なんで逃げるの、風花ちゃん⁉』
なんでって、そんなの決まってる。
リアルには勝てない。私の中の
だからできるだけ遠くに逃げる……誰もいない、どこでもいい、一人になれるところ。
姿見が、あるところ。
『逃げちゃダメだよ! 私が本物の六花なんでしょう!? 風花ちゃんの、双子の妹なんでしょうっ!?』
そうだよ、私の中の六花は本物だ。
怒られた時も殴られた時もだるかった時も、いつも六花が一緒にいてくれた。だから耐える事ができた。
そんな六花が六花じゃない……本当は私の中にいないなんて、そんなの絶対、あるわけないっ!
『私と過ごした時間を思い出して! 自称六花なんかに、負けないで!』
六花と過ごした時間は、とても長かったはずだけど、すごく短くも感じる。
だって私達は後ろも振り返らず、一心不乱に走ってきたから。長い距離を、ずっと二人で伴走してたから。
だからこれは逃げではない。戦略的撤退よ。
春花がみんなを煽って、自称六花がドヤって、柚が同情の目で私を見てた。
完全アウェーのあの雰囲気で、内なる六花の話をしたところで、誰も理解できるはずがない。
『そうだよ! 春花さんが島流しにあってとっても心配してたのに……まさかあんなヤツにそそのかされてたなんて!』
自称六花は間違いなく、入学式の日に会ったあの女だ。
すぐにピンときたよ。この女は、お父さんが差し向けた刺客だって。
六花に変装して私に近づき、不意をついて拘束。何食わぬ顔で私になりすまし、瀬名高に通うつもりだったんだ。
そうすれば、反抗的な
だから私は、あの女にナイフを渡した。
幼い頃から訓練を受けていた私達は、ナイフだって使いこなせる。六花だと言うのなら、証明して見せろって。
相手だって刺客なんだから、ナイフなんて扱い慣れてるに決まってる。だからヤツが受け取った瞬間、私は自分から刺されにいった。
急所を外して、おなかにブスリと。
叫び声を上げたら、屋上に人がやって来た。状況的にどう見ても、私を逆恨みした双子六花の殺人未遂。警察沙汰にこそならなかったが、私は入学早々刺客を『島流し』にしてやった。
あの時だって、内なる六花が一緒に戦ってくれた。ナイフがおなかに刺さる瞬間、私の臓器を掴んでうまく避けてくれた。
だから私は、六花の事がとても心配だった。おなかの中にいた六花が、ナイフに刺さって死んじゃうんじゃないかって。
『そんなわけないじゃん!』
「そうだよね」
『だって私は、あなたが作り出した妄想なんだから』
――そんな事、言わないで。
『内なる六花は目に見えない、あなただけの双子の妹。いつまで中二病やってるの? もう高校三年生でしょう?』
――お願いだから、そんな事言わないで。
『風花ちゃんはいっつもそう。お父さんに反抗して、勝手につっぱしって……。その挙句、怒られたり殴られたりだるかったりする時は、いつも私に押し付ける。みっともなく私を泣かせて、周囲を黙らせる』
――ごめん。
『二人で伴走? ものは言いようだよね。重い荷物は全部私、でこぼこ道は全部私。そのくせ、立ち止まるのはいっつも風花ちゃん』
――ごめんなさい。
『だから私はもう消える。あとはリアル六花と、よろしくやってなさい』
「ダメだよそんなのっ! 私は――」
『友達なんていらない。六花がいればそれでいい……まだそんな嘘吐くつもり?』
「嘘じゃない!」
『友達はね、生きてる人間となるものなの。身体はね、生きてる人間と寄り添うものなの』
「私に友達なんて、できっこない!」
「春花は? 柚は? 二人は友達だって言ってくれたよね? 私が消えちゃってもいいって言ったら、春花は真剣に怒ってくれたよね!?」
「六花だってそう。私の中にいる六花を、私に必要な六花だと言ってくれた。ちゃんと分かってくれた!」
「島だって、世都可だって、瀬名高のみんなだって……」
「ねぇ六花、いないのっ!? もう私には答えてくれないの!? そんなのイヤだよ……戻ってきてよっ! 六花っ‼」
叫びながら、全速力で走っていた私は、朱色に染まる河川敷に倒れ込んだ。
草むらに大の字になって空見上げると、柿色の雲とオレンジの宇宙が広がっている。
絵画のような夕焼けは、見えない天使が、誰かを天上の世界に連れていってるよう。
『私、天に召されてないから』
ごめん、気のせいだった。
『お墓とか、いらないからね』
埋める骨もないから、建てないよ。
『そんなのなくったって、草葉の陰から応援してるよ。フレーフレーって、力一杯応援してあげる』
それはちょっと、嬉しいかな。
『だから風花ちゃん、お友達と上手くいかないと思うけど、頑張ってね』
はっきり言わないで。
『誰だって最初は、上手くいかないんだよ。それでも長く付き合っていけば、仲良くなれる。一緒にいれば、いつか分かりあえる時がくる』
私達、分かりあってたのかな。
『私は私の事、分かってなかったのかな』
それでも……一緒にいてくれて、ありがとう。
草むらを駆ける足音が近づいてくる。
突然両肩を掴まれて、誰かが私の上に覆いかぶさった。
はぁはぁと息を乱し、食い入るような目で私を見下ろすその人は――、
「あなたは……あなたなのよ、風花」
――瀬名高生徒会長、時瀬春花。
「私だって二人いる。格差校則を変えたい生徒会長の私。妹を守りたい姉の私。でもね、どちらか一方を選ばなきゃいけないなんて事はない。二つを一つになんか、しなくたっていい」
上手くいかないかもしれない。嫌われるかもしれない。
「本当に大事な事は、自分が自分に教えてくれた事を忘れない、そんな自分を諦めないっ! たったそれだけなのっ‼」
何言ってんのか、わかんない。
それでも私は、春香といたい。
両手を伸ばして、春香を抱きしめた。
確かに感じる人肌に、忘れていた母の面影を思い出す。
そんな私を、春花も優しく抱きしめてくれる。
私は泣いた。声を上げて泣いた。
黄昏のトワイライトが涙でぼやけ、滲んだ景色も綺麗だなって思えた時、
私はひとつ、大人になった。