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5-4 黄昏トワイライト

 夕暮れにひた走る、私の影の背は長い。

 いつもそうだ。

 いつも私は、気に入らないと手をあげて、うまくいかないと逃げ出して。

 その繰り返し。

 影の私は大きいけれど、走って逃げる私は小さい。いつもいつでも、嫌になるほどちっぽけだ。


『なんで逃げるの、風花ちゃん⁉』


 なんでって、そんなの決まってる。

 リアルには勝てない。私の中の六花あなたが消えちゃう。

 だからできるだけ遠くに逃げる……誰もいない、どこでもいい、一人になれるところ。

 姿見が、あるところ。


『逃げちゃダメだよ! 私が本物の六花なんでしょう!? 風花ちゃんの、双子の妹なんでしょうっ!?』


 そうだよ、私の中の六花は本物だ。

 怒られた時も殴られた時もだるかった時も、いつも六花が一緒にいてくれた。だから耐える事ができた。

 そんな六花が六花じゃない……本当は私の中にいないなんて、そんなの絶対、あるわけないっ!


『私と過ごした時間を思い出して! 自称六花なんかに、負けないで!』


 六花と過ごした時間は、とても長かったはずだけど、すごく短くも感じる。

 だって私達は後ろも振り返らず、一心不乱に走ってきたから。長い距離を、ずっと二人で伴走してたから。

 だからこれは逃げではない。戦略的撤退よ。

 春花がみんなを煽って、自称六花がドヤって、柚が同情の目で私を見てた。

 完全アウェーのあの雰囲気で、内なる六花の話をしたところで、誰も理解できるはずがない。


『そうだよ! 春花さんが島流しにあってとっても心配してたのに……まさかあんなヤツにそそのかされてたなんて!』


 自称六花は間違いなく、入学式の日に会ったあの女だ。

 すぐにピンときたよ。この女は、お父さんが差し向けた刺客だって。

 六花に変装して私に近づき、不意をついて拘束。何食わぬ顔で私になりすまし、瀬名高に通うつもりだったんだ。

 そうすれば、反抗的な風花むすめを世間から隠蔽し、自分の選んだ従順な風花こどもを娘として育てられる……お父さんが考えそうな事だ。


 だから私は、あの女にナイフを渡した。

 幼い頃から訓練を受けていた私達は、ナイフだって使いこなせる。六花だと言うのなら、証明して見せろって。

 相手だって刺客なんだから、ナイフなんて扱い慣れてるに決まってる。だからヤツが受け取った瞬間、私は自分から刺されにいった。

 急所を外して、おなかにブスリと。

 叫び声を上げたら、屋上に人がやって来た。状況的にどう見ても、私を逆恨みした双子六花の殺人未遂。警察沙汰にこそならなかったが、私は入学早々刺客を『島流し』にしてやった。

 あの時だって、内なる六花が一緒に戦ってくれた。ナイフがおなかに刺さる瞬間、私の臓器を掴んでうまく避けてくれた。

 だから私は、六花の事がとても心配だった。おなかの中にいた六花が、ナイフに刺さって死んじゃうんじゃないかって。


『そんなわけないじゃん!』

「そうだよね」

『だって私は、あなたが作り出した妄想なんだから』


 ――そんな事、言わないで。


『内なる六花は目に見えない、あなただけの双子の妹。いつまで中二病やってるの? もう高校三年生でしょう?』


 ――お願いだから、そんな事言わないで。


『風花ちゃんはいっつもそう。お父さんに反抗して、勝手につっぱしって……。その挙句、怒られたり殴られたりだるかったりする時は、いつも私に押し付ける。みっともなく私を泣かせて、周囲を黙らせる』


 ――ごめん。


『二人で伴走? ものは言いようだよね。重い荷物は全部私、でこぼこ道は全部私。そのくせ、立ち止まるのはいっつも風花ちゃん』


 ――ごめんなさい。


『だから私はもう消える。あとはリアル六花と、よろしくやってなさい』

「ダメだよそんなのっ! 私は――」

『友達なんていらない。六花がいればそれでいい……まだそんな嘘吐くつもり?』

「嘘じゃない!」

『友達はね、生きてる人間となるものなの。身体はね、生きてる人間と寄り添うものなの』

「私に友達なんて、できっこない!」

「春花は? 柚は? 二人は友達だって言ってくれたよね? 私が消えちゃってもいいって言ったら、春花は真剣に怒ってくれたよね!?」

「六花だってそう。私の中にいる六花を、私に必要な六花だと言ってくれた。ちゃんと分かってくれた!」

「島だって、世都可だって、瀬名高のみんなだって……」

「ねぇ六花、いないのっ!? もう私には答えてくれないの!? そんなのイヤだよ……戻ってきてよっ! 六花っ‼」


 叫びながら、全速力で走っていた私は、朱色に染まる河川敷に倒れ込んだ。

 草むらに大の字になって空見上げると、柿色の雲とオレンジの宇宙が広がっている。

 絵画のような夕焼けは、見えない天使が、誰かを天上の世界に連れていってるよう。


『私、天に召されてないから』

 ごめん、気のせいだった。

『お墓とか、いらないからね』

 埋める骨もないから、建てないよ。

『そんなのなくったって、草葉の陰から応援してるよ。フレーフレーって、力一杯応援してあげる』

 それはちょっと、嬉しいかな。

『だから風花ちゃん、お友達と上手くいかないと思うけど、頑張ってね』

 はっきり言わないで。

『誰だって最初は、上手くいかないんだよ。それでも長く付き合っていけば、仲良くなれる。一緒にいれば、いつか分かりあえる時がくる』

 私達、分かりあってたのかな。

『私は私の事、分かってなかったのかな』

 それでも……一緒にいてくれて、ありがとう。


 草むらを駆ける足音が近づいてくる。

 突然両肩を掴まれて、誰かが私の上に覆いかぶさった。

 はぁはぁと息を乱し、食い入るような目で私を見下ろすその人は――、


「あなたは……あなたなのよ、風花」


 ――瀬名高生徒会長、時瀬春花。


「私だって二人いる。格差校則を変えたい生徒会長の私。妹を守りたい姉の私。でもね、どちらか一方を選ばなきゃいけないなんて事はない。二つを一つになんか、しなくたっていい」


 上手くいかないかもしれない。嫌われるかもしれない。


「本当に大事な事は、自分が自分に教えてくれた事を忘れない、そんな自分を諦めないっ! たったそれだけなのっ‼」


 何言ってんのか、わかんない。

 それでも私は、春香といたい。


 両手を伸ばして、春香を抱きしめた。

 確かに感じる人肌に、忘れていた母の面影を思い出す。

 そんな私を、春花も優しく抱きしめてくれる。


 私は泣いた。声を上げて泣いた。

 黄昏のトワイライトが涙でぼやけ、滲んだ景色も綺麗だなって思えた時、


 私はひとつ、大人になった。

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