あの――六花状態の風花が
私――時瀬春花は、柚と六花がお風呂に入ってる間に、島君と電話で話していた。
内容はもちろん風花と六花、双子姉妹の多重人格についてだ。
「……年初の生徒会総選挙。あの時僕と会長と、瀬名風花の三つ巴だったじゃないですか。実は僕、その
「それ、私についてもじゃない。ぬいぐるみ好きまで曝露された時は、本気で盗聴器を疑ったわよ」
選挙戦の頃の島君は、手段を選ばぬ強力な対立候補だった。
そんな彼だからこそ、今となっては頼りになる副会長なわけだけど。
「その節はすみませんでした。それで今の話を聞いて、当時聞いた事を思い出しまして」
「言ってみて」
「瀬名高入学式の直後、新入生の瀬名風花は、同じく新入生の女子生徒にナイフで刺された事があるんです」
「はあっ!? そんな話、聞いた事もないわよっ!? 大事件じゃない!」
「加害者の女子生徒は、誰もいない屋上に瀬名風花を呼び出して、隙を見てナイフで一突きしました。彼女は全治一週間ほどの怪我を負い、凶器のナイフからは女子生徒の指紋が検出されました。理事長の娘に対する凶行は、理事長自らがその処罰を決定する事になり、女子生徒は即刻『島流し』にされたそうです。もちろんこの件は、一般生徒に公表されていません」
「それって……入学式の裏で殺人未遂事件が起きてたって事よね!? 警察沙汰にならなかったのは、理事長が事件を隠蔽したから? その女子生徒の動機はなんだったの?」
「動機については分からずじまいでした。ただ……」
「ただ?」
「その女子生徒の名前は……中川六花。会長が仰っていた、瀬名風花の双子の妹さんと同じ名前です。中川姓は、理事長と離婚した母親の旧姓かもしれません。……もしかして六花さんは『島流し』後に亡くなって、幽霊になって瀬名風花に憑りついた……なんて事は、考えられるのでしょうか?」
島君の真剣な物言いに、私は思わず笑ってしまう。
「そんなオカルト、あるわけないでしょう。でもその女子生徒が、双子の妹六花だって事は間違いなさそうね」
「そう考えると、未遂とはいえ殺人事件を隠蔽できた事も頷けます。事件の加害者と被害者が、どちらも理事長の娘なわけですから。姉妹喧嘩の仲裁に、自ら警察を呼ぶ親はいません」
「姉妹喧嘩にしては物騒すぎるけどね。六花は風花の事、恨みに思っていたのかしら……」
「両親の離婚が逆恨みの原因になったとしても、おかしくはないかもしれません。資産家の瀬名家を、母と共に放り出された中川六花は、理事長の元に残った瀬名風花を羨んで犯行に及んだ……」
「うーん……そんな単純な理由で、双子の姉を刺したりするかしら」
「会長はなにか、引っ掛かる事があるんですか?」
さすが島君。簡単に私の真意を察してしまう。
それは、拭いきれない違和感。
言葉にしなかったのは、その不条理が更に不可思議な結論を導き出してしまうから。
「二人に争った形跡はなかったのよね? 六花がナイフで風花を一突きして、全治一週間の怪我を負わせた」
「そう聞きました」
「いくら不意打ちとはいえ、あれだけの身体能力を誇る風花が、そんな簡単に刺されちゃうと思う? たとえ油断して刺されたとしても、あの子は全治一週間程度の怪我で戦意を失ったりしない。争った形跡がないって事は、それ以上の喧嘩には発展しなかったって事よね?」
「……言われてみれば、確かにそうですね」
「理事長の話では、風花が解離性同一性障害を発症したのは中学生の頃。つまり、高校の入学式では
「抵抗する間もなく、刺されてしまった?」
「いいえ。おそらく……自分から刺されにいったのよ。リアル六花に、わざわざナイフを持たせて」
「自作自演って事ですか! いったい何のために!?」
「風花の中にいる、イマジナリー六花を守るために」
* * *
島君から入学式事件を聞いた私は、まず『島流し』の行き着く先、瀬名高分校の所在を調べた。しかし調査は困難を極める。
情報系部活はもとより、風紀委員会副委員長の綾小路くんですら、その場所を特定できなかった。どうやら理事長は、『島流し』の恐怖を生徒に植え付けるために、その所在を徹底的に秘匿しているようだ。
つまり、実際に『島流し』されない限り、その行き着く先は分からない。
ならば『島流し』されてやろうじゃない。
生徒会メンバーと綾小路くん、オレノバン始め特待生にも協力を要請し、私は計画を実行に移した。
世都可が録音した不祥事音声データを使って、わざと私を内部告発してもらった。オレノバン達の怪我も、綾小路家が経営する病院に入院させ、全治数か月にでっち上げた。
現職生徒会長の度重なる不祥事に、理事長は狙い通り私を『島送り』にしてくれた。
「ようこそ、瀬名高分校へ!」
そうしてやってきた無人島の桟橋で、私を出迎えてくれたのは、ブレザーの制服に身を包んだ背の低い女の子。
私は彼女を知っている。いや、彼女と瓜二つの、双子の姉を知っている。
「あなた……中川六花さんね」
初めて会った六花は、ウチに泊った六花状態の風花とはちょっと違っていた。
おっとりした柔らかい表情は一緒なのに、どこか芯の強さを感じさせる。
「さすが、本校生徒会長の時瀬春花さん。よくご存じですね」
目を丸くした六花は、右手を差し出す。
「はじめまして、瀬名六花です。
握手に応えると、私達は笑顔を交わした。
「はじめまして、時瀬春花よ。はじめましての気分になれないのも、やっぱりあなたのお姉さんの事を、よく知っているからかしら。見れば見るほど風花にそっくり」
「見分け方を、教えてあげましょうか?」
「知ってるわ。かわいい方が六花で、かわいくない方が風花よ」
「あら、春花さんはお上手ですね」
「春花でいいわよ。私も六花と、呼び捨てにさせてもらうから」
「では改めまして、ようこそ春花。『島流し』の行き着く先、大自然の無人島――瀬名高分校へ!」
「歓迎ありがとう六花。早速だけど、あなたに話したい事があるの」
私はまず、瀬名高分校の現状と六花達生徒の不満を聞き出した。
予想に反して、分校生徒はそれなりに満足した生活を送っていたものの、家族と連絡が取れない事を不満に思っていた。
私はその解決方法を提案、彼女達に協力を要請する。
分校移送の際、私はGPSを隠し持ち、尾行する洋上救難船舶の綾小路くんに居場所を伝えていた。場所を特定した綾小路くんは、後日、分校生徒全員を脱出させる準備を整えて、無人島を訪れる。
私と分校生徒全員が無人島を脱出し、瀬名高本校に乗り込めば、秘密にしていた『島流し』の真相は明るみになる。秘密が秘密で無くなれば、家族と連絡を取る事も、『島流し』にあった生徒が本校に再転入する事も、できるようになる。
理事長を説得するために必要な本校生徒の署名も、島君を始めとした生徒会の仲間が準備してくれている。
私の提案に六花は首を縦に振ると、不思議そうに訊いてきた。
「どうして春花は、私達『島流し』組を助けようとしてくれるんですか?」
「それが私の推し進めるGPM――格差校則緩和政策の一環だからよ」
「そうは言っても……あなたは自ら『島流し』され、仲間にも多くの借りを作って、瀬名高の絶対的存在、理事長に歯向かっている。いくらなんでもリスクが高すぎるのでは?」
「実は……ここまでが、私の出せる精いっぱいのカードなの。ここからは六花――あなたに、極めて個人的なお願いがしたいと思っている」
「それが、交換条件という事ですか」
「そうね。極めて個人的な、交換条件よ」
私は六花と二人きりになると、その条件について説明した。
六花は、涙ながらに頷いてくれた。
* * *
「瀬名高をドロップアウトし『島流し』にあった私達は、無人島に建てられた瀬名高分校に転入しました。しかし分校は、皆さんが想像するような劣悪な環境ではありません」
登壇した六花は、穏やかな笑顔と口調はそのまま、分校の学校生活を語っていった。
風花そっくりの六花に驚いていた生徒達も、次第に彼女の話に耳を傾けていく。
携帯の電波も届かない無人島は、学校と寮と生徒しかいない。
分校では、自給自足の生活を成り立たせるために、必要な授業が行われる。
生活のルールから始まって、魚釣りや素潜りの実習、山菜や木の実の採取。小動物の狩猟からジビエ料理まで。教えられる者が教師となり、必要な知恵・スキルを伝えていく。
加えて、必修の国・数・英に、その他選択科目の授業もある。大人はいなくても教科書はあるので、その教科が得意な者が先生となり、互いに教え合う事で学力を高めている。
自給自足の学校生活は、ある意味瀬名高本校の格差校則より、厳しいルールを守らなければならない。自分さえ良ければいいという考え方は、分校では許されない。
協調性と助け合い。
それこそが、はみ出し者が多い『島流し』の生徒達にとって、何よりも大切な学習だった。
そうやってみんなと暮らす無人島生活は、決して悪い事ばかりではない。それどころか、艱難辛苦を乗り越えた仲間との絆はより一層深くなり、いつしかそれが、自分達の青春の日々となっていった。
しかし分校の生徒も『島流し』という制度そのものに、納得しているわけではない。一番の不満は、家族と連絡を取る手段が一切ない事だ。
世界と家族、両方から切り離された『島流し』は、非人道的罰則である事に変わりはない。だからこそこうして無人島を脱出し、瀬名高理事長・瀬名広大氏に、直談判を敢行する事になった。
条件は二つ。
ひとつは、分校にいたとしても、家族との連絡手段を確保する事。
もうひとつは、分校で模範的な生徒と認められれば、本校への出戻り転入を許可する事。
それらを認めさせるには、瀬名高本校生徒達の同意書が必要となる。
なぜなら次に『島流し』されるのは、本校生徒の誰かだからだ。
* * *
「お姉ちゃ~ん、本当にびっくりしたよ。六花ちゃんだけじゃなく、こんなにいっぱい引き連れてくるなんて……」
六花の演説が続く中、しがみついて離れない柚の頭を、私は優しく撫でていた。
黒髪ロングから漂う桃の香りに包まれると、心が充足感で満たされていく。
ああやっぱり、私の帰る場所は
「心配かけてごめんね、柚」
「ホントだよ~。もうこんな無茶はこれっきりにして!」
「うん……でもまだ、終わってないの」
六花の演説が拍手と共に締めくくられると、観客席からはペンを走らせる音が聞こえてくる。
噂でしか聞かなかった『島流し』の真相を知り、多くの生徒が署名してくれていた。
良かった……これで六花や、協力してくれた分校のみんなとの約束は果たせた。
そして次は、私の番。
私は六花からマイクを受け取ると、声を張った。
「ありがとうございました! それでは最後にもうひとつ、皆さんには証人になってほしいと思います!」
壇上から、テーブルに座る風花に手をかざす。
「ここにいる風紀委員長・瀬名風花と、分校生徒会長・瀬名六花は、生き別れの双子の姉妹です! 皆には、その証人になってほしい!」
「やめろっ‼」
風花は立ち上がると、赤樫棒を振り回し、周りにあるテーブルや椅子をなぎ倒し始めた。
ひとしきり暴れると、静まり返った講堂で、一人荒い息を繰り返している。
「風花ちゃん」
六花が近寄っていく。
その腰には、二振りの木刀。それに気づくと、風花は油断なく赤樫棒を構えた。
『これ……私、どうすればいいってのよ……』
早朝の屋根の上、途方に暮れた自問の解――。
私の求めた交換条件が、今まさに始まろうとしていた。