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5-1 帰還

 久しぶりの登校。通学路に、以前と変わった様子はない。

 私を追い抜いていった男子達は楽しそうにふざけあってるし、前を歩く女子二人は、ハマってる歌い手について夢中でお喋りしている。塀の上ではネコがあくびをし、近所のお婆ちゃんは、通り過ぎる私達を眺めて会釈を送っている。

 代わり映えのしない日常、平和を絵にかいたような登校風景。

 私――瀬名風花は、やるせなさしか感じない。

 どんなショッキングな事件が起きても、一週間も経てば風化してしまうのかと。


 現職生徒会長『島流し』の衝撃ニュースは、マスコミ部と新聞部によって全校生徒を駆け巡り、春花はその日のうちに学校を去った。

 私が自宅で謹慎している間に生徒会後任人事は決定し、副会長の島が生徒会長、葉山世都可が副会長に就任した。

 柚も引き続き広報として生徒会に残っているが、どこかに匿われているらしい。毎日更新される広報動画で元気な姿を確認できるけど、授業には一切出てこないと噂になっている。


 私はというと、晴れて一週間の謹慎処分が明けて、こうして学校に向かっているわけだけど……正直、おいてけぼり感が否めない。

 全ては春花が『島流し』になった事で丸く収まり、学校は日常を取り戻している。

 収拾済みの事件に対して、今更私に何ができる……。誰も、不満に思っていないのに。


 密告によって生徒会長になった島と、副会長の世都可に詰め寄ったとしても、門前払いを食らうだけだ。

 職権乱用は春花の責任だし、証拠を揃えた内部告発は称賛されるべきで、責められる行為ではない。

 なら『島流し』にあった春花を、直接救いに行く。そうは思っても、お父さんは頑として分校の所在を教えてくれない。

 瀬名高の暗部に詳しい副委員長、綾小路くんに連絡を取ろうとしても、ずっと音信不通のまま。電話もメールもメッセンジャーも、一切返事してくれない。

 せめて春花の居場所が知りたい。その手掛かりさえも掴めない私は、自分の無力に打ちひしがれていた。


『元気出して、風花ちゃん』


 内なる六花が、励ましてくれる。わかってる、大丈夫と、心の中で呟いた。

 めげてばかりいられない、とにかく情報収集だ。ここは六花の言う通り、元気出してフレンドリーに、情報を集めていかなきゃ。


「号外、ごうがーい!」


 校門付近で新聞部が、登校する生徒にチラシを配っている。

 手渡された一面を見てみると、デカデカと島の写真。その上に『本日放課後、大講堂にて緊急全校集会を開催』と書かれている。


「おはよう。これって何についての集会なの?」

「あっ、風紀委員長、おはようございます。それが僕らも詳しく聞かされてなくて……たぶん島政権が発足したので、その所信表明じゃないかと」

「そう……ありがと」


 号外配りに忙しい部員に短く礼を言うと、私は新聞を読みながら校舎に向かった。

 それにしても……島兵十郎。先の生徒会総選挙後、彼があっさり春花の軍門に下ったのは、彼女に心底心酔したからだと思っていた。

 でも実際は、春花の弱みにつけこんで瀬名高から追放、後釜として生徒会長に就任した。

 見事な下剋上。まさか最初からこれを狙っていたのだろうか。


『風花ちゃん、間違っても全校集会に乗り込んで、島君殴ったりしちゃダメだよ。今度こそ退学になっちゃうよ!』

「分かってるわよ」


 周囲に誰もいないのをいい事に、声に出して返事する。もちろんそんな事、するつもりはない。

 今の私にできる事。


『――私がいなくなっても、あなたがいれば柚は守れるもの……』


 あの日の、春花の言葉と笑顔を思い出す。

 今の私に、春花を救う事はできないかもしれない。けれど、託された約束は守る。

 せめてこれだけは、守らなきゃいけないと思った。


* * *


「つまり、柚の護衛という事ね」

「そうだ」


 会長席に座る島は、当然のように頷いた。

 昼休みの生徒会室には三人――私と島、窓際で暇そうに外を見ている世都可がいるだけで、柚はやはりいなかった。

 どこにいるのかと訊ねると、広報の動画撮影に出掛けているとの事。


「柚くんは、今となっては瀬名高になくてはならない生徒広報だ。しかし彼女の露出が高まれば高まるほど、編入生からの告白アプローチは過熱してしまう。そのため柚くんには、生徒会室で授業を受けてもらっている」

「でも緊急全校集会ともなれば、話は別なわけね」

「そうだ。彼女が生徒会所属である事を広くアピールするためにも、必ず出席してもらわなければならない。一般生徒にとっては、久しぶりのお披露目となるわけだ」

「だからって、護衛に風紀委員長が張り付くってのは、さすがに過保護が過ぎるんじゃない? どうせ警備部にも協力してもらうんでしょう? いくらなんでも全校集会の真っ最中に、無理矢理ステージに上って告白するバカはいないと思うけど」

「バカげた話だが、それも十分あり得る。特待生の一部は、柚くんが不当に隔離されていると主張していて、今度の全校集会に柚くんが姿を見せようものなら、ステージを乗っ取って告白チャレンジ大会を敢行する気らしい」

「呆れた。瀬名高に不慣れな特待生でも、それは普通の学校でもやっちゃいけない事だって分かるでしょう」

「情報を掴んですぐ、生徒会からも説得を試みたんだが……」


 島の言葉を、お手上げポーズを取った世都可が引き継ぐ。


「スポーツ特待生は皆実績があるから、自分達に課せられた格差校則を全然苦に思っていないの。つまり、評価が落ちた時の怖さを知らないってわけ。おまけに全員柚目当てで編入してるわけだから、彼女を匿っている生徒会に相当不満を募らせてる。私達が何を言っても、聞く耳持ってくれなかったわ」

「だからって……」


 島は悔しそうな表情を浮かべている。


「特待生は現在三十名。もし一斉にステージに上がってこられたら、警備部だけで対処は不可能だ。もし本当に全校集会を乗っ取られでもしたら……生徒会のメンツは丸潰れ、格差校則自体も、なし崩しに潰されかねない」

「そこまで危機感があるのなら、全校集会なんて開かなければいいんじゃない? 所信表明演説なんて、ネット配信の動画で十分じゃない」

「今回は、どうしても開かなければならない集会なんだ。なるべく多くの生徒に、講堂で聞いてもらいたい意図もある」


 集会回避は、最初から選択肢にないわけか。詳細を言わないあたり、理事長が絡んでいるのかもしれない。

 だとしたら、余計に失態は見せられない。


『まあいいんじゃない? 春花さんにも、柚ちゃんを守る事は頼まれていたわけだし』


 内なる六花が、お気楽な声を上げた。

 春花との約束もそうだけど……風紀委員長の立場的にも、全校集会乗っ取りは由々しき事態。どっちみち現場に駆け付けるなら、最初から柚の傍にいた方が良い。


「分かったわ。放課後になったら大講堂に行けばいいのね」

「ああ、よろしく頼む」


 話がまとまったところで、私は踵を返し生徒会室を出た。島と世都可も、それ以上私を引き留めるような事はしない。もちろん、春花の事を口にするはずもなく。

 体育祭の時に感じていた、ささやかな友情みたいなものは、『島流し』がもたらした亀裂によって、私達の中にはもう残っていないのだろう。


 それでも、あの姉妹は違う。春花と柚だけは、私達を友達だと言ってくれた。

 友達のために、やれる事をやろう。

 今の私にできる事は、それくらいしかないのだから。


* * *


 放課後、大講堂には多くの生徒が集まっていた。

 私はステージの端で柚と並んで座り、島のどうでもいい演説を、あくびを噛み殺しながら聞いていた。

 ここまでのところ、議題はつまらない諸注意ばかりで、緊急で招集しなければならないほどの重要性は皆無だ。島が何をしたいのか、私にはさっぱり分からない。

 それに、肝心のスポーツ特待生達も講堂には来ていない。どこかに潜んでいるのかもしれないが、入口も舞台裏も、警備部がバッチリ張り込んでいる。どうやら今回は、取り越し苦労で済みそうだ。


 と思っていた矢先、大講堂の全ての扉が、大きな音を立てて一斉に開いた!


 見た事がないブレザーの制服と、覆面を被った高校生達が、次々と観客席に雪崩れ込んでくる。それぞれ木刀やバットなど武器を持ち、一般生徒を威嚇しながらステージに向かってくる。

 特待生か⁉ と思ったが違う。次々と入ってくる覆面集団は……三十どころか五十……いや、百人近い人数だ!

 異変に気付いた警備部がすっ飛んでくるが、多勢に無勢。逆に覆面ゲリラ集団に抑え込まれ、武装解除させられる。

 一般生徒はパニックになるものの、入り口扉は全て覆面ゲリラ達に抑えられ、逃げる事ができない。舞台袖を見ると、やはりそこにも警備部を無力化させた覆面姿の男達がいた。


 やがて大講堂は完全に鎮圧され、私達は元いた席で大人しく座っている事を求められた。

 静まった会場を確認すると、覆面ゲリラ軍団のリーダーらしき女が、講壇に立つ島に近づいていく。

 島と相対したブレザー制服の女は、おもむろに覆面を取った。長身に似合う、ふわりとしたショートカットが露になる。

 首を振って髪型を整えると、まるで歌劇の男役のように凛々しい笑顔を見せた。


「まだまだ演説は苦手のようね、島君」

「……お待ちしておりました」


 柚が私の背後から飛び出すと、長身女に抱きついた。二人はしばらく抱き合って、再会の喜びを分かち合う。

 会場の一般生徒も驚きで声を失っていたが、すぐにひそひそと、彼女の名前が伝播していく。それもそのはず。瀬名高生であれば、彼女を知らないはずもない。

 でもどうしてあなたが――時瀬春花が! 覆面ゲリラ集団を率いて、全校集会に乱入してくるのよっ!?

 島はマイクを取って、ざわめく観客席に向かって声を張った。


「お待たせしました! 本日の緊急全校集会の議題は、前・生徒会長、時瀬春花さんの復権についてです‼」


 呆気に取られる生徒達を尻目に、島からマイクを渡された春花が、講壇に上がる。

 春花が手で合図を送ると、大講堂を占拠していたゲリラ集団が一斉に覆面を取った。


「元・瀬名高生徒会長、時瀬春花です。ここにいるブレザーの制服を着た生徒は皆、元・瀬名高本校の生徒です。格差校則のなれの果て、『島流し』にあった私達は、名もない無人島に建てられたに転入させられ、共同生活を強いられていたのです」


 衝撃の告白に、会場は唖然としてしまう。突然の話で信じられない気持ちだが、講堂に立つ分校の生徒達を見渡すと、その言葉が真実だと分かる。

 なぜならそこには、以前『島流し』になってしまった、見知ったクラスメイトがいるのだから!


「私達は無人島を脱出し、本校にやってきた。その目的は瀬名校理事長、瀬名広大氏への直談判! 格差校則緩和政策の一環として、今後一切の非人道的な『島流し』を禁じ、分校から本校へ再転入を希望する生徒に対し、これを実現する校則ルールを制定するためにですっ!」


 分校の生徒達は拍手を送ると共に、講堂の一般生徒に紙を配り始めた。


「今お配りしているのは『島流し』条項改定と、その救済処置制定を支持する同意書です。賛同してもらえる方は、是非署名をお願いしたい。ネット配信をご覧の瀬名高生にも、同様のフォームをダウンロードできるリンクを、概要欄に表示している。電子署名にサインして、生徒会メールアドレス宛まで送ってほしい。……いいですか! 『島流し』は現職の生徒会長ですらその脅威に晒される、格差校則の中でも特に非人道的な罰則です! いつあなたが、あなたの友達が! その対象になってもおかしくないんです!」


 淀みなく演説を続ける春花は、用意周到、不撓不屈ふとうふくつ。活力に満ち溢れて見える。心配してた私がバカみたいだ。

 ムカムカしてきた私は思わず立ち上がり、春花の背中に大声を浴びせた。


「春花っ! あなたは『島流し』を止めさせるために、あえて『島流し』にされたって言うのっ!?」


 斜め後ろを振り返り、春花はマイクを通さず答える。


「その通りよ。でも、本当の目的はそれじゃない」

「どういう事?」


 それには答えず、春花はまた前を向き直って、演説を続けていく。


「署名しようにも、長く瀬名高の暗部として秘密にされてきた『島流し』の実態を、皆さんは知らないと思います。そこで、この場をお借りして! 実際に高校一年の入学式から『島流し』され、分校で無人島生活を送ってきた彼女に、話をしてもらいたいと思います」


 春花の後ろに控えていた、覆面をしたままの背の低い女子が近づいていく。

 春花からマイクを受け取り登壇すると、観客に向かって一礼してから覆面を取った。


 その瞬間、私の口から、悲鳴にも似た驚きの声が漏れる。

 背の低い彼女は、聞き馴染みのあるおっとりした声で自己紹介した。


「初めまして。瀬名高分校で生徒会長を務めております、三年生の瀬名六花です」

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