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4-3 姉妹のように

「六花ちゃん、お背中流したげるっ!」

「えっ!? あの、恥ずかしいから自分で……」

「いいからいいから、若い子は遠慮しないのーっ!」

「あの、柚ちゃんより私の方が二つも上で……きゃあっ!」

「やっぱり風紀委員長さまのお背中は、きゅっと身が引き締まっててかわいすですなあ、おおっ! おまけに柔らかですなあ!」

「あの、柚ちゃん。そこ、背中じゃ……あっ」


 着替えを洗面所に持ってくと、バスルームに反響する楽しげな会話が聞こえてくる。

 浴室扉のすりガラス越しに、ピンクのシルエットがくっついたり離れたり……二人のじゃれあってる姿が見てとれる。


 おーっ! 神よおおぉっ! いーえっ、お父さんよおおおっ‼

 どうしてあなたは我が家のお風呂を、もっと広く設計しなかったのですかーっ!?

 柚も柚よっ! 私には全然言ってくれないのに、付き合い短い風花――今は六花だけど――には、駄々をこねてまで一緒にお風呂入ろうだなんてっ!

 確かに風花と私じゃ、身体の大きさかなり違うけど……でも狭いって理由だけで、お姉ちゃんを仲間外れにしなくてもいいじゃないっ!

 こんな半透明モザイク越しに、エコーかかった桃色吐息を聞かされちゃ、我慢するなんて絶対ムリッ!

 私もこの場で裸になって、突撃サプライズ☆我が家のお風呂探検隊してやるっ!


 Tシャツの裾を掴んだ私を、スマホのバイブが現実に戻してくれる。

 画面を確認すると、島君からのメッセ着信。理事長室に呼び出された件で、心配する旨が綴られている。

 仕方ない。私は扉越しに、二人に声をかける。


「着替え、六花ちゃんの分もここに置いといたから、使ってね~」

「お姉ちゃん、ありがと~!」

「ありがとう、あっ……ござい、ます……んぅっ」


 踏み込まなくて、本当に大丈夫だったかしら……。一抹の不安を胸に、私は洗面所を後にする。

 心配してる島君を、放ったらかしにするわけにもいかない。それに今なら、柚と六花がいない分、相談しやすいってのもあるわけで。

 私は歩きながら『電話してもいい?』とメッセを返すと、すぐに『どうぞ』と返信が戻ってくる。

 ぬいぐるみの待つ自室に戻ると、早速電話をかけた。


「もしもし、こんばんは島君。ごめんね、こんな夜中に」

「こんばんは。会長もしかして、理事長に何かとんでもない事を言われたんですか?」


 心配してくれる島君に、なんとなく申し訳ない気持ちを抱いてしまう。

 これから話す話は、とんでもないと言えばとんでもないんだけど、ちょっと種類が違うから。


「実はね……」


 理事長から聞いたトンデモ話を、包み隠さず島君に伝えた。ついでに、六花状態の風花が、ウチに泊っている事も。


「だからあの打席で……バットを持って左打席に入ったわけですか。瀬名風花が棒術の達人なら、六花さんは居合術の達人だったって事ですね」

「そんなにあっさり多重人格を受け入れてる島君に、私はびっくりしているわ……こんな話、自分で話してても突拍子ないなって思うのに」

「会長がこんな話で、僕をかつぐとは思えません。それに……」

「それに?」


 絶妙の間は、彼が言うのを躊躇っているから。

 そしてほとんどの場合、それはとても重要な事。


「……年初の生徒会総選挙。あの時僕と会長と、瀬名風花の三つ巴だったじゃないですか。実は僕、その選挙演説討論会ディベート対策として、瀬名風花を徹底的に調べ上げてたんです」

「それ、私についてもじゃない。ぬいぐるみ好きまで曝露された時は、本気で盗聴器を疑ったわよ」


 選挙戦の頃の島君は、手段を選ばぬ強力な対立候補ライバルだった。

 そんな彼だからこそ、今となっては頼りになる副会長なわけだけど。


「その節はすみませんでした。それで今の話を聞いて、当時聞いた事を思い出しまして」

「言ってみて」

「瀬名高入学式の直後、新入生の瀬名風花は、同じく新入生の女子生徒にナイフで刺された事があるんです」


* * *


 淡いピンクのパジャマに着替えた六花は、普段のビシッとしたオシャレ風花と違い、箱入り娘のようにお淑やか。

 繊細なフリルや刺繍が施されたトップスは、裾が膝上まで達していて、ワンピースのように着こなしている。パンツはもちろんサイズが違い過ぎて履けないけど、その分白く艶めかしい脚が露出していて、実にキュートで女の子らしい。

 柚は六花の背後に座り、茶髪のセミロングをドライヤーで乾かしながら、かわいいパジャマ姿を褒めちぎっている。

 六花もまんざらではないらしく、大人しくペタンと女の子座りして、されるがまま熱風に茶髪を揺らしてる。傍から見ると、六花はまるで柚の妹のよう。

 髪も乾かしきったところで、私達は冷たいお水を飲みながら、詳しい話をする事になった。


「ホントに泊めてくれてありがとう。至れり尽くせりで、とても助かりました」

「気にしないで。昨日も学校に泊ったなんて聞いたら、放っておけないもの」

「すみません……風花ちゃんてば、ちょっと意固地になっちゃって。私の言う事、全然聞いてくれなくて」

「でもさー、学校で寝泊まりなんて、ちょっと憧れちゃうよね。今度教えてよ、風紀委員長の秘密基地!」

「薄暗いし埃だらけだしエアコンもないし、そんなに楽しい場所じゃないよ」


 六花は前髪をいじりながら、くすくすと笑って答える。柚とすっかり打ち解けたようだ。


 自宅までの道すがら、六花は事の顛末を少し話してくれていた。

 風花はお父さんに会いたくないらしく、家に帰らないの一点張りで、学校で泊まり込みを続けようとしていた。せめてお風呂と着替えだけはどうにかしたかった六花は、仕方なく風花と入れ代わりで外に出た。顔馴染みの生徒を捕まえて、なんとか貸してもらうつもりだったらしい。

 そこに歩いてきたのが私達で、風花のフリして声をかけたわけだが、いきなり六花だと見破られてしまった。

 私達が理事長から聞いた話を伝えると、逆に安心したようで、何でも話すから泊めてほしいと頼み込んできたわけだ。


「今のあなたは……六花さんと呼べばいいのかしら?」

「風花ちゃんと同じく、六花って、呼び捨てにしてもらって構わないです」

「じゃあ六花。あなたが表に出ている時の風花って……この会話を聞いていないの?」

「はい。私と入れ替わった風花ちゃんは、眠った状態になるんです。身体は起きてるけど意識は寝てる、みたいな。だから私が教えない限り、自分が寝てる間に何が起きたか憶えていません」

「そう……」


 私も多重人格に詳しいわけではないが、その手の小説を読んだ時に、そんな設定だった事を覚えている。

 好奇心に目を輝かす柚は、更に質問を重ねていく。


「でも六花ちゃんと風花ちゃんって、双子なのに全然違う性格してるのが面白いよね。大人しめで恥ずかしがり屋な六花ちゃんと、大胆で過激な風花ちゃん! 二人は小さい頃からそうだったの?」

「そうですね……確かに風花は暴れん坊ですけど、ああ見えてとても傷つきやすい子なんです。あんな性格だから、素直に謝る事もできなくて。そういう時、私が表に出て丸く収める事もありました」


 小説で読んだ主人公と、完全に逆パターンだ。あの物語では、基本人格がおどおどした性格で、交代人格が手の付けられない乱暴者だった。交代人格に正反対の性格を求めるのが、多重人格者の特徴なのだろう。


「でも風花がピアスをしていると、あなたは表に出てこれなくなるのよね?」

「はい。でもそれは、いい事だと思ってます。謝らなきゃいけない時に毎回私が表に出てきちゃったら、そのたびに風花ちゃん、記憶失くして混乱しちゃうから」

「でももし、風花があなたを頼らなくなったら、あなたは……六花は、どうなってしまうの?」

「さぁ、分かりません。このまま風花ちゃんの中に居続けるかもしれないし、消えてなくなっちゃうかもしれない。でもきっと風花ちゃんは、私を頼らない方がいいんです。春花さんや柚ちゃんみたいな、ちゃんとした友達が必要なんです。私みたいな幽霊じゃなく、ちゃんと触れ合える友達が」


 六花はパッと頬を染めて俯くと、上目遣いで柚を見た。

 ちょっ、え!? お風呂場で、どこをちゃんと触れ合ったっていうんですかっ!?

 それにしても……風花と同じ顔なのに、さっきから全くの別人と話してる錯覚に陥る。口調も態度も言葉遣いも……ペットボトルから水を飲む仕草ですら、いつもの風花より上品に見える。それが、多重人格者というものなんだろうけど。

 柚も同じ気持ちなのか、照れながら水を飲む六花を、不思議そうに覗き込んでいる。


「じゃあ、六花ちゃんは?」

「え?」

「六花ちゃんは、友達いらないの? そのままでいいの?」


 ペットボトルから口を離した六花は、戸惑った表情を見せた。


「私は……どうしてこんな事になってしまったかすら分からないけど、きっとイレギュラーなのは間違いないと思うんです。私の意識は、風花ちゃんの外には出られない。いつもこの身体の中にいる。だから私本来の身体は、もうこの世にないんだと思います。身体のない意識だけの私は、いずれ消えていく運命。だから、お友達を作る必要はありません」

「あたしとお姉ちゃんは、もう六花ちゃんのお友達だよ。もちろん、風花ちゃんのお友達でもあるわけだし」

「ありがとう、柚ちゃん。風花ちゃんにもちゃんと伝えておくね。とっても喜ぶと思うわ」


 六花は少し涙ぐむ。その顔を見て、私はパッとひらめいた。


「もしかして今、風花を呼び起こす事ってできるの?」

「さっきちょっと呼んでみたんですけど、風花ちゃん、返事してくれなくて。かなり深く寝入ちゃってるみたい」

「それでも例のピアスを付けたら……どうなっちゃうの?」

「さぁ……実は私金属アレルギーで、ピアスには触れられないので試した事はありません。おそらく風花ちゃんが強制的に目覚めて、私の代わりに出てくるんだと思います。でもできれば、今は寝かせておいてあげたい。とても疲れてるみたいだから」

「そう……」


 六花が触れなくても、私が代わりに付けさせる事はできる。でもその行為に、好奇心以上の意味があるとは思えない。


「ねぇねぇ、六花ちゃんってさ、風紀委員のお仕事とかも風花ちゃんと相談しながらやってるの?」

「そうですね。たまに私が気付いた事を伝えて、二人で話し合ったりするくらいは」


 その後も柚の好奇心は留まる事なく、色んな質問を六花に投げかけていた。六花も笑顔で答えてるので、これはこれで友達同士のお喋りを楽しんでいるって事だろう。こうして二人を見ていると、私も合わせて三姉妹に思えてくる。一番背の低い六花が末妹まつまいで、柚が次女。私が長女に変わりはないけれど。

 しばらく三人で話していたら、火照った身体も冷えてきた。私はパンと手を打って、ガールズトークに区切りをつける。


「十二時を少し周ったところだし、そろそろ寝ましょうか。六花は柚の部屋を使ってちょうだい。柚は久しぶりに、お姉ちゃんと一緒に寝よっか」


 当然のように、寝場所を振り分ける。そう、私はこの時を待っていたのだ。

 合法的に柚と添い寝ができる、この瞬間を!

 ベッドは二つ身体は三つ。だったらお客様にベッドを一つお譲りして、姉妹はもう一つのベッドで一緒に眠る。

 同性家族だからこそ許される、完璧な添い寝シチュエーション!

 それでも柚は、半目でつれない言葉を口にする。


「えー、ヤダ。お姉ちゃんおっきいから、一緒のベットで寝るとあたし落ちちゃうんだもん。六花ちゃん、あたしの部屋で一緒に寝ようよ!」

「私は構いませんけど……多分お母様に、お布団を敷いて頂いていると思うのですが」

「六花ちゃんもあたしもちっちゃいから、一緒に寝ても大丈夫なんだよ~! ねぇお願い、一緒に寝ようよ! 狭かったら途中でお布団に行ってもいいからさ~」

「まったく……柚ちゃんは甘えん坊さんですね。仕方ないです、今夜だけですよ」


 ちょっちょっ、ちょっと待って! 

 お風呂に続いてベッドまで⁉ 堂々と繰り広げられるまさかのNTR展開に、思わず眩暈がしてしまう。

 なんでこの千載一遇の百合チャンスを、今日会ったばかりの六花に譲らないといけないのっ!?


「ちょっと柚、遠慮なさい。六花はお客様なんだから」

「だってえ。あたしってほら、妹じゃない? 六花ちゃんがお姉ちゃんと同い年っていうのは分かってるんだけど、あたしよりちっちゃいしかわいいし……まるで妹ができたみたいなんだもん! だからお願い! あたしにもたまには、お姉ちゃん気分を味あわせて!」


 お願いモードに入った柚は、あざとかわいすぎ手ごわい。

 妹の『ごめんねごめんねでもね』顔を向けられると、田舎の祖父のように、なんでもホイホイ買っちゃいそうになる。


「でもね柚ちゃん。私と一緒に寝たら、多分朝には風花ちゃんに戻ってると思うよ。びっくりした風花ちゃんに、ベッドから蹴り落とされちゃっても知らないよ?」

「だいじょぶだよ、女の子同士なんだから。ねぇえ~、一緒に寝ようよ~っ!」


 柚のおねだりが続く。女の子同士だったら大丈夫って、どういう事? お姉ちゃんも一応、女の子なんだけどっ!? 

 仕方ない。ここはもう折衷案でいこう。


「じゃあ私の部屋にお布団敷いて、私はベッド。柚と六花はお布団で寝るってのはどうかしら。風花が騒ぎだしても、お布団なら落ちる事はないし、私がいればすぐ止められるし」

「じゃあそうしましょうか、柚ちゃん」

「六花ちゃんがそれでいいならいいよ! お姉ちゃんもなんだかんだ、一人じゃ寂しいんだろうし!」


 よし、これで少なくとも二人を監視できる。寝静まった後なら、柚の寝顔をじっくり見る事も!

 それに六花が風花に戻ったとしても、風花に私のベッドを譲れば丸く収まるはず。そうすれば、姉妹仲良く添い寝タイム!


 話がまとまったところで、私達は寝る準備にとりかかった。

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