私達は、生まれた時からずっと一緒だった。
周りの人達は何かにつけて私達を見比べ、楽しんでた。顔や体型、体力学力、好きな食べ物からおトイレにかかる時間まで。挙げるとキリがないくらい。
「きっとみんな、わたし達の事を『まちがいさがし』だと思ってるんだよ」
うんざりしていた私に、
「六花は嫌じゃないの? 私達死ぬまでこうやって、会った人全員に比べられる事になるんだよっ⁉」
「それでも風花ちゃんはわたしの事、全然違う人間だって分かってくれてるでしょう? だからわたしは大丈夫」
そんなの当たり前だ。
例えば、私は楽しい事は楽しいって言うし、イヤな事はイヤってはっきり言う。頼まれてもいないのに、六花の気持ちまで代わりに言っちゃう事もある。
六花は私と真逆で、あとからこっそり言ってくる。あれとっても楽しかったね、とか、あれすっごく嫌だった、とか。
性格だけじゃない。顔や声、身体つきだって、私達は微妙に違う。
きっとみんな『まちがいさがし』がへたくそなんだ。
「風花ちゃんはわたしと一緒にいると、辛い?」
「そんなことない! 六花と一緒がいい。死ぬまでずーっと、六花と一緒にいたい!」
「わたしも。ずっと風花ちゃんの事守るし、ずっと風花ちゃんの味方だよ」
「私だって!」
私達はよきライバルだったし、互いに支え合うパートナーでもあった。
六花といると悲しみは半分、楽しさは二倍。これはとてもお得な事だ。
だから私は、六花と双子に生まれて良かったと、心の底からそう思っていた。
* * *
「風花ぁー!」
「ふーかちゃーんっ!」
遠くで、春花と柚の声がする。悪いけど、とても合わせる顔がない。
こういう時、小さい身体と風紀委員の経験は役に立つ。私は校舎と校舎の隙間に身体を滑り込ませると、足元の窓を足払いで開けて、滑り込むように忍び込んだ。以前この半地下の体育館倉庫で、不純異性交遊に及んでいたカップルを捕まえた事があり、それからは私だけが知っている絶好の隠れスポットとなっている。
薄暗い倉庫には跳び箱やマット、ボールの入った大きな籠など、雑多な体育用具が押し込まれている。その物陰にかくれんぼのように立つ、細身の姿見を引っ張り出した。件のカップルが置いていったものだ。
姿見を前に持ってくると、私は両耳のピアスを外してポケットにしまい、ぴょんとマットの上に飛び乗った。
目の前の鏡に映る私が、じょじょに私でなくなっていく。
やがて出てきた六花は、仕方ない子ねとでも言いたげに、少し笑った。
「どうして逃げちゃったの? 風花ちゃん」
「お父さんには、何を言っても無駄だと思ったから」
「春花さんや柚ちゃんに、ちゃんと説明しなくていいの? せっかくお友達になれたのに」
「いい。そもそも知られたくないし、説明するのも面倒くさい。私は六花がいてくれればそれでいいから」
「でも……」
「そんな事より、どうして金属バットなんて使っちゃったのよ? おかげでお父さんにバレちゃったじゃない」
「だってホントにホームラン打つんだったら、やっぱりバットじゃないと打てないもん。風花ちゃんが『信じてる』なんて嬉しい事言うから、お姉さん頑張っちゃった!」
「お姉ちゃんは私、六花は妹でしょ! 妹は、お姉ちゃんの言う事を聞いてればいいの」
「バット使っちゃダメなんて、風花ちゃん言ってなかったじゃない」
「普通に考えればわかるでしょ、金属なのよ⁉ 後からあちこち、かぶれてくるんだから!」
「バットのグリップにテープ貼ってあったから、大丈夫かなーって……大丈夫じゃなかった?」
「見て」
私はマットからぴょんと降りると、制服のスカートを摘まみ上げる。左ふとももの付け根が、赤くかぶれている。
「ごめーん。ちょっと当たっちゃったんだね」
「まったく……気を付けてよね。自分一人の身体じゃないんだから」
私は腰に手を当て、鏡の中のわたしに怒ったフリをする。そしてふと、我に返った。
やっぱりこんな姿、誰にも見せられない。一人でぶつくさ言いながら、鏡の前で痛い演技をしてるなんて……どう見ても中二病じゃない。
六花の声は、決して他人には聞こえない。心臓から押し出される血流に乗って、私の内から湧き出る声だから。
誰にも聞こえない。誰にも分かってもらえない。だから私は逃げ出した。いつもの事だ。
「ねぇ、これからどうするの?」
「どうもしない、今まで通りよ。風紀委員長として学内の風紀を守り、生徒会長の春花を凌ぐ実績を積んで、卒業して――」
「お父さんに……復讐する?」
「そうよ」
* * *
ある日突然、お母さんはいなくなった。
離婚して出ていったと、お父さんから聞かされた。
お父さんは仕事ばかりの人で、ほとんど家に帰ってこない。会っても小難しい事しか言わないから、会わない時の方が幸せだった。
だから私にとって、六花はたった一人の家族。特別な存在だった。六花にとってもきっとそう。
お互いが唯一の家族で、分身で、世界の中心だった。
何かの拍子に痛みもなく、自分の片腕がポトッと落ちてしまったら、人はどうすると思う? 誰もが落ちた腕を拾い上げ、なんとかもう一度、自分の身体にくっつかないか試すでしょう?
私達がした事はそれと同じ。自分の片割れを愛おしく思い、それを自分にくっつけようとしていたの。
自然に始まったその行為は、肉体的にも精神的にも、子供がしていい事ではなかったみたい。
共依存では一人前になれない。お父さんにそう言われ、私達は会う事を禁じられた。
同じ屋敷地に住んでいるのに、別々の建物に住み、別々の学校に行き、別々のご飯を食べなきゃいけなくなった。
中学生で反抗期真っ盛りの私は、自暴自棄に暴れまわり、結果として地下の部屋で暮らす事が義務付けられた。私はそこを、折檻部屋と名付けた。
学校から帰ってくると折檻部屋に押し込まれ、毎日毎日、華道茶道剣術棒術。適当にやれば厳しい罰が与えられ、大人しく従えば監視の目が少し緩んだ。そんな日は、まれに六花が会いに来てくれる。
私は全てのお稽古事に、真剣に取り組むようになった。そのおかげで週一回、六花は私を訪ねてきてくれるようになった。
そんなある日、私達は再び会う事を禁じられた。私が六花に抱き着いた事がきっかけだった。
扉越しの会話しか許されなくなり、私は扉の前に姿見を置いて、自分の姿を六花に見立てて話していた。
でもそれすらも頻度は少なくなっていき、とうとう六花が私を訪ねてくる事はなくなった。
屋敷の使用人に訊いても、みんな口を固く閉ざした。癇癪を起した私は使用人を棒で滅多打ちにして、お父さんに呼び出された。
激怒した父に完膚なきまで叩きのめされ、気を失った私は、気づいたら折檻部屋に戻されていた。
その時だった。私の中にいる、内なる六花が話しかけてきたのは。
どうして私の中にいるのと訊ねても、六花は分からないと答えるだけ。
もしかして六花は、死んで幽霊になって、私に憑りついたんじゃないかと思った。でもこの時は、理由なんてどうでも良かった。
私は久しぶりに会った六花と泣きながらお喋りをして、そのまま泣き疲れて眠りに落ちた。
ほどなくして、白衣を着た精神科医を名乗る男が、私の折檻部屋を訪ねてくるようになった。
男は私を、解離性同一性障害と診断した。少し前まで、多重人格と呼ばれていた精神病らしい。
私が時々ぽっかりと記憶を失うようになったのは、私の代わりに六花を名乗る人格が、外に現れているからだと言う。
私は信じたふりをした。内なる六花が『そういう事にしといた方がいいよ』と言ってくれたから。
六花の言う事はいつも正しい。それから数日して、お父さんに呼び出された。
「お前へのプレゼントだ」
書斎の窓際に立つお父さんは、背広のポケットから高そうなジュエリー・ボックスを取り出した。
蓋を開けると、
「これは……?」
「たびたび六花が出てきてしまっては、お前の記憶が無くなるし周りも困惑する。だから普段、これを付けておきなさい」
そう言って、お父さんは机の上にボックスを置いた。驚いた事に、宝石の色が
私の中で六花が『すごい、不思議!』と感嘆の息を漏らす。
「この宝石はアレキサンドライトといって、ロシアの希少な天然石だ。太陽の元では深緑、キャンドルにかざすと赤紫に変化する事から、ふたご座の守護石としても知られている」
「どうしてこれを、私に?」
「……六花は金属アレルギーだったはずだ。ピアスの金属部分を嫌がって、外に出てこれなくなる……かもしれない」
「かもしれないって……随分適当ね」
「適当なのはお前の方だ。お前は最近、都合が悪くなると六花になってしまう。六花状態のお前は、泣いて謝り場を収めてしまうが……それでは風花、お前の成長に繋がらない。六花に頼らない人生を、お前は歩まねばならない」
「これで多重人格を抑えようって言うの? 散々私の事嘘つき扱いしたくせに……医者に言われると、こんなオカルトでも信じるのね」
「精神科医療は私の専門じゃない。専門家の意見を聞いて、試すに値すると判断したまでだ」
「付ける前に聞かせて。六花は今、どこにいるの?」
「その質問はナンセンスだな。六花は今、お前の中にいるんだろう?」
「……」
「本物の六花は、遠いところにいる。私が言えるのはそれだけだ」
内なる六花が『これ、もらっちゃおう!』と言ったので、私はアレキサンドライト・ピアスを耳に付け、何も言わずに部屋を出た。
数日間ピアスを付けて生活してみると、確かに六花が表に現れない事が分かった。意図せず出てきちゃう事もあったので、それを回避できるのはありがたかった。
ピアスを付けていても、内なる六花の声はちゃんと聞こえていた。ピアスを外して鏡と向き合えば、いつも通り面と向かって話す事もできた。
なるほどこれは……ちょうどいい隠れ蓑になるかもしれない。
六花の幽霊に憑りつかれた時、私は馬鹿正直に、お父さんに詰め寄ってしまっていた。
六花を殺したのはお前だ。私と同じ過酷な鍛錬を課し、六花はそれに耐えきれず死んでしまったんだと。
もちろんお父さんがそれを認める事はなかった。代わりに医者を呼びよせ、私に多重人格者のレッテルを張り、こんなピアスまで用意した。頭のおかしい娘に仕立てあげ、自身の過失致死を明るみに出さないために。
ならば、その策略に乗ってやる。
多重人格の皮を被り、父に従順な態度を見せ、与えられた鍛錬を全てこなし、内なる六花をコントロールしてみせる。
信頼できる後継ぎとして認められれば、父の傍で仕事ができる。その立場を利用して六花殺しの証拠を揃え、父を失脚させる。
それこそが、私の復讐。
雪解けに残る
* * *
『風花ちゃんにも、ようやくいいお友達できそうだったのに……』
「友達なんていらない。六花がいればそれでいい」
『ホームラン打った時、みんなすごく喜んでくれて楽しかったなあ』
六花の気持ちは分かってる、私の事を心配してくれているって。
でも私は怖いの……友達を作る事じゃない。
幽霊になって、私に憑りついた六花。
あなたは私に、友達ができたらどうするの?
安心したら成仏して、どこかに消えていっちゃうんじゃないの?
奇跡的にくっついた腕を、自ら引きちぎる人はいない。
私は六花を守る。いつまでも味方でいる。
そのためには、どんなまちがいさがしにも、知らぬ存ぜぬで押し通す。
私っておかしいかな。
でも仕方ないと思わない?
妹がエモすぎて、お姉ちゃんは正気でいられないんだから。