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3-7 サヨナラ私のホームラン

「それでは、発表します」


 実況部部長の米見君がそう言うと、大講堂は一気に暗くなり、重々しいドラムロールと複数のスポットライトが踊り狂う。

 暗闇の中、私は唇を噛みしめた。

 そりゃ分かってはいた……分かっては、いたんだけれどっ!


「瀬名高アフロディーテ杯争奪大野球大会。MVPに輝いたのは……風紀委員長、瀬名風花さんですっ‼」


 ジャジャーンという効果音と共に、スポットライトが風花一人に集まった。わああっと観客の声援と拍手が響く中、柚は私達チームの列から飛び出して、風花に抱きつき頬ずりした!

 何もそこまでしなくても……って、風花まで頬ずり!? 柚も、まんざらでもない顔しないでよっ!


「それではヒーローインタビューです。柚さん、お願いしてもいいですか!?」

「放送席放送席! こちら決勝のサヨナラホームランを放った、風花選手ですっ! いや~、いわゆるひとつの~、ナイスホームランでしたねぇ~、風花選手っ!」


 往年のミスター的なモノマネで、柚は風花にマイクを向ける。それ逆でしょ普通。


「ええ、あれくらい当然だわ」

「風花ちゃんはずーっと長い棒振り回してましたけど、最後はバットで決めてくれました! あれはひょっとして、相手チームを油断させるための作戦だったんですか?」

「え? ええ、まあ。そんなところね」

「打った瞬間の手応えは、どうでした?」

「えーと、いい感じだったかしら」


 風花にしては珍しく、ふわっとした回答が続く。眉尻の下がった笑顔はいつもの風花とほど遠く、どちらかというと苦笑いの印象だ。

 まぁサヨナラホームランを打ったとはいえ、ヒットはあれ一本だけだったし。本人もまぐれ当たりを自覚していてヒーローインタビューは居心地が悪いのかもしれない。

 イマイチ盛り上がりに欠けるインタビューが終わると、柚は私にマイクを手渡した。

 ふぅ、これで仕上げだ。私は会場に向かって話し始める。


「えーでは、MVPに輝いた瀬名風花さんには、時瀬柚さんに対しての、一週間の独占告白権アタックチャンスが与えられます。その間、他の生徒からの柚さんへの告白を凍結します!」


 サヨナラ勝利の立役者・風花をさしおいて、私がMVPになるわけにもいかず、結局こういうカタチに落ち着いた。

 一週間とはいえ柚とイチャイチャできる権利を他人に譲るのは本意じゃないが、それでも男子じゃないんだからと納得するしかない。

 それに――。


「一週間経てば、柚ちゃんへの告白は解禁って事でいいですかーっ!?」


 野次馬の質問に、私は笑顔を作って答える。


「もちろん構いません。でももし、柚さんと風花さんがお付き合いする事になったら……その時はご遠慮下さいね」


 そう、ピンチの後にチャンスあり。これが私の、告白男サヨナラホームラン!

 世都可と柚の同性カップル作戦は、確かに一定の効果があった。でもそれはあくまで非公式なもの。柚への告白自体を防ぐ事はできない。だったら、柚と風花が公式に付き合ってる事にしちゃえばいいのだ。

 ビアンの世都可と交際疑惑のある柚が、風花と付き合いだしたっておかしくはない。生徒会お墨付きの公認百合カップルになれば、今度こそ男子から告白されなくて済む。どいつもこいつも指をくわえて、二人の百合っぷりを眺めていればいいわ……って、それは私にも言える事だけど。

 もちろん感情では許せない。でもまずは、道筋を立てる事を最優先とする。

 男子の告白を凍結させ、公認百合カップルを全校生徒に認めさせれば、次に姉妹わたしたちが付き合ったっておかしくない!

 姉妹百合だって百合ジャンルの一つ。いつか必ず、認められる時が来るっ!


 会場も、百合カップル誕生の可能性に気付いたのか、にわかにざわめき立つ。

 パソコンに流れるライブ配信コメントを見ても『あら~、風紀委員長と柚ちゃんの百合!』『これ全男子絶望じゃね?』『どうしてこうなった』など、不満の声が流れている。

 私はわざとらしく咳払いすると、マイク片手に声を張った。


「いいですか皆さん! 初日にも説明した通り、瀬名高は自由恋愛です。男女はもちろん、いわゆるLGBTQ――性的マイノリティであったとしても、交際は自由です! お付き合いを公言しているカップルに対し、見込みのない一か八かの告白は迷惑行為となり、場合によっては風紀委員会による摘発対象となります。もしそのカップルの一方が、風紀委員長であればどうなるか……そのような愚か者は本校にいないと、私は信じています!」


 静まり返る大講堂――勝った。これで柚は、男子から告白を受けずに済む。

 私は密かにほくそ笑むと、そのまま壇上から降りようとした……その時。


「意義あり、だ」


 どしんと、お腹に響く重低音。

 声の上がった舞台袖を振り向くと、仕立ての良いスーツを着た大男が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 一八〇センチを優に超えるであろう長身、白髪交じりのダンディーな顔立ち。

 実際会うのは初めてだが、私はこの人を知っている。

 パンフレットやホームページ、たまにテレビでも見かけるその人は――、


 瀬名高理事長、瀬名広大ひろびろ氏。


 高身長で颯爽と歩くその姿は、近寄りがたいカリスマオーラを醸し出している。

 実況部からマイクを受け取ると、理事長は会場に向き直り、柔和な笑みを浮かべて話し始めた。


「瀬名高理事長、瀬名広大だ。皆さん、三日間の体育祭お疲れ様でした」


 まるで大物芸能人でもやってきたかのように、呆気に取られる生徒達。そりゃそうよ。

 入学式や卒業式にすら姿を見せない理事長が、何の前触れもなく、目の前に現れたのだから!

 しかもこの存在感! 娘の風花ですら、唇をわなわなと震わせて驚いている。


「私は普段、学校行事に口を出す事はしない。しかし今回ばかりは、そういうわけにもいかないようだ」


 理事長はそう言うと、風花を指差す。


「なぜなら私の娘、瀬名風花の決勝サヨナラホームラン! あれは……風花ではないからだっ‼」

「はあっ!?」


 予想外の物言いに、私はマイクを通して素っ頓狂な声を上げてしまう。

 理事長は私に振り返ると、余裕の笑みを浮かべて見せた。


「何か異論があるみたいだね、生徒会長」

「異論しかないですっ! 突然現れて、なんの言いがかりをつけてるんですか!? あれは、誰がどう見ても風花ですっ!」

「実の娘だ、私にはわかる。風花は替え玉を使い、別人を打席に立たせていた。よってこのMVPは無効だ」

「ちょっと待ってください。私はずっとベンチで、風花の隣にいたんですよ⁉ 他のチームメイトだって近くにいました! 別人にすり替わっていたら気付くに決まってるじゃないですか!」

「春花くん、君だけはこの事に気付いていると思っていたが……実際そう言われてみて、何か心当たりはないのかい?」


 ……ある。

 長棒にこだわっていた風花が、突然バットを持って、居合切りのようなバッティングでホームランにした事。

 普段から高慢な態度の風花が、あの打席の前後だけ、柔らかい口調と笑顔だった事。

 お気に入りのピアスを、あの打席の時だけ外していた事。

 そして今、ヒーローインタビューでの、他人事のようなあの態度……。

 でも、だからといって、アレが風花じゃないなんて、そんなわけがないっ!

 背格好も顔も変わらないし、何よりこんな小さな身体でホームランが打てる女の子なんて、風花以外に考えられない!


「風花。あれは……六花りっかだったんだよな?」


 父の問いに、風花は震えたまま、小さくこくんと頷いた。


「りっか? え? ちょっ、どういう……?」


 私の疑問は、理事長の大声でかき消されてしまう。


「風花も不正を認めました! これにより生徒会ビーナスは反則負け、アフロディーテ杯MVPは該当者なし。風花に与えられた独占告白権アタックチャンスも当然無効とし、柚くんに対する告白アプローチも解禁だ。どんどんやってくれたまえ!」


 うおおおっと、一気に会場が盛り上がる!

 一瞬で会場を味方につけた理事長は、更に勢いに乗ってスピーチを続ける。


「決勝戦の相手だったSHOHEIインヴィテーションズの皆さん、大変すまなかった。君達も引き続き柚くんにアプローチする気があるのなら、我が校にスポーツ特待生として編入するといい。お詫びと言ってはなんだが、編入試験は全て免除しよう。期限は一週間。これは国内国外、どちらの選手であったとしても同じ条件だ。君達のチームメイト、コーチ、監督も、必要な人材であれば一緒に移籍してもらって構わない」

「ちょっ!? えええっ!?」

「瀬名高生の皆さん! お聞きの通り招聘選手に対して公平を期すために、今日から一週間、柚くんの身柄は私が預かるっ! 柚くんへの告白アプローチは一週間後に解禁とするっ! 無論私は、柚くんに対してやましい心は持っていないぞ。あと十年若ければ、分からなかったがなっ!」


 ガハハと豪快に笑い飛ばす理事長に、会場もどことなく緊張感が緩み、ところどころで笑い声が上がっている。

 私の額から、さーっと血の気が引いていく。なんなの……なんなのよこれっ!

 これじゃあ私の目論見は全てパーどころか、本当に柚目当てで招聘選手が編入してきちゃったら、体育祭前よりも悪い状況になっちゃうじゃないっ‼


「いったい何を考えてるんですか! 彼らは柚の魅力にどっぷり浸かっちゃったから、本当に瀬名高ウチに編入しかねないですよ! そんな事になったら所属チームも黙ってないだろうし、海外招聘選手なんて……他国のオリンピック候補生を、ウチが横取りする事になっちゃうんですよっ!?」

「春花くん……君は何か勘違いをしていないかな? 私は理事長として、替え玉という不正を使った生徒会・風紀委員会混合チームの、尻拭いをしているのだ。感謝されこそすれ、そんな言われ方をされるとは……心外だな」


 何その傷ついたみたいな演技! そんなの、有能アスリートを瀬名高に入学させたいだけじゃないっ!

 それにあの時の風花が別人だったなんて、やっぱり私には信じられない。

 あんな短い時間であそこまで風花そっくりに成りすますなんて、絶対できっこない!


「ちょっと風花! あなたもなんとか言いなさい!」


 風花は俯いたまま答えない。

 私が歩み寄ろうとすると、弾かれたように立ち上がり、走って舞台袖から逃げていく。


「え、ちょっと待って!」

「放っておけ」

「でもっ!」

「柚くん」


 理事長は柚を呼び寄せると、何やら耳打ちを始めた。

 話が終わると柚は壇上に上がり、ざわめく会場に向けて話し始める。


「みんな、ごめんね。替え玉なんて……風花ちゃんにも理由があったんだと思うけど、今はよくわからない。本当にごめんなさい。でも! みんなと過ごせた体育祭、大野球大会、あたしはとっても楽しかった! 体育祭だけじゃなくこれからの学校生活も、みんなと一緒ならきっと楽しく過ごせると思う。だから本当にありがとう! これからもまた、みんなで一緒に遊ぼうねっ!」


 まるでアイドルコンサートの最後を飾るような、爽やかな締め。

 柚から放出される幸せオーラにあてられて、会場に自然と拍手が広がっていく。


「理事長の私からも、一言付け加えておく。生徒会長が言った通り、瀬名高は自由恋愛だ。一週間後、柚くんに告白したいものは、その熱い思いをどんどん彼女にぶつけたまえ。早くしないと……他の男に取られるかもしれないぞ!」


 ダメ押しとばかりの最後の煽りに、うねりのような大歓声が大講堂にこだまする。

 予想とは真逆の展開に、私にはもう成す術がない。


 巻き起こる理事長コールをどこか遠くの歓声のように聞きながら、私は大講堂の天井を見上げた。

 記憶に刻まれたサヨナラの放物線アーチが、屋根を支える骨組みに重なって見える。

 私の目論見はあの白球と共に、夢か幻となってどこかへ消えてしまったようだ。


 ああ、さようなら。

 サヨナラ私のホームラン。

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